197.後継者問題①
「ええ。アリサに話を聞きながら考えても良いんじゃないかと思ってね」
「……白木が口を割るでしょうか?」
バートが話した以上の情報は出てこないかもしれない。バートが話してない可能性があるし、まだ計画もどの程度進んでいるのかわからないからね。
とは言え、アリス、もといアリサがあたしたちの質問に対して何も答えないなんてことはないんじゃないかしら。というか顔に出そう。だから、呼び出して反応を見るくらいはできると思う。
「あの子がどの程度知っているかわからないけど……バートだってアリサに話を聞くことは想定してるんじゃない? そうじゃなかったら、あのまま連れて帰ってるでしょ」
「そうですね。──わかりました。呼んできます」
行き詰まり感があったからか、案外あっさりとジェイルが頷いた。ゆっくりと立ち上がって執務室を後にする。
本当にあたしだけの問題だったらバートの提案に乗るんだけどね。
そうじゃない、というのが話をややこしくしている。ユキヤだけじゃなくハルヒトも巻き込まれてるし、更にその裏にアキヲと繋がっているという『組織』の存在もあったりして……こういうのをひっくるめて考えると『陰陽』の計画に乗ることは決して悪手ではない。けど、心情的にモヤモヤするという……。
伯父様だったらどうするかな。あ、なんか計画には乗るけど、何かしら条件でも出しそう。
そうか……条件か。モヤモヤの代償に条件を出してみる、というのも良さそう。落とし所というか。
そんなことを考えている間に、ジェイルがアリサを連れてきた。
アリサは落ち着かない様子でジェイルの後に続いて部屋に入ってくる。
「お嬢様、連れてきました」
「ありがとう。ジェイル。──アリサ、そっちに座って」
あたしとジェイルが使っているテーブルには椅子が二つしかない。応接セットのソファを使うように言うけど、アリサはゆるゆると首を振った。どうやら立ったままでいいらしい。……立たせたままというのも落ち着かないんだけど。
「白木、長くなるかも知れないから座れ」
「……。わかり、ました。失礼します」
ジェイルの言葉に渋々と言った様子で頷き、ソファを少し傾けて座るアリサ。
それを見て一息つき、アリサを見つめて口を開いた。
「アリサ、昨日の件だけど……」
「は、はい」
ぎくり。と、アリサの肩が震える。バートが話した以上のことを知らなければしれっとしていれば良いはずだし、ギクッとするってことは何か知ってるのかしら。
ジェイルもそう思ったのか少し険しい表情をして目を細めていた。
「どうしようか迷ってるのよね。当然、あんたたちとしては、あたしが計画に協力した方が良いんでしょ?」
「それは、もちろんそうです。というか、計画自体がロゼリアさま、ハルヒトさま、ユキヤさんの協力を前提に練られているので……その場にロゼリアさまたちがいらっしゃらないと成立しない──とまでは言いませんが、わたしたちが望む結果が得られないです」
ふむふむ。昨日のバートの話だととてもそんな風には聞こえなかったけど、あたしたちの存在ありきってことなら、こっちからちょっとくらい注文つけても飲んでくれそうな気がする。……まぁ、注文の内容まで決めてないけどね。
険しい顔をしたジェイルはいつの間にか腕組みをしていた。黙ったままかと思いきや、不意に口を挟む。
「白木。お前たちが望む結果とはなんだ? 羽鎌田はお嬢様たちのような若い世代の力を、と言っていたが……どうにもそれだけとは思えない」
「……う。え、えっと……その……」
「ここだけの話として教えてくれ」
アリサはもじもじして、言おうかどうか迷う素振りを見せる。口止めをされてるという感じではない。単純に迷っている様子だった。
ジェイルがじっとアリサを見つめている。表情も視線も険しくて、威圧感みたいなものがある。アリサ、居心地悪いだろうな……。
とは言え、あたしもそこははっきり聞いてみたい。バートは自分たちにどういう利があるのか、はっきり言わなかった。
「い、言い方がちょっと難しいんですけど……」
やがて、アリサは観念したように話しだした。
