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190.夜酒③

 確かに、ミリヤは妻なんだもの本来ならミチハルさんがどうにかすべきことよね。家庭の問題を息子に押し付けるとか本当に何を考えているのかしら。でも、あたしはミチハルさんとは話したこともないし、伯父様の話や噂でどういう人か知っているだけ。だから、ミチハルさんの言う「好きにしろ」の意図は全く読めない。あんまり変なことも言いたくない。

 けど、ハルヒトがあたしに任せたいなら……あたし自身、ちゃんと考えなきゃいけない。

 本当は余所に口出しなんてしたくないし、ハルヒトがどうしたいか決めて欲しい。けど、妹のこともあって判断が難しいというのはわからないでもない。


「妹のことがなかったら?」

「なかったら、って……駄目だよ、どうしても考えの中にリルのことが出てきちゃうんだ」

「あたしに判断を委ねたいんだったら、どうにか頑張って考えなさいよ」


 ハルヒトがグラスマグを両手に持ったまま黙り込んでしまった。

 事情は汲むけど丸投げは困る。悩む筋合いがないと言われても、ミチハルさんに言われている以上ハルヒトも最低限考えてもらわないと。

 考え込むハルヒトをよそに酒を追加する。ほとんどあたしが飲んでる気がするわ、これ。


「……。……遠くに」

「うん?」

「遠くに、行って欲しい。お互い関われない距離まで……」

「──殺したいとか死んで欲しいとは思わないのね」


 さっきの「好きじゃない」という発言に引き続き、随分控えめだと思った。

 けど、ハルヒトはあたしの言葉に目を丸くしている。

 信じられないと言いたげな視線だった。


「流石にそこまでは考えないよ。ロゼリア、過激だね」

「そうかしら……」


 ゲームだとロゼリアもミリヤも殺してるからてっきり『殺す』という選択肢が入ってくるものだと思っていた。

 けど、今目の前にいるハルヒトはそこまで望んでいないらしい。

 しれっと「そうかしら」なんて答えちゃったけど、実は内心かなりびっくりしている。あたしとはスタート地点すら違うから殺したいとは思われてないのは良かったけど、ミリヤのことは殺したいと考えないのが意外だったのよ。だって、ミリヤの方はハルヒトを殺そうと画策しているんだもの。やられる前にやれ、って思考にならないわけ?

 苦笑いをしながら酒を少し飲むハルヒトをじっと見つめた。


「……命を狙われてるのに?」

「そういうことができなくなるくらいに遠くに行ってくれればいいんだよ、オレは。……考えを改めてくれるのが一番いいけど、無理だろうしね」


 あたしは酒をちびちびと飲みながら考える。

 ミリヤはハルヒトを殺したいほど憎んでるけど、ハルヒトは殺したいほど嫌っているわけじゃない。

 同じくらいの憎しみと殺意を持たなきゃいけないわけじゃないし、ハルヒトがそう思ってるならそれでいい。って言っても、ゲームの中では殺してたから、なんか変な感じ。


「自分の中に『殺す』って選択肢があっても、普通はそんなの選ばないものじゃない? それに、一回その選択肢を選んでしまうと取り返しがつかない気がするんだ。何かあるたびに『殺す』って選択肢が入り込むのは、ちょっと怖いし……っていうか、それをさらっと言うロゼリアに驚いたよ」


 ハルヒトが苦笑する。あたしはそれを見てすぐに反応ができなかった。

 『殺す』という選択肢がすぐに出てきたのは、過去に殺したい人間がいたから。そして、ゲームの中で『九条ロゼリア』は必ず殺されたから。

 実行はしたことないけど、この選択肢が入ってくること自体は実は普通じゃないんだわ。……いつだったか、ハルヒトをミリヤが殺そうとしているという話をした時にメロ以外が酷く驚いてたのはこういう理由なのね。メロは逆に命の危険を感じたことがあるから、『殺す』カードが相手の手札にあることが簡単に想像できる。

