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21.進捗

 椿邸に戻ったところで、携帯に着信があったのに気付いた。

 ユキヤからだったわ。履歴は一件だけだけど、何だったのかしら。

 あたしは自室に入ってからユキヤに折り返しの連絡をした。コールが三回、四回……五回目が終わろうかというタイミングでピッと電子音が響き、ちょっと焦った息遣いが聞こえてくる。


『あっ、ロ、ロゼリア様?』

「もしもし、ユキヤ? 悪いわね、折返しが遅くなったわ」

『いいえ、とんでもございません。ご連絡くださりありがとうございます』


 なんだろう、ユキヤは走った後みたいに息を切らしていた。別にそんなに焦って出てくれなくても良かったんだけど、あたしからの着信ってことでびっくりしちゃったのかしら。


「……ユキヤ、都合が悪いなら掛け直すけど……?」

『い、いえ、……申し訳ございません。場所を移動したもので……急ぎ、お耳に入れたいことがあり、お電話をさせていただきました。ジェイルにもかけたのですが繋がらず……』

「ああ、さっきまであたしと一緒に伯父様に挨拶してたのよ。そのせいね」


 揃って電話に出ないことに何かしら不安を抱いていたのか、ユキヤがほっとしているようだった。あたしはともかくとして、ジェイルの反応が悪いって言うのは確かに不安かも。

 ユキヤの不安らしい不安は拭えたと判断し、雑談はそこまでにしておく。


「で、急ぎって?」

『はい、当初ロゼリア様と父が計画していた内容の書類を見つけました。計画書ですね』

「! ……あたしが持っていないって話したものね?」


 アキヲと計画を進めていた時、あたしは書類の類を一切受け取らなかった。だから、詳細部分が今になってわからなくなって、あたしが知っていることと知らないことが曖昧。アキヲは絶対にあたしの知らないところで変な計画を進めているはずなんだけど、それがさっぱりわからない。

 そんなことを電話番号の交換ついでに愚痴ってしまっていた。もうちょっとしっかりするんだった、って。


『はい。なので、そのコピーを今ノアに届けさせています』

「え? ノアに? 今?」

『昼過ぎにはそちらに到着すると思います。そのご連絡でした』


 え、仕事が早い?

 愚痴ったの、つい昨日なんだけど。

 あたしが目を白黒させている間に、部屋にジェイルが「失礼します」と言いながら入ってくる。ノックの音に気づかなかったわ。


「わ、わかったわ。ノアはちゃんとこっちで迎える。……っていうか、あんたが一体どういう情報源を持っているのか、どういう風に調査を進めようとしているのかわからないのよね。……いつでもいいんだけど、ジェイルに伝えてくれる?」

『かしこまりました。そうですよね、驚かれますよね……』

「それもそうなんだけど、……危険な目には遭わせたくないのよ。危ないことはしないで。あたしはあんたに協力するって言ったけど、無茶をさせたいわけじゃないのよ。あんた自身も平和でいてくれなきゃ困るの」


 そう言うと、電話の向こうでユキヤが驚いているようだった。あたしの声だけを聞いているジェイルも驚いていた。

 失礼なやつらね。今のあたしは他人の心配だってするわよ。

 こほん、とユキヤが小さく咳払いをするのが聞こえる。


『ご心配痛み入ります。注意して調査を進めてまいりますので……あ、それと、父へのご連絡もありがとうございました』

「頼まれてたことだもの、当然でしょ」

『ただ、やはり勘違いをしているらしく、嬉しそうにしていましたので十分お気をつけ下さい』

「ええ、注意する。……じゃ、これで」

『はい、ありがとうございました。失礼します』


 多分あたしから切らないとユキヤは切らないということに気付き、ちょっと名残惜しかったけど先に通話ボタンをオフにした。

 携帯をちょっと見つめてから、傍で待っていたジェイルに向き直る。

 ジェイルは手に携帯を持っていた。


「ユキヤになら今あたしが折り返したわ。あんたのところにもまた連絡があると思う」

「は、承知しました。ちなみにどういった用件だったのでしょうか?」

「あたしの持ってない計画書を見つけてくれて……今ノアがコピーを持って移動中らしいわ」


 ノアが、と言ったところでジェイルが眉をぴくりと動かす。何? なんかあった?


「……。灰田一人で大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫じゃない? ユキヤの側近だし」


 気楽に言うと、ジェイルは「本当だろうか」と言いたげにあたしを見つめ返してきた。

 表情は変わらないのに、本当に視線はおしゃべりね。


 あたしがノアをさほど心配しない理由はもちろんある。

 あの子、ゲーム内では立ち絵のないネームドモブだったんだけど、立ち位置はユキヤの側近で、その役割はまるで忍者みたいだった。主人の影となって働く忍者……まさかあんな美少年だと思わなかったわ。

