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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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189.夜酒②

 ハルヒトは少しずつ酒を飲み進め、やがて何かを諦めたようにグラスマグをテーブルに置いた。

 ポケットの中に手を突っ込み、何かを取り出す。テーブルに置かれたそれは昼間バートに渡された手紙だった。

 『ハルヒトへ』と几帳面そうな字で綴られている。


「見ていいよ。大したことは書いてないから」


 他領のお家騒動と言うか後継者絡みのゴタゴタには関わりたくない。けど、なんとなく見ないという選択肢が選べなかった。

 ハルヒトは「見ていい」と言っているものの、ニュアンスとしては「見て欲しい」というくらいのものに聞こえたから。

 正直、あたしは伯父様からのメッセージにちょっと救われた。「全部聞いてる」ってことはわかっててあたしに任せるってことなんだし、何かあったらきっと伯父様が何とかしてくれるという安堵感もあったのよ、本当は。でも、実際のところはあたし自身の尻拭いをしてるだけ。「期待してる」という言葉はプレッシャーにもなっていて、ホッとした反面で気を引き締めなきゃならなかった。

 けど、ハルヒトは多分そうじゃない。

 本当にこれをあたしが見て良いのかと悩みつつグラスマグを置いて、手紙を手にした。


「……本当に見ていいのね?」

「いいよ」


 ハルヒトが笑う。どこか軽い調子で。

 気が進まないまま、そーっと中に入っている紙を取り出し、ゆっくりと開いた。


『好きにすると良い。 八千世ミチハル』


 本当にたった一言だった。あたし宛のものと同じく八千世印が押さえている

 八千世印は初めて見たけど、モチーフは蜘蛛なのね。八脚の蜘蛛。八雲会の『雲』が元々は『蜘蛛』だったという話をどこかで聞いたことがある。それって本当だったんだ、という明後日の感想を抱いた。

 ──好きにすると良い、か。

 何とも投げやりなメッセージだわ。仮にも息子に。

 しかもこれって自分の妻であるミリヤをどうするかって話でしょ? 元はと言えば、あんたが正妻のことをちゃんとコントロールできてなかったからでしょうが、って気持ちが湧いてしまう。けど、ミチハルさんはミリヤの心情がきっとわからなかったんだろうな。漏れ聞いている噂では、本当に他人の気持ちがわからない人間のようだった。

 だから、この言葉を受け取ったハルヒトの気持ちだって当然わからない。

 あたしはため息をついて手紙を三つ折りに戻した。


「噂通り、随分なお父様のようね」

「へえ? 噂通りなんだ?」

「伯父様もいつだったかボヤいてたわ。機械みたいだ、って……そこを評価もしてたけどね」


 そう言うとハルヒトが目を丸くしていた。


「評価……? ガロさんが……?」


 手紙を封筒に収めてテーブルの上に置き直す。

 驚いた顔のハルヒトを見つめ、軽く頷いてみせた。


「感情任せに判断しないってことだもの。政治的な判断に感情を可能な限り排除できるって悪いことばかりじゃないと思うわ」

「……そうかな」

「簡単に言えば、ちょっとした擦り傷で死にそうなくらい大泣きする人と、失神寸前の痛みを必死で耐えて平気な顔をしている人がいたら、冷静に判断して後者を助けられる人間ってことでしょ」


 これは良いように言いすぎだけどね。為政者としてはそこまで悪い性質だとは思わない。絶対付き合いたくない人間だけど!

