204.ハプニングランチ①
二人とも食堂までついてきた。ユウリにはポットを持たせてるからわかるとしても、なんでメロまでついてくるんだろう。メロたちと一緒に食事なんて取らないからちょっと訝しんじゃう。
「あ、ロゼリア」
食堂に入ると、ハルヒトが厨房の方から顔を出した。嬉しそうに出てくるのを見て、変な顔をしないようにする。
見れば、ハルヒトはエプロンをつけていた。本当に料理の手伝いをしていたらしい。
「……ハルヒト。あんた本当に水田を手伝ってるの?」
「うん、楽しいよ。ロゼリアもどう?」
「あたしはいい。料理は食べる専門だもの」
緩く首を振って答えるとハルヒトは残念そうにしていた。
好きな人ややりたい人がやればいいと思う。とりあえずあたしにやる気は全くない。
「あ、メロとユウリも一緒に食事? 珍しいね」
「へっ?」
「え?」
あたしについてきたメロとユウリを見てにこやかに、というかちょっと嬉しそうにしていた。
メロとユウリは当然ながら目を丸くして驚いている。
残念だけどメロもユウリも一緒に食事を取ることはないのよね。あたしの側近と秘書ではあるけど、他と同じでぶっちゃけ使用人だし。あたしや伯父様と食べられるのは事前に許可が出たり誘いがあった時だけ。基本は他の使用人たちと一緒に別に食事を取っている。この話はハルヒトも知ってるはずだけど?
「二人はついてきただけよ」
「……あー、そうなんだ」
何故かハルヒトが残念そうにしている。もしかして一緒に食事がしたかった、とか? いつもあたしと二人だし年の近い同性と一緒に食事をしたいのかもしれない。ハルヒトが事前に誘えばそれはそれで可能。
あたしから誘う気もないからお好きにどうぞって感じで、テーブルに向かった。
そのタイミングでキキが厨房から出てくる。
「ロゼリア様。すぐにご準備します」
「ゆっくりでいいわよ」
「──はい!」
席についたところでハルヒトがあたしとメロ、ユウリを見比べる。ユウリが慌てた様子であたしの方に来て、テーブルの上にジャスミン茶の入ったポットを置いてくれた。「カップは変えましょうか」と聞いてきたので「そのままでいい」と言っておく。
ハルヒトは何か言いたげにエプロンを脱ぎ、椅子の背凭れの上に置きながら控えめに口を開いた。
「メロ、ユウリ。たまには一緒にどう?」
「いや、いいっス」
「僕もお気持ちだけいただいておきます」
カップにジャスミン茶を注いでいたところで、手を止めてしまった。
ユウリはともかくメロが断るのが意外。「え、いいんスか?」とか言いながら席に座っちゃいそうなのに。何かと思えば、キキが厨房から戻ってきながらメロとユウリを睨んでいた。……そうか、キキたちにしてみればメロたちの給仕はしたくないと思っててもしょうがないし、何なら急に言われても準備が追いつかないから「やめろ」と言う気持ちなのかも。
一人で納得して、ジャスミン茶を飲む。ちょっと渋くなってるわ。
断られてしまったハルヒトはやっぱり残念そうにしていた。
「……そっか。今日の昼食、オレが結構手伝ったから目の前で食べてみて欲しかったんだ」
「ハルヒト、急に誘っても準備が──……って、あんたが作った料理が出てくるの?」
フォローをしようとしたところで気付く。
わざわざ味の感想を求めるってことは「手伝った」ってレベルじゃなくない? え、それって大丈夫!?
不思議そうにするハルヒト。メロとユウリも微妙かつ興味ありそうな顔をしている。会話の流れで出て行きづらいのがわかった。
「水田さんがちゃんと監修してたので大丈夫ですよ、ロゼリア様」
横から「失礼します」という言葉とともにキキが食器を並べていく。
恐らくメインを手伝ったんだろうけど、何を作ったのかしら。気になる、かなり気になる。
「キキ、今日のメニューは何?」
「オムカレーだよ」
「……そう、ありがとう」
キキに聞いたのにハルヒトが答えた。しかもウキウキした感じで。
っていうか、オムカレーの何を手伝ったっていうのかしら。カレーは多分昨日から仕込んでただろうから手伝う要素はなさそうだし、今日手伝ったというなら、ご飯部分? まさかオムの部分?
