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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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188.夜酒①

 形式的にバートを見送った後、玄関でジェイルがあたしに声をかけてきた。

 メロとユウリ、そしてノアが何を話していたのかと聞きたそうな様子で周りをうろついていたけど、あたしもジェイルも一切無視をした。


「お嬢様」

「何?」

「ユキヤの気分が優れないようなので外に出てきます。少し話もしたいですし……」


 ジェイルの後ろにいるユキヤを見れば、確かに気分悪そうにしていた。顔色も良くない。

 ……わかっていても「お前の父親は悪である」と第三者から言われて、更にはまるでユキヤにも非があるように責められればいい気分ではなかったのはよくわかる。実際、話の最中だって何度も気分悪そうにしていた。ユキヤ自身が責任を感じるような話も多々あって、呼んだのは間違いだったんじゃないかと不安になる。けど、いずれは話さなきゃいけない話でもあったから……悩ましい。全部今更だけど。

 ノアが心配そうにユキヤの傍にいて、一層胸が痛んだ。


「わかったわ」

「さっきの件は、明日にでも落ち着いて話をさせてください」

「ええ、そうしましょう」


 その場は一旦終了。

 メロが「お嬢~」とついてきたけど、「何も話せることはないわ」と言って自室に戻った。ハルヒトも早々に充てがわれている客室に戻ってしまった。

 バートの件は「人材派遣会社からアリサ以外の人材派遣について斡旋があった」ということで通しておく。実際、バートがそれっぽい資料も渡してきたしね。墨谷や他の使用人たちはそれで納得してくれたけど、中途半端に絡んでいるメロやユウリはそれでは納得してくれなかった。まぁ、前にアリスが怪しいって言っちゃってるからね……。

 かいつまんで話すわけにもいかないので「全部話さない」一択。


 一人で考える時間が欲しかったので自室に籠もった。外に出たのは夕食の時とお風呂に入る時だけ。

 ただ、当たり前なんだけど、一人で考えていても簡単に答えなんて出ない。

 前世の記憶が戻ってからゲーム情報などをまとめたノートを見返したけど、今回のことに関するヒントなんてあるわけがない。完全にアリスが攻略対象たちを悪女・ロゼリアの手から助け出すストーリーじゃなくて、悪女だったロゼリアがデッドエンドを回避できるかも知れないストーリーになってるんだもの。元々の情報は今の時点では本当に役に立たくなってしまっている。

 いつだったかの夢で『データが存在しません』というメッセージを見たけど、まさにその状態。

 不安だわ、本当に。

 落ち着かないまま時間を過ごしたからか、なかなか眠気が訪れなかった。

 仕方無しに、たまには寝酒でもしようと思ってキキに酒を持ってくるようにお願いする。こんな時間に悪かったなと思うんだけど、意外にもキキは嫌な顔一つせずに快諾してくれた。どうやら昼間のあの件からちょっと様子がおかしいことを心配してくれていたらしい。


 待つことしばし。

 ノックの音が聞こえたので、「どうぞ」と言えば扉が開く。

 そこにはキキではなくハルヒトがいた。当然面食らう。


「やぁ、こんばんは。ロゼリア」

「……なんであんたが持ってくるのよ」

「厨房でキキに会ったんだよ。そしたら、ロゼリアのためにお酒を用意してるっていうじゃない? オレの分も用意してもらったんだ」

「あんた、酒は飲めるの?」

「父さんとの付き合いでたまにね。──強いかどうかはちょっとわからないけど」


 言いながら、ハルヒトは許可も得ないうちにあたしの私室に入ってきた。無理やり入られてしまったので、流石にムッとする。


「ちょっと──」

「今日のこと、少し話したいと思ってたんだ? ……駄目かな?」


 その話題を持ち出されるとすぐに返答ができなかった。

 窓際にある小さなテーブルにハルヒトは近づいていき、デキャンタに入ったお酒とグラスが乗ったトレイをそこに置いてしまう。一応椅子も二脚あるから、ハルヒトはそこに当たり前のような顔をして座った。

