206.ハプニングランチ③
微妙な空気の中、ハルヒトが言ってた通りオムカレーが運ばれてきた。
ライスの上に綺麗なオムレツが乗っていて、その上からカレーがかけられている。カレールーがあるからきちんと見えないけど、オムレツは破れている様子もなく見た目はとても綺麗にできていた。歪でもないし、言われなきゃ普通に水田が作ったって信じちゃいそうだわ。
ハルヒトの前にも同じようにオムカレーが置かれている。それを見たハルヒトは目を輝かせていた。
「これ、本当にあんたが作ったの?」
「水田さんに教えてもらいながら作ったんだ。運ぶ直前に作って乗せたいって言ったんだけど、それだとオレがロゼリアと一緒に席につけないから……先に作って別の皿に乗せておいたんだよ」
へぇ。なるほど。
案外ハルヒトって料理が上手なのかも? オムレツを破らずに作れるってだけで相当でしょ。『前世の私』はオムレツを作るつもりがスクランブルエッグになってたしね。
スプーンを手に取ったところで、ハルヒトがあたしのことをじーっと見つめているのに気付いた。た、食べづらい。
「……そうやって見られると食べづらいわ。あんたも食べなさいよ」
「え? あ、ああ、そうだね。反応が気になっちゃって……」
実質水田が作ったようなものだし、と言いそうになったので口を閉ざした。流石に感じの悪いセリフになっちゃうわ、これ。
ハルヒトがスプーンを手に取るけれど、ちらちらとあたしのことを見る。気になっちゃうのはしょうがないだろうと思い直し、それ以上何も言わないことにした。
オムレツにそっとスプーンを縦に入れてみる。
柔らかくて、中はとろとろだった。おお、すごい……素人が作ったとは思えない……。
実質メインみたいな顔をしているオムレツ、そしてカレーとライスをスプーンの上に乗せて口に運んだ。
「……美味しい」
思わず声が出ていた。
ぱーっとハルヒトの表情が輝く。
くっ。いつもちゃんと美味しいんだけど、こう、料理初心者が作ったオムレツが意外にも甘くてまろやかで美味しかったから、つい。
「本当? 美味しい?」
「美味しいわよ、ちゃんと。自分で確かめたら?」
「うん、そうするね」
嬉しそうに笑うのを見て、カレーに視線を戻す。
そう言えば前もハルヒトと一緒にカレーを食べたわ。その時は「定期的に食べたくなる」って言ってたっけ。
そんなことをしみじみと思い出しながらカレーをゆっくり食べた。あたしのカレーは前回と同じく辛口。ただ、オムレツのおかげでまろやかさと甘さがプラスされている。カレー単体なら辛い方が好きなんだけど、オムカレーとしては辛さが卵で中和されるくらいがいいのかも知れない。
見れば、ハルヒトが自分で食べて満足げな顔をしていた。
「ロゼリアが言った通り、美味しいね。水田さんの教え方がよかったみたい」
「よかったわね」
全部じゃないけど自分で作った料理、ということでハルヒトの機嫌が良くなっているように見える。
さっきちょっと変な話をしたせいで微妙な感じだったけど、ちょっと安心。
しかし、確かにこの一件が落ち着いたらハルヒトは多分八雲会に戻る、のよね?
