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20.伯父

 椿邸がある敷地内、大きな邸宅がある。

 代々九条家の当主が住む本宅。

 本来ならその妻子も一緒に住むものだけど伯父様の妻であるエリーゼさんは既に亡くなっていて、二人の間に子供はいなかった。両親の事故死後、あたしが伯父様の養子に入るかどうかって話もあったけど……その話は自然と立ち消えた。あたしにも伯父様にもその気はなかったから。


 あたしと伯父様は、姪と伯父の関係のまま。

 跡継ぎ問題が薄っすらあるけど、伯父様がどうするか決めるはずよ。以前までのあたしなら、自分が跡継ぎだと信じて疑わなかったんだけど、まぁ、今となっては……(無言)。


 伯父様はお昼になる前に帰ってきた。周囲が騒がしくなり、そわそわとした空気に包まれる。

 あたしは本宅にいる伯父様の部下や使用人たちの作った道の真ん中を歩いて、ゆっくりと歩いてくる伯父様に近づいていった。


「伯父様!」

「ロゼ、また綺麗になったな」

「やぁね、一か月も経ってないわよ?」


 伯父様を出迎えると、伯父様はとても嬉しそうにあたしを抱きしめた。

 白髪交じりの赤毛はあたしと同じ。高そうなスーツに身を包んでいた。

 あたしは伯父様に抱きついてその胸に顔を埋める。……ああ、落ち着く。


 この世界、あたしを本当の意味で守ってくれるのは伯父様しかいない。

 両親が亡くなってショックを受けたあたしをあの手この手で慰め、愛情を注ぎ──それでも、やっぱり家を空けることが多かったから、その分をお金で何とかしようとしていた。まぁ、それは結果的に大間違いだったわけで……『九条ガロ』という存在と金を武器に我儘放題の嫌な女が育ってしまった。


 顔を離して伯父様を見上げる。少し疲れているみたい。

 伯父様、フットワークが軽いからあっちこっちに呼ばれがちなのよね……。他会からも信頼が厚くて、たまに相談とか呼ばれるらしいのよ。しかし、その信頼はあたしの存在で揺らぎつつある。


「伯父様、すぐにまた出掛けるの?」

「ああ、壱と弐に顔を出したら、どうせ暇だからフラフラしてんだろうって言われてなァ……他のヤツにも呼ばれちまったよ。ったく、俺ァそんなに暇じゃねェってのに……」

「それだけ信頼されてるってことよね。あたしも鼻が高いわ」


 伯父様の地位が他よりも高く、一定の権力を得ているという事実はあたしの気分を良くさせる。

 それをそっくりあたしが引き継げると思っていた以前が懐かしいわ。今はそんなの無理って理解できるのにね。っていうか、その器じゃないと思う。

 伯父様が目を細め、あたしのことをじっと見つめる。


「大人になったなァ……昔は俺が外に出ると泣いて嫌がってたのに」


 ……「やだやだおじさまいっちゃやだ」「ひとりにしないで」と騒いでた幼少時が懐かしいのと同時に頭痛い。あたしがあんまりにも泣くからお金って手段が当たり前になっちゃったんだわ。そして、あたしは泣けばお金がもらえると学習してしまい……考えれば考えるほどに最悪。

 伯父様の腕に絡みついて、広間までの道を歩く。

 広間に着くまでに相談を済ませなきゃ。多分、広間には他の部下たちが待ってるだろうし。


「ねぇ、伯父様? 相談があるの」

「ん? なんだ? お前専用のホストクラブは作らねェからな?」

「もう! その話はいいの!」


 あー! 嫌な記憶が!

 あたし専用のホストクラブが欲しいって作ってもらおうとしたら「絶対すぐ飽きる」って作ってもらえなかったのを思い出す。だから、アキヲとの計画の中にあたし専用のホストクラブがあったのよ……。


「……あのね、伯父様。ユウリとキキって昔からずっとあたしの傍にいてくれるでしょ?」

「おお、そうだな……もうかなり経つなァ。早いもんだ」


 確か十年は優に超えてる。ざっと十二年くらい。

 最初のニ年は普通に『友達』みたいな関係だったけど、両親の事故であたしが変わったのと同時に関係性も変わってしまった。


「なんていうか、二人はやりたいことがあると思うの」

「うん?」

「ユウリは勉強がしたいのよ。だから、そのフォローをしたくって……。キキにもやりたいことがあるなら、あたしに気にせずチャレンジしてみて欲しいと思ってるの。……だから、二人に好きなことをさせるための時間とお金をあげる許可が欲しいんだけど……」


