205.ハプニングランチ②
「ユウリ、二股って」
「あああ! すみません、その、昔そういうトラブルがあったってだけで、あの、そのっ……!」
あたしに聞いてもはぐらかされると思ったのか、ハルヒトはユウリに質問していた。ユウリは何とか誤魔化そうとしているけれど、ちょっと厳しそう。これ以上余計なことを言われるのも嫌だから、ハルヒトを睨みつけた。
「ハルヒト、余計なことを聞かないで」
「今のはすごく気になる話題だったよ?」
そりゃ第三者からすればそうでしょうよ! けど、それを本人の目の前で話すというのはどうなの!?
あたしは握りこぶしを作って震わせつつ、極力感情的にならないように気持ちを落ち着ける。今のあたしにとっては黒歴史みたいなものだから本当にこの場では話したくない。っていうか一生話したくない。ちょっと調べれば当時の話は出てくるだろうから、勝手に調べて欲しい。
「気になるのはわかるわよ。いかにも酒のつまみになりそうな話題だもの」
あ、口調が刺々しくなった。……穏やかに言ったつもりだったけど全然ダメだったわ。
ユウリは青い顔のままで焦ってる。メロはいつまで笑ってんのよ。あいつ、腹立つわね。
「酒のつまみって……別にそういうつもりじゃないよ。ロゼリアが二股をかけたくなる男が気になっただけ」
「そんなこと気にしないでよ。今となっては思い出したくない過去の一つなんだから」
割と正直に告げるとハルヒトが目を丸くしていた。メロが更に「ぶっ!」と吹き出す声が聞こえてきたけど無視。
思い出したくない過去、という発言はハルヒトの口を閉ざさせるには十分な威力を持っていたらしい。ハルヒトには現在進行系で思い出したくない記憶がありそうだから余計に響いたよう。
ちょっと安心していたら、しゃがんで肩を震わせていたメロが顔を上げた。
「ハルくん、今度時間がある時に教えてあげるっスよ」
「メロ!」
ユウリが慌てて頭を押さえつける。
メロ、あいつ……本当にどうしてくれよう。さっきはちょっと可愛いって思ったけど前言撤回。可愛くない。
「え? 本当? じゃあお願いしようかな」
「ハルヒトさん……!」
「ちょっと調べたらバレるんだからいいじゃん」
けろっとしているメロの腕をユウリが無理やり引っ張って立ち上がらせていた。ジト目で二人を見るとユウリは気まずそうにしていて、メロはこっちを見ようとしなかった。あたしが怒るってわかっててああいう発言するのってどうなの。本当に何考えてるのかわかんないわ。あたしの機嫌を取りたいのか、損ねたいのか、全然わからなくて混乱するし、単純にムカつく。
小さく息を吸い込んで、思いっきり吐き出した。
そして、ユウリを見る。ユウリはびくっと肩を震わせて、申し訳無さそうに小さくなっている。
「ユウリ、メロを連れて出てって」
「は、はい。失礼します……」
「ちょっとぉ」と文句を言うメロを引きずり、ユウリが食堂を出ていった。あたしと事態を見守っていたキキは揃って安堵する。キキはユウリが完全に食堂から出ていくのを待ってから給仕に戻った。
ハルヒトに視線を戻せば、何か言いたげにあたしのことを見つめている。さっきのことは絶対にあたしの口からは話さないわよ。
手にフォークを持ち、それまで放置していたサラダを口に運ぶ。
視線が鬱陶しかったけど無視をした。けれど、やがてハルヒトも諦めたらしく、目の前にあるサラダを食べ始めた。
「……ロゼリア」
控えめに名前を呼ばれたので、視線を持ち上げてハルヒトを見る。どうしてもさっきの話題が頭をチラつくせいで無駄に警戒してしまった。
「さっきの話なら聞かないわよ」
「いや、そうじゃないよ」
困ったように笑い、緩く首を振る。
じゃあ何なのよと視線だけで訴えつつ無言でサラダを咀嚼した。
ハルヒトはサラダをゆっくり食べている。うちに来た時よりは大分マシになったけど、食べ物を警戒する癖は完全にはなくなってない。食べながらサラダの中を確認しているのが見て取れた。中を全部ひっくり返したり、見た目が汚くなるような真似はしていない。神経質な人なら行儀が悪いと言うかもしれないけど、ゲームからの情報とは言え事情を知っているので特に文句を言う気もなかった。こればかりはしょうがないと思うし。
プチトマトを口に運んで咀嚼したところで、ハルヒトが引き続き控えめに話を続ける。
「ロゼリアの好みってどんなだろう、って思って」
「好み……?」
「そう、好み。以前メロが言ってたんだけど、ノアみたいに可愛いタイプが好きなの?」
吹き出しそうになったのをどうにか堪えた。残り僅かなジャスミン茶を飲み干し、口の中のものを流し込んだ。
またメロ……?! あいつ本当に何言ってんの!?
