202.嘘と本音②
これでも言葉を選んだつもりと言うか、あんまりまどろっこしい言い方をするのも話が長引くだけで良くないと思った。だから、あくまで「あたし”が”話したくない」という方向に持っていったんだけど、メロがショックを受けるのは想定外。
もちろん、メロに何を言ってもいいなんて思ってないし、泣きそうになっていたメロの記憶も新しい。
内心の焦りを抑えつつメロが何か言うのを待った。
「……話したくないってなんで」
「あんたには関係のない話だし……ごたごたしてて面倒なのよ。面倒なの、あんた嫌いでしょ?」
メロは普段よりも抑えた声で話をしていた。普段はもっとうるさいから、なんだかそういう意味でも落ち着かないわ。
っていうか、なんであたしが責められてるみたいになってるのよ。
話せないのはちょっと申し訳ないとは思うけど、本当なら全く無関係な問題なんだからしょうがない。それでも首を突っ込みたいなんて言うとは思えない。
「こういう時ばっかりおれの好き嫌いの話持ち出すのってずるくないっスか」
「またずるいって言う……子供じゃないんだから、あたしの事情を少しくらい察してくれてもいいんじゃない? そこまで馬鹿じゃないでしょ」
ため息交じりに言うと、メロがまたショックを受けたようだった。
ちょっとイライラしてるのは認める。そのせいで口調がきつくなったのも認める。
けどメロが──と全部メロのせいにしようとしたところで思い直す。いやいや、こんなことを考えてたらまたヒステリックな自分に逆戻りをしてしまう。例えばここで手を上げてメロを黙らせるのは簡単だけど、そういうことはしないと決めてる。ちゃんと話をして、前にメロに言われた通り相手の話を聞けば、なんとかなる、はず。
そう思い、小さく深呼吸をした。
「……ごめん。今の言い方は良くなかったわ。
けど……あんたがいくら知りたいって言っても話せないことや話したくないことがあるのよ。わかってくれない?」
真っ直ぐ見つめて言えば、メロの視線が空中を彷徨った。
当然ながらすぐに返事はない。メロは何を考えているのかわからない表情で視線を彷徨わせていた。その様子を眺めながら返事を待つ。
……正直、メロとユウリは特に何を考えてるのかわからない。
例えば彼らの好感度が数値化されていたら、あたしが前世を思い出した時は本当にぶっちぎりのマイナス評価だったに違いない。それがたった半年足らずでどうにかなるとは思えないし、万が一どうにかなってたら「あんた正気?!」って思う。殺したいくらいの憎しみは薄らいだとしても、未だに嫌われていてもおかしくはない。
ハルヒトはまだわかる。悪い噂しか聞いてなかったけど実際見てみたら案外悪くなかったと思うのもまぁ理解できる。で、割と自分にフランクに接してくれる唯一の異性、と思われてしまうのもギリギリ理解できる。
ジェイルは仕事が絡んでて、ユキヤは契約のことがあるから、マイナス感情をゼロに見せかけているのはなんとなく想像はつく。実際はどう思ってるのか謎。
けど、メロとユウリは本当にわからない。
攻略キャラクターの中でロゼリアへの殺意が特に高いのはこの二人だった。だから余計に警戒してしまう。
もう大丈夫だと思いたい気持ちと、「いや、でも」と警戒する気持ちが同居していた。
「わか、った」
メロがようやく、ものすごく渋々といった感じで頷いた。視線は相変わらずこっちを向かない。
内心ほっとしたせいで肩の力が抜ける。前みたいに泣きそうな顔をさせないだけまだマシ、だと思いたい!
