191.夜酒④
不思議そうなハルヒトの顔を見て小さくため息をつく。少し顔が赤いから、それなりにアルコールは回ってそう。
自分のやらかしというか過去のアレコレは話したくない。けど、ハルヒトは南地区のことを知らないから余計にあたしがユキヤに気を回す理由がわからないんだと思う。
「……ミリヤさんの前に、ユキヤの父親であるアキヲに資金援助をしてたのはあたしなの」
「えっ」
案の定、ハルヒトは驚いた声を上げた。そして若干混乱が見えるハルヒトを置いて話を進める。
「ユキヤは、自分の父親がロゼリアに迷惑をかけてる状態だって言ってたよ?」
「今だけ見ればそうかもしれないわね。でも、元はと言えば、あたしがアキヲの計画に乗っかって、資金援助をして後押しをしてたの。ある時に、まぁちょっと思い直して、アキヲとは手を切って資金援助も止めたわ。……けど、アキヲは計画を中止するどころか、強く進めてしまった。──だから今こんな状態になってるのよ」
ああああ。自分で言うのがすごく嫌。言葉一つ一つで自分を刺してるようだわ。
自業自得だっていうのはわかってるけど、こうして話をしてみるとほんっとうにあたしのせいでユキヤが被害を被っているのがよくわかる。本来ならあたしだけの力でどうにかしなきゃいけない問題なのに周りを巻き込みまくってる。ユキヤは「怪しい組織との繋がりは以前からあった」と言ってたけど、それはそれ、これはこれじゃない? 問題が大きくなったのは間違いなくあたしのせい……。
ハルヒトがあたしを凝視している。
視線に耐えきれなくて、ふいっと窓の外に視線を向けた。
「あたしがやってた資金援助はミリヤさんに変わっただけ……あんたが逃げてきてなお命を狙われてるのは、元を辿ればあたしのせいよね」
自分で言ってて辛くなってきた。紛れもない事実だから目を逸らせない。
ハルヒトの視線がちくちくと刺さる。
こうやって考えるとユキヤだけじゃなくて、ハルヒトにも迷惑かかってるのよね。巡り巡って今日の話になってるんだもの。
「いや、流石にオレのことが君のせいだとは思わないよ。元々ミリヤさんには疎まれてたし、あの手この手で嫌がらせはされてたし……オレの問題はそもそも父さんがしっかりしてくれないからだと思ってる」
そう言ってハルヒトは首を振った。本当にそうかしら、と目を細める。
しかし、あたしの罪悪感や辛さとは裏腹に、ハルヒトはどこかすっきりした表情をしている。
「ロゼリア、ありがとう。教えてくれて。君がユキヤに対して抱いている気持ちがちょっとわかった気がする。……自分のやったことを償いたいんだね」
「……まぁ、そんなところよ」
「特別な思い入れみたいなものを感じたから、ずっとなんでかなって不思議だったんだ」
視線を戻すだけで特に何も言わなかった。あやふやなままにしておく。
『特別な思い入れ』は確かにあるんだけど、あえてする話じゃない。前世の記憶に引きずられているだけだから、本来ならあたしには関係のない気持ちだったはずなのよ。
──でも、ユキヤが推しじゃなかったらどうしてたんだろう? いや、それはそれとして、罪悪感があるのは確かだから同じような行動をしただろうな。ユキヤだけじゃなく、キャラクターとしてハルヒトたちが好きって気持ちはあるわけだし。
まぁ、今目の前にいるのはただのキャラクターじゃなく、現実に存在している人間。
自分の意志で動いて喋って、喜怒哀楽を有する紛うことなき人間。
二次元のキャラクターをリアルにするとこうなる、もしくは現実の人間を二次元に落とし込むとこうなるのかとすんなり納得できてるし。
「夜遅くにごめんね。でも話せてよかった」
ハルヒトはそう言って立ち上がり、トレイに手を伸ばした。
まだ酒は少し残ってるのよね。
「このまま置いておいて。残りはあたしが全部飲んで……朝、片付けてもらうわ」
「……なんか、変な誤解受けない?」
不思議そうに首を傾げるハルヒト。誤解って何のことだろうと思ったけど、夜に二人で酒を飲んでたことであらぬ誤解を受けないかってことね。男女のアレコレ的な……。
「二人で酒を飲んでただけでしょ。誤解も何もないわよ」
「ふーん、そういうものなんだ」
「外に出て飲んでたら流石に怪しまれるだろうけど、屋敷の中だもの」
「……そっか」
何故かハルヒトは残念そうだった。なんでよ。
密室で何かあったかも、と勘ぐられる可能性はあるけど、今のあたしにそこまでの疑いがかけられるとは思いたくない。外から男を呼んだのならまだしもハルヒトだから、二人で酒を飲むくらいおかしくないと思いたい。っていうか部屋に無理やり入ってきたのはハルヒトだけどね!