 そう言うと、伯父様は目を見開いてあたしを凝視してきた。

 伯父様はあたしに甘いけど、あたしがどういう人間なのか知らないわけじゃない。使用人からの評判も悪くて金遣いも荒くて、いい噂は伯父様の耳には届いてない。けど、伯父様にはあたしに対して『負い目』があるからずっと甘やかしてきた。エリーゼさんとの間に子供ができず、ただ一人残された姪に対してどうしていいかわからなかった。我儘を許すことしか思いつかなかった。

 伯父様は顎を撫でながら、あたしを見つめて目を細めた。


「……お前がそんなことを言う日が来るとはなァ……」


 しみじみとした口調だった。

 使用人に対して文句を言うことはあっても「何かしてあげたい」なんて言ったことはなかった。ユウリとキキ、それからメロもそう。あたしにとって体のいいサンドバッグがいなくなるのは嫌だったから、そこまで悪いことは伝えてないから、三人のことは特に気に入ってるんだって思ってる。

 決して間違いではない。けど、真実でもない。


「あいつらにはお前のことを第一に考えていて欲しかったんだが……お前がそう言うならいいだろう。好きなこと、させてみな」

「伯父様……!」

「ただし、当たり前だが何をさせるのかはちゃんと俺に報告しろ」

「ええ、もちろんよ!」


 よし。これでユウリとキキのことは何とかなるわ。

 ほっとして胸を撫で下おろしてしまった。

 

「……しかし、ロゼ」

「なぁに?」

「こいつは?」


 そう言って伯父様はあたしの後ろにずっとついてるメロを指さした。そう、実はずっと連れ歩いてる。ジェイルも一緒で、一緒にいるメロに対して面白くないと思ってるのが伝わってくる。

 当のメロは自分に話が降ってくるとは思ってもみなかったらしくてびっくりしていた。

 あたしはちらりとメロを見てから、伯父様に視線を戻す。


「メロにはしばらくあたしの手伝いをして欲しいのよ」

「ほう。役に立ってるのか?」


 顎を撫でながらの質問に、あたしはちょっと顔を背けてしまった。本当はただ傍に置いてるだけで、ただ全く邪魔というとそうでもなくて……。


「……た、多分?」

「ちょっと、お嬢! 多分ってひどくないっスか?!」


 あたしのメロのやりとりを見た伯父様がおかしそうに笑う。


「仲良くやってるならいいだろう。……メロ、これからもロゼを頼むぞ」

「はいはーい。もうさー、会長はおれの苦労を……っ、いって?!」


 伯父様に軽口を叩くメロの後頭部をジェイルが殴っていた。無表情なんだけどこめかみに青筋が浮いてる。

 まぁ、ジェイルは伯父様至上主義だからね。伯父様に軽い調子で絡むメロが気に入らないんだわ。

 メロも伯父様に恩は感じてて尊敬もしてるんだけど、あたしの言動がそれらを目減りさせていた。……なんか、そういう意味でもメロにも悪いことしてたわね。


 そんな話をしている間に広間に着いてしまった。

 多分、不在にしてた間の報告を部下たちから聞く時間になっちゃうわ。あたしはそういう場にはあんまり立ち入らせて貰えないし、話をできる時間ももうなさそうね。

 けど、ユウリとキキのことだけ許可を貰えただけでもよかったわ。

 ……普段なら、他のおねだりの時間だったのよね。以前に比べたらかなり有意義な時間だった気がする。


 広間の扉を前にして、あたしは伯父様の腕を開放する。

 自分から手を離したことに伯父様が驚いているのがわかった。いつもならもっと甘えて引き止めていたもの。


「……ロゼ?」

「伯父様はまだ仕事でしょ? あたしの我儘は聞いてもらえたし、もう大丈夫」


 そう言って一歩離れる。

 伯父様は目を細めてあたしに向き直り、そっと手を伸ばしてきた。

 そっと頭に触れて、小さな子供にするみたいによしよしと撫でられる。髪の毛が乱れないように、優しく。


「なんか……あったのか?」

「ううん、何にもないわ。大好きよ、伯父様。今日はこれくらいにしておくわね。……次は、もう少しあたしに構って頂戴」

「まだ甘えん坊のままだなァ? 色々片付いたら時間は取るから、いい子で待っててくれ」

「ええ、きっとよ」


 伯父様はわかったと言いたげにニッと笑い、広間の中へと消えていった。

 それを見送って一息つく。

 あたしの後ろではジェイルとメロが揃って伯父様に向かって頭を下げていた。あたしにするのとは違う敬意の籠もった礼。

 伯父様はそうされるだけの信頼を築いて来たのよね。

 あたしとは本当に大違いだわ。あたしなんてもうずっとマイナスだもの。


 なんとかマイナスをゼロにして、可能ならプラスにしたい……!

 そう思いながら、あたしはジェイルとメロを連れて椿邸に戻った。

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