「……お嬢、もう聞かないんで……代わりに、いっこお願い、いっスか」
「……。……まぁ、いいわよ。聞ける範囲でね」
何よそれと思いながらも了承する。
すると、メロはあたしのすぐ傍にしゃがみこんで、両手を伸ばしてきた。
何かと思いながらメロと手を見比べる。その手が伸びてきて、あたしの手に触れてきた。
「何?」
「手、触っていい?」
「もう触ってるでしょ。何なの?」
へら、とメロが笑う。本当に子供みたいな笑い方だった。
そのままあたしの右手も左手も握って軽く揺らす。本当に何!? なんかくすぐったいし! 両手で握手しているみたいな格好になり、あたしの頭の中は「?」で埋め尽くされてしまった。
メロは両手を握りしめたまま、じいっとあたしを見つめてくる。
「お嬢」
「何よ」
「役に立ちたいって言ったじゃないっスか。お嬢にも色々あるから話せないのも話したくないのもしょうがない、けど……関係ないって言葉は、どうでもいいって言われてるみたいで……ちょっと傷付く」
眩しそうにあたしを見つめるその表情には色んな感情があって、どれが一番強いのかわからなかった。
悲しそうにも見えるし、拗ねているように怒っているようにも見える。わかるのは、その表情が負の感情で構成されていて、あたしの言葉が原因だったってことだけ。
やっぱり、メロのことはよくわからない。
あたしの居心地の悪さなど知らない顔をして、メロが手に額をくっつけてきた。しかもそのままあたしの膝に寄りかかって──小さな子供が親の膝に顔を埋めるような体勢になる。まさか泣いてる? と不安になったけど、それはないようなので安心した。謎の態勢のまま、メロの頭を見つめるしかできなくてちょっと困ってしまう。
「……メロ」
「……もうちょい、このまま」
手を引っ張られてて、中途半端に前屈みになってるせいでちょっときついのよ。
体勢を変えたくて少し考える。そう言えば、前にメロが泣きそうになった時、頭を撫でたら案外良さそうな感じだったのを思い出した。
「頭撫でてあげるわよ。片手だけ離して」
ダメ元で言うとメロの肩がピクリと動いた。手が少し緩まったのでそっと右手を引き抜き、その手でメロの頭をそっと撫でる。
案の定、メロはあたしの手に頭を寄せてきて、まるで犬か猫のように大人しく撫でられていた。
メロ、家庭環境がアレだったからこういうのが落ち着くのかしら。そう言えばユウリもこういうことされ慣れてなさそう。ユウリのことはストレス発散の代わりにわしゃわしゃ撫でちゃったけど、こういう感じで撫でてみてもいいかも知れない。……そう言えばゲームでもあったわ、そういうシーン。
パサついた髪の毛を撫でながら目を細める。
「……あんたのこと、どうでもいいなんて思ってないから」
「……うん」
「大事よ、ちゃんと」
そう言うと、メロが急にガバっと顔を上げた。目を見開いてこっちを見ている。
「大事? ほんと?」
「え、ええ……」
勢いにびっくりしてしまった。
そりゃ攻略キャラクターは全員好きだし大事よ。これは嘘じゃないわ。……実物に対して思うことがないわけじゃ、ないけど。
あたしが当事者じゃなかったら「復讐のためにロゼリアを殺してスッキリ☆」というストーリーも別に悪いとは思わない。ゲームをしている側としては楽しんでたもの。でもあたしがロゼリアなわけで……あとは、前にハルヒトと話してて感じたけど、やっぱり簡単に『殺す』という選択肢が出てくるのはまずい。そして誰にも手を汚して欲しくない。綺麗な手のまま幸せになって欲しい。
そういう意味でも大事だし、何よりも自分自身を大事にして欲しいと思うようになった。
「何番目?」
「は? あんた、伯父様に勝てる気でいるの?」
「……そういうことじゃなくて」
ちょっと期待した目で見てくるから、うっかり伯父様の名前を出してしまった。
伯父様の名前にメロががっくりと肩を落とす。そして、気が済んだらしくあたしの膝から離れて、ようやく手を話してくれた。一体何の時間だったのかしら、今の。
メロはゆっくりと立ち上がって、さっきとは打って変わってスッキリした表情をしている。
「……おれ、アリサが単なるメイドじゃないって知ってるっスよ」
──は?
「だから、お嬢が思うよりもずっと役に立てるし関係なくないと思う。お嬢ばっかり抱え込まなくていーよ」
「……脅してる?」
「え? なんで? 違うっスよ。ジェイルだけじゃなくて、おれにももっと頼って欲しーって話。あとユウリも、お嬢が思うよりずっと役に立つっスよ」
え? アリスが単なるメイドじゃないって知ってる? なんで? どうして?
スッキリした顔でアリスのことを匂わせたかと思いきや、メロはそのまま部屋を出て行こうとする。あたしは慌てて立ち上がって、メロを追いかけた。
「ちょ、ストップ!」




