211.ジェラシー③
聞いて欲しくなさそうな気持ちは伝わってくる。だけど、聞ける範囲でユウリが何を思ってるのか知っておきたい。
変な不満を溜めたままなのも心配だしね。あたしに対してじゃなく、アリスに対してっていうのがどうにも気になるし……。
「……あんた、アリサが気に入らないの……?」
詰問口調にならないように注意しながら聞く。ユウリは俯いたまま、すぐに答えようとしなかった。
さっきユウリが口にした「ずるい」という言葉を思い出す。
確かにあたしはアリスのことを気にかけている。これは間違いがない。
それはゲームのヒロインだったからだし、何ならユウリをはじめとした誰かと恋に落ちて欲しいから。そして、『陰陽』から送り込まれたスパイでもあるから気にせざるを得ないという点もある。
それが贔屓に見えちゃうってことかしら? ユウリは前にもあたしの言動の意味を考えちゃう、みたいなこと言ってたし……平等じゃないのが嫌、とか?
目の前で花瓶を抱えているユウリを見つめたまま色々と考えを巡らせる。
ユウリが控えめにあたしを見つめてきて、困ったように笑った。
「さっきのは……言葉が悪すぎました」
「でも本心なんじゃないってことでしょ?」
「うっ。す、すみません……子供みたいなことを言ってしまって……できれば、忘れてください」
む、難しいことを。ユウリがアリスに対して思ってることが知りたくて聞いたんだから忘れるなんてできない。
思わずため息が漏れてしまった。
「……わからないわ。可愛くていい子じゃない? どうしてそんな風に思うのかが理解できないのよね」
見た目は間違いなく美少女だし、小動物めいていて愛らしさもある。そして抜けてるところがあって放っておけない、という典型的なヒロインに見えるから、メロにしろユウリにしろ箸にも棒にもかからないと言わんばかりの態度が謎。ジェイルもユキヤもハルヒトも、誰もアリスに興味を示さないんだもの。がっかりしちゃうわ。
「……誰か一人くらい惹かれるかと思ってたのに……」
あ、本音が漏れた。
出ちゃった言葉はどうにもできない。なので取り繕うこともせずにいたら、ユウリが驚いた顔をしていた。
ショックを受けて、理解できないと言わんばかりな表情を見せるものだからこっちが動揺する。あたしとユウリは見つめ合ったまま固まってしまった。
え、今のセリフって何か弁明みたいなものをした方がいいのかしら。
「ロゼリア様、そんなことを思っていたんですか……?」
ちょっとだけユウリの声が震えている。
そう、そんなことを思ってた、わけだけど……。何故か「そうよ」とはっきり言い辛い雰囲気があった。
「いや、まぁ……だって、かなり可愛いじゃない? だから、多少は……ねぇ?」
あたしにしてはしどろもどろになってしまった。ユウリが妙な空気を出してくるから……!
ねぇ? って同意を求めても無駄な空気はひしひしと伝わってくる。
あたしはずーーーっとアリスは誰かと惹かれ合って結ばれるべき、って思ってたから、周りの反応がそうじゃないことに結構動揺している。なんで少しも気にならないのかが不思議でしょうがない。あまつさえ口喧嘩っぽいことをしたり、気に入らないような態度を見せるのが本当に理解できなかった。
ゲームじゃ! あんなに!! ラブラブになったのに!!!
出会い方が違うせいでこんなことになるなんて思ってなかったわ。
「可愛いからって惹かれるわけじゃないです……」
「……みたいね」
「それに──自分ができないことや、やりたかったこと、行きたい場所に軽々と行ってしまう相手に……嫉妬をしてもおかしくない、と思います」
しっと……。……嫉妬……?
ユウリが!? ……あ、アリスに??