 治安が良いとは言えない世界とは言え、『殺す』という選択肢を持つ人間は少数……。

 あんまり気軽に言っていい話じゃなかったわ。気をつけなきゃ。


「驚かせて悪かったわよ。……まぁ、あんたの気持ちはわかったわ」

「オレには決められないから、君の判断に従うよ。ごめんね」

「うちの問題だっていうあんたの指摘は最もだもの。あたしが最終的な判断をするのは妥当だと思うわ。……ハルヒトの気持ちを加味して、考えさせてもらうから」

「ありがとう」


 ハルヒトはホッとしたように笑った。そして、残った酒をゆっくりと飲み干す。

 変に話し込んじゃったけどそろそろお開きかしら。

 そう思いながら残った酒を飲み進めていくと、ハルヒトはこれでおしまいと言わんばかりにグラスマグをテーブルの、元のトレイの上に静かに置いた。

 そして、アルコールが入っている割には真面目な顔をしてこっちを真っ直ぐ見つめてきた。


「? どうかした?」

「……前からちょっと気になってたことを聞きたいんだ」

「答えるかどうかは別として、聞くくらいなら良いわよ」


 何かしら、改まっちゃって。しかもこんな酒の席で。

 聞かれたら何でも答えるというスタンスは持ち合わせてない。答えるかどうかは質問の内容、そしてあたしの気分次第。

 あたしの言葉を聞いたハルヒトは「そっか」と笑い、膝の頬杖をついてあたしを下から見上げてくる。どこか砕けた雰囲気で、なんかこんなスチルがあったなとゲームのことを思い出していた。


「これは本当に個人的な興味なんだけど、……ロゼリア。君、ユキヤのことをどう思ってる?」

「は? ユキヤ?」

「ジェイルを信頼してるのは伝ってくるし、メロのあの態度を許す程度には甘いし、ユウリには結構気を遣ってるように見える。

けど、ユキヤに対してだけ、何だか違う。……君にとってユキヤって何なのか、ずっと聞いてみたかったんだ」


 推しだけど!? と、食い気味に言いたくなるのをぐっと堪えた。

 この世界では『推し』という言葉は一般的ではない。仮に一般的であってもユキヤを推しだと言い張るあたしの感情は絶対に理解されない。そもそもゲームの攻略キャラクターの中で一番好きで、幸せになって欲しいという意味でしかない。

 そして、今のあたし──九条ロゼリアはユキヤにここ数年ずっと迷惑をかけてきた。アキヲの計画にまんまと乗って南地区を犯罪に染める手助けをしてしまった。

 幸せになって欲しい相手を不幸にしていたという事実はあたしの罪悪感をグサグサと刺す。

 ジェイルたちにももちろん罪悪感があるけど、これはあたしが態度を改めることで一旦は解決する問題だった。けど、ユキヤに対してはあたしが態度を改めたところでこれまで蓄積されたものがすぐになくなるわけじゃない。実際、アキヲは計画を進めてしまっている。

 最初にあたしが加担しなければこんなことにはならなかった。

 だから、他とは違うと言われれば確かにそう。


 けど、ハルヒトが聞きたいのがそういうことじゃないのはわかる。

 ……つまり、恋愛的にユキヤが好きなのか、って聞いている。

 推しと恋愛したい人間っているだろうけど、あたしは違うのよね。アリスと幸せになって欲しかった。ユキアリが最推しカプだから、そこにあたしの存在はミリ単位も要らない。ロゼリアとユキヤがくっつくなんて、ゲ●吐きそうなくらいに解釈違いだから考えるだけでゾッとする。他の攻略キャラクターの誰とロゼリアがくっついても解釈違い極まりないけどね!

 そもそも前世を思い出す前も、思い出してからも恋愛なんて考えもしなかった。そして、そんなあたしの恋愛から最も遠い存在がユキヤ。

 こんなことを正直に言えるはずもないけど、ここで誤魔化しても「あ、好きなんだ」と思われる気がしたのでどう答えるか考えた。


「……負い目があるのよ」

「負い目……?」

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