「何を手伝ったの?」
「上に乗せるオムレツだよ。結構上手にできたと思う」
「まさか、あたしの分も……?」
「? そうだよ。ロゼリアに食べて欲しくて頑張ったんだし」
反応に困った上に、多分変な顔をしていたと思う。サラダとスープをテーブルの上に並べるキキが「うわぁ」という顔をしていたので、よほど変な顔だったんだと思う。メロとユウリもなんか変な顔をしてた。
何を言えばいいかわからずに困っていると、ハルヒトが不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 好きじゃない? オムカレー」
「オムライスもカレーも好きだけど、そうじゃなくて……あんまりそういうことは言わないで欲しいわ」
「そういうことって?」
ハルヒトはひたすら不思議そうな顔をして水を飲んでいた。
これまでまともな環境にいなかったせいか、ハルヒトは人との距離感がおかしい。だからと言ってハルヒトのことを邪険に扱える人間は今この場にはいない。あたしにとっても攻略キャラクターであると同時に九条家の『お客様』でもあるから素っ気ない態度なんて取れなかった。
かと言ってグイグイ来られるのも困るのよね。
「周りにあんたと対等に話せる人間があたししかいないのは確かだけど……気を遣わなくていいのよ」
はっきり言うには恥ずかしすぎる。っていうか、メロもユウリも出ていかないから余計に言い辛い!
ハルヒトがキョトンとした顔で、水の入ったグラスをテーブルに置いていた。
「気を遣ってるとかじゃないよ。それに、料理は愛情だって水田さんも墨谷さんも言ってたし、何なら食べて欲しい誰かを想いながら作った方が美味しくなるって言ってたから……ロゼリアのことを想いながら作ったんだけど、」
「ぶはっ!!」
「こら! メロ!」
メロが吹き出して、ユウリがそれを咎める。キキは食器を取り落としそうになっていた。
二人の気持ちはよくわかる。
あたしは目の前のサラダとスープに手を付けることができず、行儀が悪いけどテーブルに両肘をついて手を組み、その上に額を押し付けて項垂れてしまった。
気持ちは、気持ちだけなら嬉しい。複雑には違いないけど。
で、あたしが言いたかった「そういうこと」って、まさに今のセリフだわ。
はーーー。と、長い溜息が漏れた。
「……そういうところよ、ハルヒト」
「え?」
「そういうセリフを、他人の目があるところで言わないで欲しいの」
俯いたまま疲労感を滲ませて言ってから、視線だけをのっそり持ち上げる。
ハルヒトはやっぱりキョトンとしていた。けれど、少し考え込んでから、恐る恐るという雰囲気で口を開く。
「……えっと、迷惑、だった?」
そういう聞き方はずるくない!?
迷惑だとはっきりと言えず、かと言って遠回しに迷惑だって察してもらえる言い方が見つからない。
ハルヒトからは純粋な好意みたいなものしか感じなくて(その好意がどういう類のものかは敢えて考えないけど)、それは単純に嬉しいしありがたい。何ならハルヒトがあたしに殺意を向ける可能性が限りなく低くなっているのがわかってホッとしている。
けどね!? 現実問題としてね!? あたしも反応に困るのよ!
「ハルヒトさん、横から失礼します」
「あ、うん。いいよ」
そっとユウリが割り込んできた。視線を向けると、メロが余計なことを言わないように口を押さえていた。大変ね、ユウリも。
「ハルヒトさんが最初にこちらに来られた時にジェイルさんが言っていましたが、……デリケートな話なんです。
ハルヒトさんがロゼリア様に、その、好意があるようなご発言は余計な憶測や噂を生んでしまいます。少し前、意図的にユキヤさんがそういう噂を広めていましたし……それとぶつかってしまうと、まずいというか……」
控えめかつ言葉を選ぶユウリ。
いいわよ、あたしが個人的に嫌だと思っている話を上手くコーティングしてくれてる。ユキヤとの噂との件はすっかり忘れてたけど。
その説明で伝わったらしく、ハルヒトが「そっか」と納得している。
「確かにユキヤとの噂がぶつかるとまずいね。ロゼリアが二股かけてるとか、変な噂が独り歩きするかもしれないってことだろ?」
「はい、そうです。また二股で揉めるのは、ちょっと……」
「──『また』……?」
うわっ。
「ユウリッ!!」
「ぶっ!!!」
思わずユウリの名前を叫ぶのと、メロがまたもや吹き出してその場にしゃがみ込むのはほぼ同時だった。
ユウリは「しまった」と顔を青くしているし、メロはしゃがみ込んだまま肩を震わせている。ハルヒトはひたすら驚いていた。
あたしの食欲はどんどん失せていく。この状況であたしに同情的な視線を向けているのはキキだけだった。




