195.考える人②
朝ご飯はクロワッサンサンドだった。見た目はおしゃれだし、文句なしに美味しい。
ハルヒトが来てからというもの、毎食ハルヒトと一緒だったからなんか一人で食べるのも久々だわ。ハルヒトもあたしも外出は極力しないようジェイルに言われてるおかげで敷地内だけで過ごしている。買い物も屋敷に人を呼べば済んじゃうからね。外に出るにしても敷地内を散歩したり、番犬たちと遊ぶ程度……なんかこう考えるとすごく不健康な生活だわ。早く終わらせて生き延びて、自由になりたい。
朝食を食べ終え、片付けてもらってから執務室に移動する。
これまでの資料とか、ゲーム情報をまとめたあれこれを眺めながらまずは『あたしがどうしたいか』を考えた。
ハルヒトに言ったみたいに、周囲の事情を一切考えずに判断をするなら──バートの提案を飲みたい。
思考整理のため、ノートに書き出すことにした。
まず、バートの提案を飲みたい理由の一つは、これでケリがつく可能性が大きいこと。
アキヲを例の倉庫に追い詰め、あたしとユキヤとハルヒト、そして『陰陽』で取り囲んで悪事を糾弾する。あたしは伯父様から、ハルヒトはミチハルさんからこの件を任されてる。要は現会長の代理ってことだし、外部に向けても効力があるに違いない。
理由二つ目、あたしの汚名返上ができる。
これまで散々だったあたしの悪評をひっくり返す──というところまでは流石にいかないだろうけど、自分の不始末を自分で片付けたってことで多少は評価されるはず。以前みたいに遠巻きにヒソヒソされる割合は減るはずよ。
理由三つ目、ゲームより展開が早いからあたしの心理的ストレスが早めに軽減される。
これは完全に個人的な話だけど、ルート分岐日である十一月十一日に決着がつくかも知れないって話はかなり美味しい。本来なら十二月二十四日が最終日だから、一ヶ月以上短縮されることになる。あたしが不安に怯える日々が早く終わるのは正直すごく魅力的……! 上手く行けば年末は伯父様とゆっくり過ごせるかもしれないし……!
ちなみにこの世界の暦やイベントごとなんかは前世の日本と大きくは変わらない。ただし、意味合いや背景が違うイベントや祝日は結構ある。十二月のクリスマスなんかがその最たる例で、この国では初代の『王様』の誕生を祝う日となっている。二十四日が前夜祭で、二十五日が降誕祭。とは言え、前世の日本と雰囲気は本当に変わらない。ただのイベント日と化している。
……けど、本来ならあたしはその前夜祭に殺されるのよね。
攻略キャラクターとアリスはライトアップされた街を歩き、この煌めきを守るために『九条ロゼリア』を殺すと心に決め、そして……。
という感じだった。
思い出したらなんかしんどくなってきたわ。
申し訳ない……。アリスと結ばれる未来をあたしが摘み取ってしまって本当に申し訳ない。
そんな気持ちになってしまい、あたしは深くため息をついた。
そしてそのタイミングで扉がノックされ、ジェイルの「お嬢様、ジェイルです」という声が聞こえた。
あたしはゲームのことが書かれたノートと、さっきまでの考えをまとめていたノートを引き出しの中に隠す。代わりの別のノートを取り出し、それっぽく机の上に開いた。とりあえず、「十一月十一日」とだけ書いておく。
それから、扉へと顔を向けた。
「ジェイル、入って頂戴」
「はい、失礼します」
いつも通りの様子で入ってくるジェイル。そのまま真っ直ぐあたしのところまでやってきた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう。朝から悪いわね」
「いえ、自分も昨日の件を話したいと思っていましたので……」
そうやって話すジェイルはどこか疲れているように見えた。なんだろう、昨日の件を考えすぎて夜眠れてないとか? そんな風に考えすぎて眠れなくなるタイプには見えないけど……?