そのまま出ていくかと思いきや、ハルヒトはテーブルの前をぐるりと回り、あたしの目の前までやってきた。
真面目な顔をしているからちょっとドキッとする。
「何?」
「……ユキヤのことを、そういう意味で好きじゃないってことでいいんだよね」
控えめな聞き方だった。わざわざ念押しで聞くこと? と不思議に思いつつ口を開いた。
「違うわ。──好きは好きだけど、そういう意味じゃない」
「そう、よかった」
ほっとする様子を見て、ただただ不思議だった。なんでハルヒトがそんなことを気にするんだろうって。
ハルヒトがテーブルに手をついて、少し屈んだ。顔が近くなり、びっくりして身を引くけど、ハルヒトがその分距離を詰めてくる。
逃げ場などなく、硬直している間にハルヒトの顔が更に近づいてくる。慌てて押し返そうとした手を持ち上げたけれど手首を掴まれてしまった。何?! と焦っている隙に、頬へ何かが触れる。
一体何を思ったのか、ハルヒトはあたしの頬にキスをしていた。
一瞬のことですぐにハルヒトは離れたけど、あたしは頭が真っ白で、完全に固まってしまった。
ハルヒトは至近距離であたしを見つめ、どこか照れくさそうに笑う。
「昼間の話は面白くなかったけど、これまでずっとオレだけ蚊帳の外だったから話に入れたのはちょっと嬉しかったよ。──おやすみ、ロゼリア。また明日」
そう言ってハルヒトはそそくさと出ていってしまう。あたしが何か言う前に。
パタンと閉まる扉を呆然と見つめ、キスされた頬を押さえた。
ハ、ハルヒト~~~~!!!!
前からちょっと怪しいっていうか、アリスとの関わり方がゲームと全然違うし、日常的にあたしと一緒にいるせいで色々と狂ってるのはわかってたけど、まさかこんなことになるとは……。
頬とは言え、嫌いな人間にキスなんてしないわよね?
攻略キャラクターに『九条ロゼリア』が好かれるなんてどうかしてる。っていうか、好かれる行動はしてない。嫌われる行動はしないようにしてたけど!
嫌だ、これ以上考えたくないわ。
酔いが一気に冷めちゃった……。はぁ、どういう展開なのよ、これは……。
あたしは残った酒をグラスマグに全部注ぎ、それを一気飲みした。もっと強い酒にして貰えばよかった。温かいから酔いは早いけど強く酔える感じじゃない。
空になったグラスマグを置いてテーブルに突っ伏す。
「……はぁ。なんでこんなことに……」
色んな意味でね。いや、ハルヒトのことはもう考えないようにしておこう。何も言われないから色々と勘ぐるのはやめる。こんなことを考えてもあたしの精神衛生上よくない。
はー、やめやめ。不毛すぎる。もう考えない。終わり。
というか、さっきまでハルヒトと色々話しててちょっと気になったことがある。
あたしが行動を変えたことで、周りがゲームより不幸になってない? ってこと。
特にユキヤとハルヒト。
ユキヤはゲームの中でアリスの手を借りてロゼリアを自ら殺していた。そこにはアキヲを唆したという恨みもあったと思う。父親への複雑な感情はあっても『諸悪の根源はロゼリア』って仕立てになってて、あくまでもアキヲは巻き込まれた立場になってた。だから、父親への気持ちは多少は守られていてる。けど、今の展開はそうじゃない。黒幕はアキヲになってて、気持ちは欠片も守られてない……。……余計に罪悪感が……。
ハルヒトもそう。
ゲームではやっぱり『とにかくロゼリアが悪い』ってことになってたから、父親やミリヤのことは根幹にはあったものの話題や出番は控えめだった。なのに、今はこうして全面に出ているせいでハルヒトが悩むことになっている。
ジェイルもメロもユウリも、『ロゼリアが悪』という話の方が色々楽だったんじゃないかとすら思う。
死にたくないから、あたしが大人しく悪女になってればよかったとは思わない。
けど、アリスと結ばれるチャンス自体もあたしが潰したようなものだし、悪いことをしてしまったという別の罪悪感が芽生えていた。




