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192.オフレコ㉕ ~ジェイルとユキヤⅡ~

 ジェイルはそのまま南地区に帰るというユキヤを引き止めて自宅に泊まるように説得をした。

 というのも、昼間の話を聞いてからユキヤの様子が目に見えて悪いので、このまま帰すのはよくないと判断したからである。ノアも一度落ち着いた方がいいと加勢してくれたおかげで一旦は時間を作ることに成功をした。

 ユキヤ、ノアの二人とともに夕食を済ませ、ノアに席を外すようにお願いをし、テーブルを挟んでジェイルとユキヤは向かい合っていた。

 テーブルの上には缶ビールを中心としたアルコール類が十本ほど置かれており、ユキヤが面食らっている。


「飲め」

「……飲めって」


 腕組みをして命令口調で言えば、流石のユキヤも呆れた。

 自分とユキヤであればジェイルの方が年上とは言え、双方の間に年下だの年上だのという意識はない。そこは立場の違いで相殺されているのと、幼い頃からの付き合いということもあって、気心の知れた仲だからだ。

 しばし妙な沈黙が流れる。やがてユキヤは諦めたように一番近くにあった缶ビールを手に取った。


「……この状況でアルコールを勧めてくるのはどうかと思いますよ」


 ジェイルも手近にあった缶ビールを手に取った。


「お前はザルなんだからアルコールなんてあってないようなものだろう」

「気分的な問題です」


 やれやれとため息をつきながら缶ビールに口をつけるユキヤ。流石に乾杯をするような気分ではないらしい。それはジェイルも同じなので何も言わずに缶ビールを飲んだ。

 ビールなどのアルコール類がいつから冷蔵庫に入っていたのかよくわからない。ロゼリアが今の状態になる前のジェイルは酒量が多く、ロゼリアからストレスがかかる度に飲んでいたのだ。七月以降、酒量はぐっと少なくなり、今では気が向いた時に飲む程度だ。いつでも飲める状態を保っていたが、大半が入れっぱなしの状態になっており、ようやく出番があって良かった。

 よく冷えたビールはすっと喉を通り、腹に落ちていく。


「で、お前はどうしたいんだ?」


 わざわざ何のことか言わなくてもわかるはずだ。ずばりと切り込むとユキヤは缶を両手で包み込み、視線を落とした。

 沈鬱な表情から様々な感情が重なり合っているのが見える。

 ジェイルとしてもまさか『国家反逆罪』などという単語が飛び出すとは思わなかったし、九龍会で十分対処可能だと思っていたので、話がかなり大事になっていることに驚いた。そもそも羽鎌田バートという人物が怪しく信用ならなかったものの、ガロからの手紙を持ち出されてしまえばその存在を認めざるを得ない。

 だからこそ、ユキヤも悩んでいるのだろう。

 ユキヤの指先に微かに力が入る。


「……話の最中にも言いましたが、ロゼリア様にお任せしたいと思っています」

「──お嬢様に全責任を押し付けるつもりか」

「そういうわけでは……! ……いえ、そう、なりますね」


 強い口調になりかけたユキヤだったが、すぐに語気が弱まってしまう。

 ユキヤとしては穏便に済ませたかったのではないか。きちんとした処罰を受けさせつつ、あまり話が広がらないように。そこには住民に大きな不安を抱かせない意図もあっただろうし、個人的な感情も含まれていただろう。

 三分の一ほど飲んだところで缶を置き、ユキヤをじっと見つめる。ユキヤは気まずそうにしていた。


「お嬢様は南地区の件に責任を感じている」

「そうですね……」

「俺は別にお嬢様に責任がないとは言わない。以前のお嬢様の言動は目に余るものがあったし、アキヲ様の計画に喜々として加担していたのは疑いようもない事実だからな。──以前のことは詳しく知らないが」

「父が秘密裏にコソコソ進めていましたからね……。関係のない人間は極力排除していたと聞いています」


 ユキヤはそう言ってため息をつき、手に持っていた缶ビールを一気飲みしてしまった。そして、一息ついたところで顔色一つ変えずに次のアルコールに手を伸ばしていた。

 ジェイルも酒に強い方ではあるが、飲み比べでユキヤに勝てたことはない。

 しかし、ザルとは言え全くアルコールの影響を受けないわけではない。酔って我を失ったり失態を犯すことこそないが、気分はよくなるし普段より口が軽くなるのだ。あとは少し感情のタガが外れる。今日はアルコールの力を借りて色々と吐き出させた方が良いと思い、こうして飲み交わしている。