驚いて口を開いてしまった。さぞかし間の抜けた顔だったと思う。
けれど、ユウリは気まずそうに視線を逸らしていたから、あたしの間抜け顔は見てないはず。あたしは咳払いを一つして気を取り直した。
「し、嫉妬、って……あんたが?」
こわごわと聞いてみると、ユウリは控えめにこくんと頷いた。
見れば、頬が赤い。
アリスに嫉妬して頬を赤らめるってどういう展開?
混乱する自分自身を落ち着かせて頭の中を整理する。
今の反応と、さっきのセリフを総合すると、あたしに気に入られているアリスがずるいと感じている。つまり、嫉妬しているということになる。
か、考えたくない。答え合わせをしたくない。
何も言えずに黙り込んでいるとユウリの視線があたしに向けられた。
「ロゼリア様」
「な、何よ」
「……僕、自分でも知らなかったんですけど、嫉妬深いみたいなんです」
そ、そんな話は、聞きたくない……! これ以上聞くのはまずい気がする……!
狼狽えるあたしをよそにユウリは困ったようにため息をついていた。こっちはため息どころじゃないのに。
「ジェイルさんにもユキヤさんにもハルヒトさんにも、あとはメロやキキ、そしてアリサにも……あなたが笑いかける度に、あなたに頼られる度に、二人きりの時間を過ごしたり、花束を渡したりする度に、嫌な気持ちになるんです。僕──」
思わず手を伸ばして、ユウリの口を塞いでいた。
ユウリが目を見開いてこちらを見ている。
焦りと動揺と、そして混乱で早くなる鼓動を感じながらユウリを睨んだ。
「やめなさい」
緊張が走る。ユウリは口を塞がれた状態で何か言うつもりはないらしく、大人しくしていた。口を手で押さえたまま、小さく深呼吸をする。
「あんた、自分が何言ってるのかわかってんの……!? 正気!? 馬鹿じゃないの!?
あたしがこれまであんたに何をしてきたのか思い出してみなさいよ。……ほんと、おかしいわよ……!」
吐き捨てるように言ってユウリから顔を背けた。
先走りすぎたセリフかもしれないと思ったけど言わずにはいられなかった。
嫉妬なんて──考えてもいなかったもの。メロがずるいずるいって言うのはただ扱いの差に対するものだったから別に気にしてなかったし、ハルヒトのアレも気の迷いと思うことで何とか耐えられた。
けど、ユウリがこんなことを言い出すなんて予想だにしなかった。
一番そういうものから遠いと思っていた。
ユウリが身動ぎをする。片手だけで花瓶を抱え直し、口を塞いでいる手を掴んで自分の口の上から退かした。
「本当に、そうですよね。自分でも正気かと思います。けど、嫉妬をするのも、あなたの言動の一つ一つに意味を見出そうとしてしまうのも、本当なんです」
手を離して欲しくて引っ張るけど、思いのほか力が強い。手首をぎゅっと掴まれて引き抜けなかった。
動揺を表に出さないようにしてユウリを更に睨むと、ユウリは困ったような顔をするだけだった。
「……今、あたしが以前みたいにあんたを殴っても同じことが言えるの?」
「わかりません。けど、今のロゼリア様はそんなことしませんよね」
「そんなのわからないじゃない」
「わかりますよ、それくらい。……苛立っても手を上げない努力をされているのは伝わってきます」
み、見透かされてる……!
よほどの理由がない限りは手を上げたくない。そして今のこの状況は『よほどの理由』ではない。けど面白くない状況なのは確かなのよ。
不意に、ユウリがあたしの手を掴んだまま俯いた。掴む手に更に力が入る。
「ごめんなさい……。……こんなことを言ってもロゼリア様が困るのは、理解、してるんです。
けど、でも──……一昨日は蚊帳の外で、さっきもアリサと話をするからって追い出されて……どうでもいいって言われてるみたいで、悲しかったんです」
そのセリフはぐっさりとあたしに刺さった。
メロにも同じことを言われたのを思い出す。どうでもいいと言われてるみたいで傷付く、って。
ユウリも同じように感じているなんて思わなかった。