軽く首を傾げて、じっとジェイルを見つめる。ジェイルが居心地悪そうに視線を逸らした。
「……あんた、ひょっとして疲れてる?」
「え?」
「なんか顔が……?」
まぁジェイルが疲れていても今日は話をするけどね! 三日しかないから悠長にしてられないし。
あたしの言葉を聞いたジェイルが困ったように視線を伏せた。
「実は昨日、ユキヤと灰田を家に泊めたんです」
「えっ。ユキヤとノアを?」
「夜少し話し込んでしまったのと、朝ばたばたしてしまったせいで……少し疲れているのかも知れません。ですが、昨日の件についてはきちんとお話をさせていただきたいと思っていますので問題ありません」
ジェイルはキリッとした表情になってそう言い切った。
へぇ、ユキヤとノアを……。確かに昨日のユキヤはちょっと痛々しいくらいだったもの。ジェイルが気遣ってくれて良かったわ。ユキヤも多分嬉しかったんじゃないかしら? ノアもそうやって気遣ってくれる相手がいた方が安心できるだろうし。
「ユキヤは今日一日考え、明日の午前中にはお嬢様に自分の意志をお伝えしたいということでした」
「え。あれ? ユキヤはあたしに任せるって……」
昨日確かにそうやって言ってたわよね?
不思議に思っていると、ジェイルはゆっくりと首を振った。
「流石にそれは無責任ではないかと思いまして……最終的に決めるのはお嬢様だとしても、ユキヤはお嬢様に助けを求めてきた経緯があります。そして、お嬢様がユキヤと交わした契約も、あくまでもユキヤに協力するというスタンスだったはず……なら、ユキヤがどうしたいのかを考え抜いた上で、その意志をお嬢様に自分の口で伝えるべきだと言いました」
「……そう」
少し驚きながらジェイルの言葉を聞いていた。個人的に無責任とまでは思わなかったけど、ジェイルはそう思うんだ。
確かに『ユキヤがどうしたいか』を考えて教えて欲しいという話はしていた。とは言え、昨日の話でそれどころじゃなくなったと思ってたから、今のジェイルの言葉は意外だったわ。っていうか、あたしに任せたいと言っていたユキヤにちゃんと考えるように諭してくれた、ってことよね? 正直助かる。ユキヤの意見を聞かないまま決断してたら、きっとしこりになってただろうから……。
ふ、と息を吐いて、ジェイルを見つめて笑う。
「ジェイル、ありがとう。助かるわ」
「! い、いえ、……ただ、自分がそう思っただけで……」
「あたしの立場からだとユキヤにあまり強くも言えなかったからね」
言いながら、資料とノートを持って立ち上がる。不思議そうにするジェイルを見て、窓際のテーブルセットを指さした。
あたしは執務机についていて、ジェイルは目の前に立ちっぱなしは、ちょっとね。
「腰を落ち着けて話をしましょ」
「──はい」
ジェイルが表情を柔らかくして頷いた。
……たまに見せるこういう柔らかい表情にちょっとドキッとするのよね。あたしに気を許してくれてるのを実感する。
今はそういうことを考えている場合じゃない。
と切り替えて、窓際で日当たりの良いテーブルセットに、向かい合う形で座った。テーブルの中央には資料を置き、手元にはノート。ジェイルも小さめのメモ帳を開いていた。さっきよりも距離が近くなったから密談してるみたいだわ。
「で、あんたは反対なのよね」
「ええ、反対です。一番の理由は、計画を羽鎌田たちに任せることになるからです。危険性が高いと判断します」
「……そうよね」
大きくため息をついてジェイルの言葉に頷く。
伯父様たちの言質を取ってくるくらいだから無茶な計画ではないと思う。けど、やっぱり不安。そこにあたしたちがどれだけ口を出せるのかも謎だし、あたしの反対理由もそれが二番目くらい。
「あとは……こんなことを言うとお嬢様に呆れられそうですが、……そもそもあの羽鎌田が胡散臭くて信用できません。あいつの口車に乗るようなのがどうにも癪で……」
険しい表情で何を言うかと思ったら……! あたしは思わず吹き出してしまった。