「以前は……ロゼリア様が父を唆したのだと思ってました。けれど、それは父がそう見せていただけ……実際は逆で、見当違いの敵意や恨みを持っていた自分を今は恥ずかしく思います。……ジェイルの言うように、ロゼリア様にも責任の一端はあると思いますが……少なくとも何とかしようと行動していただいているので、今の俺にロゼリア様を責めることはできません」


 話している間にもう一缶空けてしまった。冷蔵庫に買い置きがあることを忘れて買い足してきたのでそれなりに量があるのだが、ひょっとしたら足りないかもしれない。

 別に飲むのを止めるつもりはないのでそのまま見守ることにする。ジェイルは酔いが回らない程度に付き合うだけだ。

 ユキヤは次に手を伸ばし、指先を缶に触れさせたところで動きを止めた。


「……少し前に、ロゼリア様に相談したんです」

「? 何をだ?」

「父をどうするのかを、です」


 目を見開く。ある意味で今日の話はタイムリーだったというわけだ。ユキヤは自嘲気味に笑いながら缶を引き寄せ、緩慢な動作で蓋をパキッと開ける。


「俺が父が父であることを切り離せず、ロゼリア様には心配をかけたように思います。

……君やノアも随分心配してくれましたよね。今更こんなことを言い出すのが情けなくて……君たちには何も言えませんでしたが」


 一時期ユキヤの様子がおかしかった理由をようやく知ることができた。

 確かに今更の話だ。──アキヲを排除するという強い意志を持って押し進めているように見えたので、悩みのタネが父親のことだとは思わなかった。それで悩むのは致し方ないと理解はできても、先頭を切ろうという人間がそんな悩みを持っていると知られるのは嫌だっただろう。だから、ロゼリアにしか言えなかったのだ。


「そうか……お嬢様はなんと?」

「ちゃんと立ち止まって考えろ、と……」


 ロゼリアらしいなと思わず口の端を持ち上げる。最近のロゼリアには懐の深さのようなものを感じる。相手の悩みや苦悩を一度受け止めて一緒に考えてくれそうな雰囲気が。以前だったらそんなことは考えられないことだ。何なら嘲ってくるくらいだったのだから。

 軽く息を吐き出し、どんどんアルコールを消費するユキヤを眺める。


「なら、考えてくれ。ユキヤ」

「え?」

「それがお嬢様の望みだからだ。お前が立ち止まって考えて、納得の行く答えを出して欲しいと願っている。……今日の羽鎌田の話は一つの提案に過ぎない。お前の考えに合致するなら良いが、そうじゃないなら突っぱねても構わんだろう。ガロ様もお嬢様に任せると言っているからな」


 真っ直ぐに自分の考えを伝えると、ユキヤが驚いたように目を丸くしていた。

 判断に必要なのはユキヤ、ハルヒト、そしてロゼリアの意志だ。ジェイルはバート案には反対派だがロゼリアが決めたなら文句は言わないつもりだった。いや、一つや二つ文句は飛び出すかもしれないが、納得するつもりではいる。

 ハルヒトもロゼリアに任せると言っていたので、このままならロゼリアに判断が一任されるだろう。

 しかし、きっとロゼリアはユキヤの意志こそを知りたいはずだ。

 そう考えていると、ユキヤが缶を持ったままクスクスと笑い出した。


「……なんだ?」

「いえ……君はすっかりロゼリア様のために動くようになったなぁと、ちょっと感心しただけです」

「おい。馬鹿にしているのか?」

「まさか。──彼女のためだけに自分自身を使える君が羨ましいくらいですよ」


 ユキヤが眩しそうに目を細める。その視線を受け、何も言えなくなってしまった。

 恐らくユキヤには自分の気持ちがバレている。そして、ユキヤがロゼリアに対して抱く気持ちにも気付いている。

 まさかこんなことになるとは思わなかったが、それを表に出さぬように努めた。


「君やノア、そしてロゼリア様のために……もっときちんと考えます。何よりも俺自身が納得できるように……」

「そうしてくれ」

「ジェイル、どうしようもない愚痴に付き合ってくれてありがとうございます。……少し気が楽になりました」


 そう言って笑うユキヤを見て、「ああ」と短く答えた。テーブルの上に広げていたアルコール類は半分ほどに減っている。


「どうせだから全部飲んでくれ」

「え、いいんですか?」

「ああ、半年以上前のものや、いつ買ったかわからないものもあるからな……」

「ちょ、……ジェイル」


 そう言うとユキヤが慌てて賞味期限の確認をしている。「期限ぎりぎりですよ、これ」などと言いながらも缶を開ける姿を見て笑う。本人が言うように多少は元気になったようだ。

 そのことにホッとしながら残りのビールを飲むのだった。

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