どう話そうかと悩ましげな様子で、少し考え込んでしまう。
「……現在、九龍会と八雲会にとある『組織』がアキヲさま、ミリヤさまを通して介入しようとしています。その『組織』に対する牽制をすることで、他会への介入を未然に防ぎたいんです。もちろん調査は別途進めていますし、『組織』の全容を明らかにして壊滅するのが最終目標ですが……今回はとにかく手を引かせること、九龍会と八雲会に二度と手を出さないように後継者候補の方々が前に立ち、……えっと、自領を守る意志があるのを見せるのが目的です」
自領を守る意志──。
多分だけど、あたしもハルヒトもそんな意識ないわ。あたしはとにかく自分の身を守りたいだけだし、ハルヒトなんて後継者って立ち位置を嫌がってる。
アリサもそれは承知しているのか、後半はかなり声が小さかった。
別に九龍会がどうなってもいいなんて思ってないし、平和であって欲しいとは思うけど……。
「なるほどな。羽鎌田も言っていたが、お前たちは政治的に介入する気はないんだな」
「はい。ロゼリアさまたちを前に立たせることに政治的な意図はありません。あくまでも九龍会、八雲会、そして他の会を守るのが目的です。……後継者は、それぞれの会の中で決めていただきたいと思います。どなたに決まってもわたしたちは歓迎します」
なんかジェイルが前向きになってる気がする。ま、まぁ、ジェイルは九龍会のこと好きだし。
しかし「守るため」と言われちゃうと無下にもしにくい。バートもそう言ってくれればよかったのに、なんであんな言い方したんだか。
計画のために『後継者』という立場の人間が必要なのはわかった。裏では伯父様たちも関わってるから、現会長と後継者の総意の上での計画という話になる。とは言え、後継者という立場に興味がないあたしとハルヒトじゃね……。両方とも現状表に出せる後継者らしき人間が一人ずつしかいないからしょうがないか。
険しい表情をしていたからか、アリサが心配そうな顔をしていた。
「あ、あの、ロゼリアさま」
「何?」
「……現時点でロゼリアさまにその気がないのは存じているのですが……その話は一旦置いておいて、考えていただけると嬉しいです。今回の計画でロゼリアさまが懸念していることは全て片付くはずですし、……その後はお買い物にも自由に出かけられます!」
「そうね。それは本当にそうだわ」
ふ。と、口の端に笑みが浮かぶ。今の窮屈な状態から開放されるのは間違いないのよ。
とは言え、最終的にはユキヤがどうしたいのかを──と、考えているところで、ジェイルがこっちを凝視していた。何なのよ、その目は。
眉を寄せてジェイルを見返した。
「……何よ」
「その気が、ない……?」
変な間ができた。ジェイルの呆然とした表情を見つめることになる。アリサは何かに気付き、気まずそうにしていた。
なんでジェイルがこんな反応をするのかわからなかったけど、すぐに思い当たる。
「言ってなかったかしら? ないわよ、会長になる気は」
「お、お嬢様しか、いないのですが……!?」
しれっと答えると、ジェイルの声が震えた。こんな反応は珍しいわね。
けど、今はそういうことを話してるんじゃないのよ……! ここでジェイルと後継者問題について問答する気はさらさらない。
大げさにため息をついて見せ、ジェイルから視線を逸らした。
「アリサも今その話は置いておいて、って言ったでしょ。その話は今回の件とは全くの別問題よ」
「ですが、」
「ジェイル。──その話は、せめて今の問題が片付いてからにして頂戴」
いつの間にか、ジェイルが次期会長にあたしをと考えていることに内心で驚きつつ、その話は切り上げさせる。ジェイルはどこか不満そうな表情で口を閉ざした。
「アリサ、今の話で一応は納得したわ」
「では──!」
「結論はユキヤ次第だけどね」
ぱっとアリサの表情が輝いたけどユキヤの名前が出てきた途端にしおしおと萎んでいった。「そうですか」と肩を落とす。ジェイルも何故か微妙そうな顔をしていたけどここは無視。
おっと、そうだ。何か注文というか条件がつけられるかどうか聞いておかなきゃ。




