193.オフレコ㉖ ~メロとユウリⅥ~
「完全に蚊帳の外だったんだけど」
その日の夜。
昼間のことが気になりすぎてなかなか寝付けず、少し散歩をしようと思って庭に出たらメロもついてきた。どうやらユウリ同様に眠れなかったらしい。
今日の椿邸は慌ただしくて、ロゼリアとジェイルは「人材斡旋の話」と口を揃えて言っていたけれど、あの雰囲気はどう考えてもそんな感じではなかった。ロゼリアの抱えている問題を知らない墨谷や他の使用人たちは納得していたものの、ユウリもメロも納得できるはずがない。
なんだかんだで南地区の問題に噛んできたのだ。
ここにきて蚊帳の外にされるとは思っておらず、多少なりとも困惑した。
「……まぁ、僕たちに話せないことがあるんだろうね」
「それにしてもさー。教えてくれても良くね?」
「ロゼリア様が決めることだし」
などと口では言いつつも、ユウリにも不満はある。
話の内容はおろかその欠片すらも教えてもらえなかった。それは同席していたジェイル、ユキヤ、後から入っていったハルヒトも同様だ。一様に眉間に皺を寄せて話の内容を少しも漏らさなかった。ユウリはジェイルとハルヒトに「どんなお話だったんですか?」と聞いたが、二人とも本当に何も言わなかったのだ。ロゼリアに口止めされているというだけでなく、本人の意思で答えないようにも見えたのが不可解だった。
けれど、それだけ重要な話だったということだろう。
ロゼリアとハルヒトは後継者候補で、ユキヤは南地区代表の息子で、ジェイルは元々ガロ直属の部下だ。
このメンツの中に自分たちがいたこれまでが可笑しかったのだ、と突きつけられた気分だった。
「そういう人たちなんだなー、って思っちゃったよ」
「そういう、って?」
メロが池の淵にしゃがみ込み、不思議そうにユウリを見上げる。
それを見つめ返し、ふっと笑った。
「……身元が確かでちゃんとしてて、肩書がある人たち」
静かに言うとメロはあからさまに嫌そうな顔をする。
孤児である以上、身元などどうにもならない。
メロは以前自分でも匂わせていたが不倫相手の子供である。本妻に殺されそうになった挙げ句、母親も父親もメロを引き取らずに持て余され、孤児院に入れられた経緯がある。メロの歪みはこういうところに起因しているのだろう。
ユウリは、というと、両親が借金を残して蒸発したのだ。結果、親戚中をたらい回しにされて孤児院に行き着いた。
ろくでもない両親なのは同じである。
そんな両親から生まれた自分が『ちゃんと』しているわけがない。ずっとそんな思いに囚われていた。
「どうせちゃんとなんかしてねーっつーの。でもだからって、今日はそういう理由で外されたんじゃねーじゃん」
「まぁ、それはそうだね。関係者だけって感じだった」
「ハルくんが呼ばれたのが謎だったけど」
「……ちょっと前に八雲会の──八千世ミリヤ様が絡んでるって話が出たじゃない? その件だと思うよ」
「そだっけ?」
君が口を挟んだ話題じゃないか──と呆れそうになり、既のところで押し留めた。メロは気にしてない風を装っているが、持ち出されて楽しい話題じゃないはずだ。
あっけらかんとしたメロを見て軽く肩を竦める。
「……けど、まぁ……重要な話であればあるほど、僕たちは関わらせてもらえないんだよね」
「ジェイルは逆だよな」
メロがふくれっ面をしていた。元々メロはジェイルとウマが合わなかったが、最近それが加速しているように思う。単純にジェイルがロゼリアの一番近くにいて、頼られているのが気に入らないのだろう。ユウリだってジェイルに対して何も思わないわけではない。
「しょうがないよ。ロゼリア様の望みを一番叶えてるのはジェイルさんなんだから」
「面白くねー……」
「ガロ様に信頼されてるっていうのも大きいよね」
色々とメロの言葉をフォローしてみるものの、面白くなさが募る。
どうしたってジェイルとユウリたちではスタート地点が違うのだ。ロゼリアの傍にいたのはユウリたちの方が長いけれど、ジェイルはガロの信頼を得ているという背景がある。ロゼリアがジェイルを重宝するのもガロの信頼があるからに他ならない。