部屋を出ていったメロに怒りを飛ばしつつ、それらが表に出ないように努める。
一瞬悩んだけど別に正直に答える必要もないと考えて、軽く肩を落とした。
「秘密よ」
何でもない風を装って言っておいた。
ノアみたいに可愛いタイプが好きかと聞かれればYESなのよ。間違いなく。儚げな美少年というのが大好物。前世の好みとは違うんだけど、あたし個人としての好みや嗜好性みたいなものは大きくは変わってない。影響は受けているものの、根幹部分が変わっているという意識はない。あたしはあたし、前世は前世であって前世の記憶はただの情報だった。けど、あたしの意識を変えるには十分な情報であるのは間違いない。
現在の異性の好みで言えば、ノア、ユウリ──そして目の前にいるハルヒト。
この三人は顔の系統がとても似ている。色素薄めで儚げな印象。どことなく品があって、服装次第で王子様になれる。
とは言え、ユウリもそうだけど、ハルヒトは最初やゲームの印象と離れつつあった。元々華やかさと儚さが同居していたんだけど、ストレスがないからか儚げな印象が消えつつあるのよね。つまり、あたしの好みから外れつつあるということ。顔が好みなのは間違いないんだけど、今考えると「なんか違う」って思っちゃうのよね。雰囲気って大事だわ。
まぁこんなことは絶対に口には出せないけど。
「そっか。残念」
もっとしつこく聞かれると思っていただけに拍子抜けだった。
あっさり引き下がってスープを飲む様子を眺める。
「あんたは?」
「え?」
「好みの話よ」
なんとなく同じことを聞き返すとハルヒトはスープを飲みながら考え込んでしまった。
聞いてから「しくった」と思ってしまったけど、今更どうしようもない。あたしに関する話題を持ち出されたらどう反応していいかわからない。メロもユウリもいないのが幸いね。
ハルヒトはスープを飲み終わったところで一息つく。それから困ったような顔をしていた。
「考えたことがないんだよね。異性の好みなんて。……考える余裕がなかったというか」
「そ、そう……」
思いの外悩ませてしまったらしく、ちょっとだけ罪悪感が湧いた。
「だから、今目の前にいてオレにちゃんと向き合ってくれる人が好みになっちゃうみたい」
……。は、反応に困る。
それはそれでゲームでもただアリスが傍にいたからって理由で好きになったみたいで面白くない。そこは運命や奇跡であって欲しい。
ハルヒトはあたしが反応に困っているのを流石に察してくれたらしく、申し訳無さそうにしていた。
「……ロゼリアとは、いつまで一緒にいられるかわからないから、伝えたいことは伝えようと思ってたんだけど……オレが考える以上に複雑なんだね。考えが足りなくてごめん。別に困らせたいわけじゃなくて……っていうか、『今』こんなことを言うのは流石に違うね。もう一度、ごめん」
そう言ってハルヒトは視線を伏せた。
以前からかなりストレートに伝えてくるなぁと思ってはいたけどハルヒトなりに考えてるのね。他の悩みを抱えている手前、流石に自重する必要があると認識してくれたみたいだけど、色んな意味で複雑すぎる。
とにかく、今はそういうことを考えないようにしようと自分に言い聞かせた。