196.考える人③
あたしが吹き出したせいで、ジェイルが居心地悪そうにする。
いきなり笑われたら気分はよくないわよね。とは言え、誤魔化すこともなく、口の端を持ち上げたままジェイルに話しかける。
「変な意味で笑ったんじゃないわよ。……同じことを考えてたのがおかしかったの」
そう言うとジェイルは驚いた顔をする。
「同じこと、ですか?」
「そうよ。確かにバートは胡散臭いし、見るからに怪しくて……初見じゃとても信用できないわ。『陰陽』に所属しているのと、伯父様の手紙がなかったらさっさと退室してたかも知れない」
最初に会話の主導権を握ってたのと、やたらとユキヤとハルヒトをちくちく責めていたのも気に食わない。っていうか、あれがあたしを話に乗せるための手段だとしたら悪手だったんじゃないかしら。結果的に一度考えることになってるけど……。
まぁ、バートの思惑なんて考えてもしょうがない。
あたしがどうしたいかをちゃんと考えないと。
「なるほど、お嬢様も羽鎌田の言動は不愉快だったのですね」
「そうじゃなかったら、話の途中でテーブルを蹴ったりしないわ」
「……あれは驚きました。久々にお嬢様がキレ、お怒りになったのかと……」
ごほごほと軽く咳をし、言葉を濁すジェイル。
あの時、周囲にはあたしがキレたように見えてたのね。空気を変えたくてやったことだし、あの時のバートの表情を見て胸がすっとしたからやってよかったと思う。
「ムカついてたのは確かだけど、わざとよ。怒ったように見せただけ」
「そうだったのですか?」
「本気で怒るわけないでしょ。話が進まなくなっちゃうもの。──ただ雰囲気を変えて主導権を握りたかっただけよ。完全に主導権は取れなかったけど、バートがあたしのご機嫌伺いをしたから良しとしてるわ」
「……驚いたのは確かですが、相手のペースを崩せたのは良かったです。計算の上での行動だったのですね、今更ながら感心しました。考えてみれば、羽鎌田はこちらに頼む側ですし、お嬢様の機嫌を完全には損ねたくなかったのでしょう」
ジェイルが納得した面持ちで頷いていた。あの時のあたしの言動がわざとだとわかって安心しているようにも見える。
……ひょっとして、あの時のあたしって以前のようにキレたと思われてた可能性、ある? ふとその可能性に気づくものの、やってしまったものはしょうがない。あの時はあれで空気が変わったんだから良しとしよう。ジェイルがわざとだってわかってるんだから大丈夫よね。
余計な考えを追い払い、テーブルを人差し指でトントンと叩く。
「話を戻すわ。結論から言うと、あたしは……どちらかと言えば、バートの提案に乗りたいと思ってる」
「! お嬢様……!」
反対派であるジェイルは当然憤った。何か言おうと口を開きかけたけど、すぐに口を閉ざす。あたしがその理由を言うと察してくれているらしい。
ゆっくりと息を吐き出し、続きを口にした。
「理由は色々あるけど……必ず決着がつくというのが大きいわ。『陰陽』の力が本物なら、アキヲに逃げ場はないでしょう」
自分自身の本音の部分を隠しながら話す。
流石にゲームに絡む部分は話せないけど、それ以外のところも大きな理由と言える。
ジェイルは神妙な顔で話を聞いていた。あたしは続ける。
「ユキヤはもちろん、ハルヒトを脅かす存在もまとめて処理できる。一石二鳥なのよね。
……あとは、バートが提示してきた計画に対する代案が全く思い浮かばないというのも大きいの。ジェイル、現段階で何か代案は思い浮かぶ?」
真っ直ぐにジェイルを見つめて問いかける。
ジェイルは仏頂面で大きなため息をつき、力なく首を振った。
「いえ、申し訳ございませんが、今のところは何も……アキヲ様を我々で捉えるとしても、羽鎌田の、いえ、『陰陽』以上の処罰は難しいでしょう。八雲会を巻き込むことで話が大きくなるので、我々だけではどうにもならないことが多いです」