あたしがアキヲもろともミリヤを告発するという手段を取った場合、ミリヤは今のままではいられない。離婚されるか、そうじゃなくても軟禁とか、何かしら行動に制限がかかるはず。そのつもりでミチハルさんもハルヒトに託したんだろうし。
仮にそうならなくても、ミリヤが野放しになるとは到底思えない。他会の話だけど伯父様の耳に届いていて、こうして九龍会でハルヒトを預かっている。状況が改善されないのにハルヒトを八雲会に戻すとは思えないから伯父様からミチハルさんに話をつけている、と思いたい……。
いずれにせよ、そのうちハルヒトと別れなければならない。
一生の別れじゃないにしろ、パーティーとかで会うくらいの関係性に落ち着くんでしょうね。
……。……まぁ、そういう場にお互いが出れば、だけど。
あたしはあたしで今後の身の振り方を考えなきゃいけないし……その前に生き延びることが先決で……うう、気が重くなってきたわ。
「……ロゼリア?」
ハルヒトの呼びかけで現実に引き戻された。
無心でカレーを食べている姿はハルヒトの目に変に映ったらしい。不思議そうな顔をしていた。
「何でもないわ。考え事よ」
「そう……。……なんか、ごめんね。オレ以上に君は考えることがあるのに、オレは自分のことばっかりで──」
「謝る必要ないわ。あたしも、自分のことを考えていただけだから。……楽しめることがあるのはいいことだし」
というか、あたしが一番自分のこと考えてるのよね……。多分他の誰よりも。
生き延びるためにどうしたらいいか、ってそんなことをずっと考えてる。周りに対して打算的に接したこともあった。
ハルヒトは申し訳無さそうな顔が視界に入る。そんな顔をする必要なんてないのにね。
「ロゼリア。オレは君に任せるからね」
「──わかってるわ」
真面目なトーンで言われて静かに頷いた。明後日、バートにする返事の件。
明日にはユキヤが自分の意志を伝えてくるから、それを踏まえてあたしが結論を出す。
最初は少し騒がしかったけど、最後はいつもより静かに昼食を終えることになった。
◇ ◇ ◇
食後。ハルヒトは片付けを手伝うと言って厨房に向かった。
……料理以上に片付けなんて絶対やりたくないと思ってたから、ハルヒトの発言には言葉を失った。「がんばって」とだけ言い、あたしは食堂を後にする。部屋に戻る前に腹ごなしに散歩でもしようと椿邸から外に出た。
雲一つない気持ちのいい天気で、散歩には持って来いの気候。
ふう。と、一息ついてから、ゆっくりと花壇に向かって歩き出す。そう言えば、薔薇もこないだより咲いているんじゃないかしら?
以前、メロとユウリが教えてくれた薔薇がある方に向かう。
「……お嬢様?」
「ジェイル?」
途中で、椿邸に向かってきたジェイルを見つけた。本邸からのルート上にいたから、本邸で色々仕事をしてたんでしょうね。元々、椿邸で仕事をするのをよしとしないから、本邸で仕事をして必要に応じて椿邸に来るという動きをしていた。
朝も顔を合わせていたから、変な感じだわ。
「あんた、どうしたの?」
「お嬢様こそ……」
「あたしは食後の散歩よ」
言いながら庭の方に視線を向ける。秋の花が結構咲いているように見えた。コスモスも相変わらずだわ。
ジェイルが近づいて来て、すぐ隣で足を止めた。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……いいわよ」
「ありがとうございます」
一人で考え事をしたい気持ちもあったのでちょっと迷った。けど、ジェイルなら邪魔になるような真似はしないだろうと思って了承する。ほっとしたように表情を和らげるのを見てから、ゆっくりと歩き出した。ジェイルはあたしの少し後ろをゆっくりと歩く。
ゆっくりと庭園の中に作られた遊歩道(?)みたいな道を歩いていく。
風がちょっと冷たいけど、長居をしなければ大丈夫。
特に何を話すでもなく、ただ花や池を眺めながら歩いていると、背後でジェイルが立ち止まる気配がした。
「? ジェイル?」
不思議に思って立ち止まると、ジェイルはあたしのことを真っ直ぐに見つめている。
視線の強さに驚いて何も言えなくなった。
「──お嬢様。蒸し返すようで申し訳ないのですが……本当に会長の座にはご興味がない、のでしょうか?」
なぁんだ、その話題か。と、ちょっと気が抜ける。とは言え、ジェイルからするとすごく関心がある話題よね。
ジェイルを振り返った体勢のまま少し笑う。
「ないわ、今のところはね」
「そうですか……」
「何? 説得したいの? 血筋は──」
「いえ、そうではないのです」
血筋は重要だけどそれだけじゃないでしょ、と言おうとしたところで遮られた。ジェイルが困った顔をして首を振っている。午前中に見せた動揺は欠片もなくて、後継者問題で悩んでいる様子ではない。
じゃあ何? と不思議に思っているとジェイルがあたしとの距離を詰めてくる。
二歩分くらい開いていた距離が縮まり、目の前までジェイルが来ていた。