ロゼリアへの理解は自分たちの方が上のはず──と思っても、当のロゼリアがそれを望んでいない。
現時点でロゼリアが望んでいるのは事態を収束させるための情報や手立てだ。ユウリもメロもその件については役に立たない。
はぁ。と、ユウリとメロはほぼ同時にため息をついてしまった。
顔を見合わせて思わず笑う。
「真似すんなよ」
「そっちがね」
水面に浮かぶ月をぼんやり眺めていると、メロがのんびりと立ち上がった。そろそろ戻る気なのだろうか。
「そういやユウリ」
「うん?」
「おまえ、大学どこ行くの?」
え。と、小さく声を上げる。メロがそんなことを気にしているとは思わなかった。
色々と自分で情報を集め、最初こそ様々なものに目移りをしたものだが、今ではとある選択肢しか考えられなくなっている。
すぐに答えないユウリに、メロが意味ありげに笑った。
「当ててやろっか」
ぎくりと身が竦む。
悪巧みをしているような笑みを浮かべているメロの言動が良かった例はない。「いい」と拒否をする前に、メロが口を開いてしまう。
「お嬢と同じとこだろ」
「ま、まだ考え中だよ」
自分でもびっくりするくらいに声が震えてしまった。こんなの正解だと言っているようなものだ。メロもそう受け取ったらしく、楽しそうに笑っている。こうやって楽しまれてしまうこと自体、ユウリにとっては全く楽しくない。
あくまでも選択肢の一つだとか、近場じゃ一番レベルが高いとか、様々な理由が浮かんでは消える。その理由はどれも全くの間違いではないが、今この場で言うにはあまりにも言い訳がましい。きっとメロを更に楽しませるだけの結果になるだけだ。
そう思い、何も言わないことにした。
「いいよなー、そういうの。楽しそうじゃん」
メロがにやにやと笑っている。ロゼリアがいいと言ったから受験をするだけで、自分だけだったらその選択肢は選べなかった。
「……君だって受験すればいいだろ」
「やだね。ベンキョーなんてまっぴらごめん」
「メロってやりたいこととかないの?」
「あれば苦労してねーよ」
全くやる気のない返事に肩を落とす。もっと何か目指すものがあれば、きっとロゼリアも力を貸してくれるだろう。
しかし、この間話していたように「手を焼いて困る相手が自分だけならいい」と言ってのける男である。むしろその状況を維持したくてやりたいことを隠している可能性すらあった。とは言え、昔からメロのやりたいことなど聞いたことはない。いつだって風の吹くまま気の向くままに行動している。そこがある意味羨ましくもあり、心配でもあった。ロゼリアもそこを気にしているように感じる。
「君さ、」
「ユウリ。おまえはおれのフォローとか、物わかりのいいフリしてんなよ」
「! ……別に、そういうつもりは……」
指摘に気まずくなり、思わず視線を逸らしてしまった。
前からメロが文句を言うたびにフォローするような言葉を返し、「しょうがないよね」という顔をしていたのは事実だからだ。それこそ物わかりが良い部類に入ると思う。それはこれまでの生活で培われた性分なので何ともし難い。
「おまえも好きにすりゃいいのに」
「前に比べたらかなり好きにしてるよ……」
言いながら、ロゼリアの部屋の方を見上げる。窓から薄明かりが漏れていたので、まだ起きているようだ。昼間のことがあって眠れないのだろうか。だとしたら、ユウリたちと同じである。
揃ってロゼリアの部屋の窓を見つめた。
とは言え、何か変化があるわけでもなく、こんなところからじゃ手を伸ばしても届かないなぁと妙なことを考えてしまうだけだ。
感慨に耽ってもしょうがない。
たまたま孤児院でガロの目に止まり、たまたま引き取ってもらえただけの存在だ。
とにかく、ユウリにできることはちゃんと勉強をして受験に合格することだ。それでロゼリアに褒めてもらえたらきっと嬉しいだろうな、と目を細めるのだった。