 だから、書類を運んでくるだけなら問題ないに決まってる。


「……大丈夫の根拠がわかりかねますが……ひとまず到着を待ちます」

「ノアの立ち位置はほぼあんたと一緒でしょ。あんた、自分がお使いもできないないんじゃないかって疑われたら嫌な気分になるでしょうが」


 そう言うとジェイルがちょっと面食らっていた。

 本当はメロの方が近い気がするんだけど、メロより主人に対する忠誠心があるから多分ジェイルの方が在り方としては近い。メロと一緒でしょ、なんて言ってもジェイルの不信感が増すだけだしね。ジェイルと一緒だって言った方が話が早い。


 ノアが到着するのは昼過ぎ……。先に昼食を済ませておこうかしら。

 あたしはジェイルを下がらせて、昼食を取りたいのだと伝える。

 ……ん? ノア、午前中からこっちに移動してるってことはお昼は何も食べてないんじゃない? 何か用意させた方がいいわね。ノアは遠慮するかもしれないけど、手軽に摘めるものを出すくらいは……。そう思って、午後に来客の予定があるから準備だけしておくように伝えた。


 お昼の準備ができるまで、ノアが来るまで書類の整理でもしよう。

 ……執務机の上がひどいことになってるし。

 乱雑に置かれた書類の整理をはじめたところで、ドアが控えめにノックされた。


「ロゼリア様、今よろしいでしょうか?」

「入っていいわよ」


 ユウリだわ。何かしら。

 まさかもう昼食ができた? もしくはノアがもう来た……?

 だとしたら早すぎると思っていたけど、予想に反してユウリがちょっと緊張した面持ちで部屋に入ってきた。


「何?」

「あ、あの……。その……」


 おどおど、もじもじ。

 ユウリは俯いてあたしに視線を向けたり逸らしたり……悩まし気な態度を取っていた。


 ああ……!

 虐めたくなるから本当にこういう態度やめて欲しい……!


 あたしはユウリを虐め倒して泣かせたい衝動を抑えつつ、極力ユウリのことを見ないようにしながら書類整理に集中した。

 この衝動をどうにかしたいからユウリを遠ざけたいのよ。ユウリもその方がのびのび暮らせるだろうし……。

 ……あたしの存在が毒にしかならない、っていうのは本当に堪える。

 散ったら棘しか残らないっていうアリスのセリフはまさにって感じだわ。


「ロゼリア様、その……先日の、勉強のこと、なんですが……」

「したい?!」


 待ち望んでいた答えにあたしは書類を手にしたままユウリの顔を見てしまった。

 あたしの勢いに驚いたらしくて、ユウリは目を丸くしてあたしを見つめ返している。

 しまった……。

 手元の書類を机の上でとんとんと整えながら、冷静ぶって一息ついた。


「えぇと、勉強が、何?」

「あ、あの、その……お言葉に甘えて、改めて勉強を、させていただきたい、と思いまして……」


 心の中でガッツポーズを取りつつ、ユウリを驚かせないように冷静さを欠かないように平静を装った。ユウリを改めて見つめて、整えた書類を引き出しの中にしまう。……引き出しの中もほぼ空っぽなのよね。仕事らしい仕事をしてなかったからだわ。

 慌てちゃ駄目と言い聞かせながら、どうしたいのかを聞き出そうと深呼吸をした。


「……よかった。で、どうしたい? 何か希望はある?」

「はい、あの……高校を卒業をしてからしばらく何もしてませんし、これまでの復習をする時間の確保と教材を用意したくて……」

「ええ、それから?」

「……。……。……えぇ、と」


 そこでユウリは言い淀んでしまった。

 何、言いづらいこと? 一人暮らしをして勉強に集中したいとか? ……それだとちょっと困るわね。目の届く範囲にいて欲しい気持ちがあるわ。

 急かしてはいけないと思って、あたしは黙って待つことにした。

 やがて、ユウリは言いづらそうにしながら再度口を開く。


「そ、の……も、もし可能なら……だ、大学に、入りたくて……なので、受験、を」

「いいと思うわ!」


 我慢できずに声を出してしまった……。

 けど、ユウリはびっくりしつつもどこかホッとしていた。その様子を見てあたしもホッとする。


「じゃ、じゃあ、大学受験を目指してしばらくは自分で復習と受験勉強をしたい、ってことでいいかしら?」

「はい」

「塾とかは?」

「いえ、今は……ひとまず、自分で集中できる環境を作りたいと思い、ます。その後、塾などもご相談させていただくかもしれません」

「わかったわ。明日から時間を作っていいわよ。他の使用人たちにはあたしとジェイルから伝えるわ。伯父様にももう話してあるから、気兼ねしないで勉強に集中して頂戴」


 伯父様に話している、という言葉を聞いたユウリが目を見開く。

 ぽかんとした顔であたしを見つめていた。……何よその目。


「何?」

「い、いえ、……何でもありません。あの、ありがとう、ございます……」


 ユウリはふるふると首を振ってから、あたしに向かって頭を下げた。

 余裕ぶって「いいのよ」なんて答えちゃったけど……そもそもユウリがちゃんと勉強できなかったのもあたしのせいだし、ものすごく今更感があるのよね。

 それ以上あたしは何も言えず、メイドが昼食に呼びに来たから部屋を出る。

 ……昼食は何かしら。

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