 ハルヒトはあたしの言葉にものすごく微妙な顔をしていた。

 ミチハルさんの駄目なところは、そういう性質を家族や近しい人間にも適用しちゃうところ。むしろ、家族だから扱いが雑になるし、近しい人間だからこそ自分のことをわかってくれているだろうって驕りがある。多分。……家族だから扱いが雑になる、ってもう駄目オブ駄目だと思うんだけど、ミチハルさんは変わらないだろう。

 ミリヤやハルヒトの母親がそのあたりをどう考えているのかは流石にさっぱりわからない。

 ミリヤの方は後継者を自分の娘にしてくれさえすればいいと考えていそうだけど、実際そうならなかったから話が拗れに拗れている。


「……なるほどね。母さんは父さんのことを決して悪くは言わなくて、庇っていたように感じたのは……そういうのがあったからなのかな」

「そういうところに救われたり惹かれたりする人はそりゃいるでしょうね」


 手紙をハルヒトの方に押し戻し、代わりにグラスマグを手に取った。残りを飲み干してから自分で追加の酒を注ぐ。甘くて美味しいー。いくらでも飲めそうだわ、これ。また今度用意してもらおうっと。

 あたしはミチハルさんみたいな男は絶対にゴメンだけど……ハルヒトの母親はそうじゃなかったってことよね。ハルヒトの今の話を聞く限り、そしてゲーム情報を思い出してみると、ミチハルさんのことを愛していたんだろう。好意に対してまともに好意が返ってきたのかしら? 釣った魚に餌はやらないって男は絶対に無理だし、自分ばっかり好きなのは本気で無理。

 けど、世の中本当に色んな人がいるから……自分が好きなだけで十分、みたいな人間もいるのよね。あたしは本当に無理だけど……。


「オレ、母さんのことは好きだけど、父さんのことを好きなのが理解できない。なんであんな人をって思う。

……父さんのこともわからないし、こっちは理解したくもない。父さんにとってのオレって、結局『跡継ぎの長男』ってくらいの価値しかないんだ。息子への愛情や家族としての情なんて欠片も感じたことがないよ」


 そう言ってハルヒトは残った酒をぐっと飲み干してしまった。

 ことん、とテーブルに置かれたグラスマグを見て、半分くらい追加してあげる。


「だから、……判断したくないんだ。父さんに言われてやってるみたいで、すごく抵抗がある」

「──なるほど。それであたしに丸投げしたいわけね」

「……ごめん」


 要はミチハルさんに言いなりになってるみたいで嫌だ、と。

 ハルヒトは謝罪を口にしながら酒を口に運んでいた。……ちょっと顔が赤いけどまだ酔ってないわよね。言ってることはちゃんとしてるから、アルコールのせいで口が軽くなってるみたい。


「いいわ。けど、あたしが判断するための情報をくれる?」

「情報って……オレは何の情報も持ってないよ……」

「そうじゃないわ。──ハルヒト、あんたはミリヤさんのことをどう思ってる? どうしたいの?」


 聞いてみると、ハルヒトはグラスマグを両手で包みこんだ。視線を落として、少し考え込んでしまう。

 その様子を見ながら少しずつ酒を呷る。


「……。好きじゃない」

「随分控えめね」

「……いや、はっきり言えば嫌いだよ。母さんに嫌がらせはするし、オレにも洒落にならない仕打ちをするし……けどさ、リルはいい子なんだ。オレのことも兄として慕ってくれるし、明るくて社交性もあって賢くて……。……リルの母親だから嫌いたくないって気持ちがある」


 八千世リル。ミチハルさんとミリヤの娘。確か十歳くらい? ゲームの中でもハルヒトとリルは仲が良いし、何ならリルがブラコン気味だって情報があった。まぁこれだけかっこいい兄がいたらブラコンにもなるでしょ……。そんなわけで兄妹仲は問題ないどころか良好。もちろんそのことをミリヤはよく思ってない。

 ハルヒトはどこかぼんやりしていた。グラスマグに視線を落としたまま考えこんでいるらしい。


「──ミリヤさんに何かあったら、きっとリルが悲しむ。オレは嫌いだけど、リルにとっては母親で……そうやって考えてるとどうしても判断できないんだ。父さんがやればいいことを、なんでオレがやらなきゃいけないのかもわからないし……」


 あたしが思うよりもずっとハルヒトは悩んでいた。

 父親のこと、母親のこと、ミリヤさんのこと、妹であるリルのこと。

 あたしもユキヤのことをどう考えようって悩んではいるけど、ちょっとレベルが違ったわ。

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