199.後継者問題③
「アリサ、やめなさい」
「うっ! ……はい」
思い出したように仲裁に入るとアリサがびくっと震えて、小動物めいた瞳をこちらに向けてきた。一応申し訳無さそうにしているから良しとしよう。
アリサがそれ以上何も言う気がないとわかると、今度はジェイルに視線を向けた。
「ジェイルも。突っかからないで。……言わなかったのは悪かったわ」
「……いえ。自分も全くそのことは聞かずに、思い込みで決めつけていたのもありますので……」
まぁ以前のあたしは伯父様の後を継いで当然、という考えだったから、ジェイルがそれをそのまま信じていてもおかしくはない。何なら、ちゃんとしだしたのは伯父様の後を継ぐつもりだからだと思われていても全くおかしくはない。実際はもちろん違う。
タイミングを見て、伯父様にもちゃんと言わないといけないわ。伯父様の周りにも色んな意見があるし、血縁だからという理由であたしを次期会長にと考えている人間もいれば、血縁と言えどあんな女はあり得ないと考えている人間もいる。正直どっちの意見もわかるんだけど、あたしにはその気がないという意思表明はしておきたい。後のことは伯父様が考えるでしょ。
しかし、あたしの考えとは裏腹にジェイルは複雑そうな顔をしていた。
「お嬢様、本当に──」
「そのうちちゃんと伯父様に言うわ」
「先ほども申し上げたように、九龍会にはお嬢様しかいません……」
ジェイルが苦しげに言う。ちょっとだけ決心が揺らぎそうになった。
確かにわかりやすい血縁者はあたししかいない。全くいないわけじゃないけど、九龍会に関わるのを嫌がったり、そもそも全く持って興味がなかったり、そういう血縁者はいる。とは言え、そういう人たちを引っ張り出すのは難しいだろう。
あたしは大げさにため息をついた。
「血縁者に拘る必要はないでしょ」
「しかし、九龍会は血統を重視してきた会です。血統に拘らない会があるのは存じていますが……自分は……!」
「決めるのは伯父様よ」
ぴしゃりと言えば、ジェイルは口を閉ざした。キッと視線を向けると気まずそうに視線を逸らしてしまう。
残念ながら、仮にあたしが「次期会長はあたしよ!」と言ったとしても伯父様が「次期会長はロゼリア」と指名をしなければ成り立たない。基本は現会長の指名制なのよね。指名したとしても会の中で反発が強いと上手くいかないし……。
けど、あたしが成人しても伯父様はあたしの名前を後継者候補として挙げなかった。
というか、そもそも九龍会の後継者問題はずーっと宙ぶらりん。伯父様が一度も言及していないからね。
あたしの素行が悪すぎて名前を出せなかったに違いない。なのに、あたしはなる気満々だったから余計に……けど、あたしが「その気はない」ってはっきり言うことで、伯父様も後継者について話をしやすくなるはず! そして晴れてあたしは自由の身、というストーリーを立てている。
……。まぁ、目の前の問題を片付けるのが先だけどね。
「それはそれとして、今回の件に実際の後継者がどうのこうの、というのは関係がないわ。アリサもそう言ってるしね」
「はい。計画上必要なだけですので……」
こくこくと頷くアリサを見て、「ね」とジェイルに笑いかける。
今は本当にそれはそれ、これはこれ、って感じなのよ。下手なことを言いたくもないし。
「というわけで、一旦話は終わり」
言いながら、テーブルを軽く叩いた。
ユキヤが「嫌です」って言ったらどうしようか考えておかなきゃいけない。代案は今のところないけど、流石に何も考えないわけにもいかない。
ジェイルに視線を向けつつゆっくりと立ち上がった。
「ジェイル。難しいかも知れないけど、ちょっと考えておいて」
「え? ……はい、承知しました」
何を、と言わずとも伝わったみたいだった。神妙な顔をして頷いている。
アリサがいる手前、代案の話はし辛い。盗聴で漏れるとしてもジェイルがいるから、堂々とそういう話をするのもおかしいわ。
あたしが立ち上がったからか、ジェイルもアリサも解散の流れを察知したらしく揃って立ち上がる。
けれど、アリサに少し話したいことがあったので、アリサへと視線を向けた。
「アリサはちょっと残って」
「え?」
アリサではなく、何故かジェイルがひどく驚いていた。自分だけ部屋から出るのかと言いたげにこっちを見てくる。
「お嬢様、白木と何を──……!」
「あんたねぇ、女同士でしかできない話があるって察しなさいよ」
そう言うとジェイルは何やら衝撃を受けたように硬直してしまった。一体何の想像してるのよ……。
まぁ、嘘だけど。別に女同士でしかできない話をするわけじゃなくて、アリサにしかできない話をするからジェイルには退室してもらうだけ。
しかし、硬直しているジェイルを見たアリサは何故か勝ち誇った顔をしていた。なんでよ。
ジェイルは間を置かずに硬直から復活し、慌てながらメモなどをしまってテーブルから離れる。
「申し訳ございません。で、では、自分は失礼いたします。──何かあればお呼びください」
そう言ってそそくさと去っていくジェイルを見送った。アリサは機嫌良さそうに手を振っている。いや、本当になんで。
ぱたん、と扉が閉まったところで、アリサが子犬みたいにあたしに近づいてきた。尻尾がついてて、それがぶんぶんと揺れている様子が見えるようだわ。あたし、なんでこんなにこの子に好かれてるんだろう……。
不思議に思いつつ、あたしのすぐ傍に寄ってきたアリサを見上げる。
「ロゼリアさまっ、あの! さっきはフォローありがとうございました! ……それで、わたしに何のお話ですか?」
何故かウキウキしている。多分ウキウキするような話じゃないのよね。
あたしは小さくため息をつき、アリサを真っ直ぐ見つめた。
「あのね、部屋に仕掛けてる盗聴器を外して欲しいのよ。もういいでしょ?」
瞬間、ウキウキしていたアリサがさっきのジェイルみたいに硬直した。
表情は固まったままだったけど、青くなって赤くなって──……やがて俯いてしまう。体が小さくなったような気さえした。
どうやらあたしが盗聴器には気付いていないと思っていたらしい。後継者についてだってそうだし、バートの話もそうだし、出所が不自然な話題や情報があったのに何を今更驚いているのかしら。いや、この子本当にスパイとか向いてないのね……。ゲームのロゼリアがどれだけザルだったか、攻略キャラクターたちにどれだけ助けられていたのかがよく分かる。
アリサは俯いたまま、何かぼそぼそと話していた。
「え?」
「……も、申し訳ございません……」
「え、外せないの……!?」
色んな意味でもういいでしょ、って思ってたからアリサの返答に驚く。が、アリサは慌ててぶんぶんと首を振った。
「ち、ちが、うんです! は、外すのは……えっと、あの、確認します。お、お気づきとは思わなくて……不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。で、でも、わたしが積極的につけたかったわけじゃなくて、指示で──」
「それは流石にわかってるわよ」
思わず吹き出してしまった。指示なのは当然理解している。アリサが勝手につけてたら驚きだわ。とは言え、アリサの判断では外せないらしい。そりゃそうよね。
あたしの言葉を聞いたアリサがどこかホッとする。
「……盗聴器外してくれなかったら協力しないってことにしようかしら」
「……え゛ッ!?」
「冗談よ」
笑って言うとアリサが再度ホッとしていた。流石にそんな条件はつけるつもりはない。
とは言え、さっさと外して欲しいのよね。
アリサ、もといアリスは「早めに外せるように確認します」と言って、執務室を後にした。