「そうよね……」
代案を考えようと思ってたけどやっぱり難しいみたい。
ただアキヲを糾弾して捕まえるって言うだけなら話はそう難しくないのだけど、その制裁をどうするか考えるとバートの提案以上のものがない。あたしが別ルートで八雲会に切り込んでいくことはできなくもないけど、『陰陽』が先に話をつけているものだから提案を蹴って何なんだ? ってなりかねない。わざわざ『陰陽』が伯父様とミチハルさんに言質を取ってきたのも、あたしが同じ手段を取れないようにするためとも考えられた。
九龍会だけで片付けると、ハルヒトのことをどうするのかって問題も出てくる。八雲会のことは関係ないと言えば関係ないけど寝覚めが悪い。
何だかこうやって考えると、伯父様がハルヒトを連れてきたのもこのためだったんじゃないかって思えてきた。いや、そうじゃなかったらわざわざ連れてこないでしょ。
あたしが前世の記憶を思い出し、今後の出来事を想定して動いたことでこんなに変わるなんて思っても見なかった。
「……お嬢様?」
難しい顔をして考え込んでいたせいでジェイルが心配そうな顔をした。
あたしは緩く首を振って、大丈夫だとアピールをする。しかし、ため息が漏れた。
「お釈迦様の掌の上だったなと思って」
「……おしゃかさま……?」
「何でもないわ。──全部誰かの筋書きなんじゃないかって思っただけよ」
この世界にお釈迦様はいないんだったわ! なんか前世の知識がちょくちょく混ざっちゃう。
多分だけど、『陰陽』、そして伯父様は早い段階から動いてたんだと思う。あたしが前世を思い出して、言動を改めて、それが浸透したくらいから。だからこそ、八雲会に話をつけて『陰陽』が手引きをしてハルヒトを救出して九龍会に連れて来る流れになった。
なーんかなぁ、スッキリしない。
っていうか、伯父様が裏で色々やりながら素知らぬ顔をしてあたしに接していたのが……モヤモヤする! 伯父様にとってあたしって何なんだろうと、不意に不安になる。伯父様は「お前がいなくなったら一人になっちまう」って言ってたけど、それはあたしも同じよ。
「お嬢様の動きを隠れ蓑に、羽鎌田の計画が進んでいたのは間違いありませんね」
「あんた、伯父様から何か聞いてた?」
「まさか。何も聞いていません」
そう言ってジェイルは苦笑した。ジェイルはジェイルで複雑そう。
伯父様の直轄部隊にいて、元々は伯父様の傍で働いていたのよね。若いせいで雑用みたいな仕事が多かったみたいだけど、伯父様がジェイルのことを気に入ってたのは知ってる。っていうか見ればわかる。けど、伯父様の頼みであたしの護衛になり、鬱憤を溜めていたはず。
立場が違うから伯父様がジェイルに何も言わないのはしょうがないけど、……まぁ、面白くないわよね。あたしと同じで。
「……伯父様があたしに黙ってた、というのが……さみ、いえ、面白くないのよね」
あっぶない! 寂しいって言うところだった! こんな弱音めいたこと絶対誰にも聞かせたくない!
ふいっとジェイルから視線を背ける。視界の端でジェイルが驚いた顔をしていたけど今は無視。
ジェイルが何か言いかけたけど、何かを察して一度口を閉ざした。一呼吸置いてから、改めて口を開いた。
「ガロ様が色々とお考えなのは理解できますし、自分としてはその考えに納得するしかないのですが……感情面はどうにもなりませんね」
ジェイルがやや自嘲気味に言う。
伯父様の考えについては、あたしとジェイルの気持ちは似たようなものだろう。あたしたちは意味合いは違えど、伯父様のことを好きだから。
ちょっと話が行き詰まったので、あたしはため息をついた。
「アリサを呼びましょうか」
「白木を……?」
提案に対して、ジェイルが不思議そうな顔をする。どうしてここで? と言いたげな様子だった。




