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200.オフレコ㉗ ~アリスとバート~

 ロゼリアに盗聴器を外して欲しいと言われたアリスは執務室を出ると、すぐさま空き部屋にさっと身を隠した。メイドとしての仕事の途中でジェイルに呼び出されたため、他の使用人仲間が引き受けてくれた自分の仕事が気掛かりだったが、ちょっとだけだからと自分自身に言い訳をする。

 常に持ち歩いている小型の通信機器を取り出し、バートに向けて発信した。

 携帯電話よりももっと小型な代わりに通信自体はセットになっている機器としかできないものだ。無論、その片割れはバートが持っている。

 なかなか繋がらず、改めようと思ったところで通話時独特のノイズが入った。


「あ、先生」

『アリス、どうかしましたか?』

「突然ごめんなさい」


 怪しまれるので通信は最低限にするよう言われている。

 しかし、ロゼリアに盗聴器の存在が気付かれているという情報は早めに伝えた方がいいはずだった。ロゼリアが盗聴器の存在を嫌がっているから早く外して差し上げたいというアリスの個人的な気持ちももちろんある。すぐに言う気はないけれど。

 話は短くしなければと自分に言い聞かせながら、頭の中で伝えたいことをまとめる。


「さっきまでロゼリアさまとジェイルさんと話をしてました。二つ確認したいことがあります」

『ええ。まずは一つ目は?』

「こちらの提案を飲む代わりに何か条件をつけられるのか、と聞かれました」

『……アリスはなんと答えましたか?』

「計画を変更しないような条件であれば、と答えました」


 バートは少し黙り込んでしまった。答えがあっても勿体つけるように間を取る人間だとわかっているので、アリスも黙って待った。しかし、自分の答え方には問題はないはずである。

 ここで断られたらこちらとしても困るのだ。ある程度の条件は飲むだろう。


『まぁ、アリスの答え方以外にありませんねぇ。条件は何か聞いていますか?』

「ユキヤさんも考えているらしく……その返答次第だそうです」


 そう言うとバートがため息をついた。

 正直なところ、計画に必要なのはロゼリアとハルヒトである。ユキヤはどちらでも良かった。ユキヤの意思が思わぬ形で入り込んでこないように祈るばかりだ。とは言え、ロゼリアがユキヤのことを気にしているので気にならないと言えば嘘になる。

 だから、ユキヤが自身で考えることを放棄してロゼリアなりハルヒトなりに判断を任せるようにバートは話していた。

 結果的にロゼリアの不興を買ってしまったが、こればかりは仕方がない。ガロやミチハルにも話を通してあるので下手な動きはできないだろう。


『わかりました。事前に条件がわかれば教えて下さい』

「はい、了解です」

『で、二つ目はなんでしょう?』

「えっと、」


 上手く話を運ばなければロゼリアの望みは叶えられない──。

 そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと口を開いた。


「……ロゼリアさま、盗聴器に気付いています……」

『え? ……それはそれは。随分勘がよろしいようで』


 これまで盗聴器に気付いた素振りなど一度も見せなかった。さっき言われて、こちらが驚いたくらいだ。

 バートは呑気に返事をしているが、これはかなり驚いている時の反応だ。


 アリスがメイドとして働き始めたのは九月。

 椿邸に入ってすぐ盗聴器を取り付けるために邸内を歩き回った。とは言え、早々にキキやロゼリアに気付かれてしまったせいで最低限しか盗聴器をつけられず、当時は悔しい思いをしたものだ。

 アリスへの命令はロゼリアの監視と護衛。

 人を人とも思わないような『悪女』が突然自身の言動を正し始めたという情報を与えられた時は、そんなことがあるものかと疑っていた。実際、ロゼリアの周囲にいる人間は訝しげに感じていたようだ。

 けれど、これまで封印していた九条印を使い、自ら率先して動き──という姿には謎の説得力があった。

 盗聴器を通して聞こえてくる会話からは、端々に傲慢さや短気さは感じられても真面目に取り組んでいるのが伝わってきた。ジェイルやメロ、ユウリ、ユキヤとの会話を聞いていても、それぞれにきちんと向き合っているのがわかった。時折、自身の過去の言動を悔いているようでもあった。

 仕事に必要だと思っていた時は会話の内容を聞いても何とも思わなかった。

 けれど、段々とロゼリアの人となり、南地区の問題解決に向けて心を砕いている姿を見聞きしていると、罪悪感が芽生えるようになってしまった。

 最初はかなりアリスのことを警戒しているようだったのに、こちらのことを慮るようなことを言うのに驚いた。

 雑談の中で「あんたにとっては簡単なことじゃないかもしれないけどね」と言われた時は驚きすぎてぽかんとしてしまったものだ。まるで、アリスの事情をわかっているかのような言葉で、「こんなことをしていてもいいんだろうか」という疑念の芽が成長してしまった。


 誰かを監視するのも、必要があれば手を下すのも、向いてない。慣れない。

 でも、そうしないと生きていけない。

 楽しそうに笑う姿が見たいなんて初めて言われた。

 こんな自分が楽しそうに笑っても良いのだろうか。少なくとも今は無理だ。

 ならば、そう言ってくれたロゼリアをせめて守りたいと思った。護衛も自分の仕事なのだから。


 アリスの正体を知りながらも、ロゼリアの態度は変わらなかった。

 あの時の「仲良くしたい」という言葉が嘘じゃなくて嬉しかった。

 当たり前のようにロゼリアの傍にいる人たちにちょっと嫉妬をしたり、他の誰でもなくロゼリアに褒められたいとか役に立ちたいとか、そんな風に考えるのも初めてで、自分にこんな感情があるのかと驚いた。

 アリス自身にできることは少ないかも知れない。けれど、ロゼリアの望みを叶えられるなら叶えたいと思ったのだ。


「だから、盗聴器を外したい、んですが……」

『まぁ、そうですね。気付かれている以上、そのままにしておくのも心象が悪そうです』

「じゃあ……」


 あまり喜ばないように。あくまでも指示を待ついつもの自分で、と言い聞かせる。

 しかし、アリスの思いとは裏腹にバートはおかしそうに笑った。


『アリス』

「? なんでしょう?」

『──気付かれているから外した方がいいという話じゃないでしょう?』


 黙り込んでしまった。流石に付き合いの長いバートを誤魔化そうなんて無理な話だったのだ。

 ロゼリアが外して欲しいという要望を伝えたのは確かだが、それを聞いたアリスが「外したい」と思っているのだ。相手への印象が悪いとかそういう問題ではなく、ただただロゼリアに不快な思いをさせたくないがために。

 思わず口を尖らせてしまった。

 だとしても、盗聴器を設置したままにしておく理由もない。


『拗ねても駄目ですよ』

「す、すねてませんっ……!」

『まぁいいでしょう。ものを頼む立場ですからね。……外して差し上げてください』

「──はいっ!」


 うっかり元気よく返事をしてしまった。軽く咳をしたが、バートはおかしそうに笑っている。

 一つ残らず外したとロゼリアに報告できるようにしよう。きっと「ありがとう」と微笑んでくれるはずだ。過去のロゼリアなら「ありがとう」なんて絶対に言わないという話だったがアリスの中のロゼリアはそうではない。ごくごく当たり前に礼を言える人である。

 それを想像すると楽しくなる。

 他でもないロゼリアの役に立てる自分を少しずつ好きになれる。


『……全く。しっかりしてくださいね』

「大丈夫ですっ」


 何が大丈夫なんだかと呆れるバートを残して通信を切る。

 通信機器をスカートの中に隠し、浮かれる自分自身を落ち着かせてから部屋を出るのだった。

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