 話をしたい気持ちは確かにあったので、渋々ハルヒトの正面に腰をおろした。


「……酒を飲みながら話すことじゃないんじゃない?」

「どうかな。飲みながらの方が良いくらいだと思うけど……」


 言いながら、ハルヒトがグラスマグに酒を注ぐ。温かいフルーツワインのようだった。いい香りがふんわりと広がっていく。

 八分目まで注いだグラスマグの一つをあたしに、半分ほど注いだものを自分の方に引き寄せるハルヒト。そしてグラスマグを手に取り、にこやかに笑った。乾杯をしたいのだと気づき、あんまり気乗りしないまま同じようにグラスマグを手にとって持ち上げた。


「乾杯」

「……乾杯」


 軽くぶつけ合ってから口をつける。あれ、これちょっと林檎の風味が強くない?

 ──ハルヒト、確か林檎が苦手だった気が……。

 さっきもう役に立たないと思っていたゲームでの情報を思い出して、慌ててハルヒトを見た。

 案の定、ハルヒトは口元を押さえている。


「……ハルヒト、大丈夫?」

「う、うん、ちょっとびっくりしただけ。──あ、でも大丈夫かも……」


 言いながら、唇を舐めていた。最初は林檎の風味が強い気がしたけど、後は結構色んなフルーツの味が来る感じだわ。葡萄や苺、あとはブルーベリー? 甘めで美味しいわ。アルコール度数もそんなに高くないみたいだし、慣れてしまえば林檎の風味は他のフルーツに混ざって気にならなくなる。


「ああ、結構美味しいね。これ。最初苦手かもって思ったけど、そうでもなかったよ」

「良かったわね」


 ここでうっかり林檎の話題は出せない。だって、今のあたしはハルヒトが林檎が苦手だなんて知らないんだもの。

 ──ハルヒトが林檎を苦手な理由は、白雪姫よろしく林檎に毒を仕込まれたから。林檎の甘みと酸味の後に変な苦みと違和感があって、咄嗟に吐き出したから事なきを得た。だから、林檎の食感も味も苦手になってしまったという話になっている。

 けれど、今口にしたのはフルーツワインで、林檎の味も最初だけであとは別のフルーツの味が強く感じられるし、果肉を食べた時のような食感もない。そういう意味では結構良いチョイスだったのかもしれないわ。

 一口、二口と飲んでいき、お互いグラスマグを半分にした。

 コトンとグラスマグを置いたハルヒトが窓の外を見る。……本当に悔しいくらいに顔が整ってるのよね、こいつ。夜の雰囲気のせいで神秘性まである。


「……ロゼリアはさ、昼間の話どうしたい?」

「言ったでしょ。すぐに答えは出せないわ」

「そっか。──オレは、やっぱりロゼリアに判断を任せたいんだよね」


 あたしは呆れてため息を漏らした。グラスマグを置いて、ハルヒトをじっと見つめる。


「あんたね、ちゃんと考えてる?」


 詰問するように言うとハルヒトが困ったように笑ってあたしを見る。

 昼間も思ったけど、ハルヒトがあの話をちゃんと考えているようには思えなかった。自分の手には余る上に、事情が詳しくわからないし、自分自身で判断ができないからあたしに丸投げしたいようにしか受け取れない。

 ジト目を向けると、ハルヒトはふっと視線を逸らしてしまった。


「考えてる、けど……よくわからないのが本音」

「よくわからないものをあたしに丸投げしようって?」

「まぁそうなんだけど……根本の問題って、第九領のことだろ? オレが突然そこに放り込まれるのがよくわからないんだよ。オレの問題はあくまでおまけでしかないから、君に従いたいと思う」


 確かに元はと言えばあたしのやらかしのせいで、そこにハルヒトの問題が絡んで来ただけなのよね。

 どうせなら上手く使えばいいのにと思う。けど、ハルヒトはあんまり積極的ではない。


「手紙は見たの?」

「……見たよ。好きにしろ、ってさ。──ロゼリアみたいに『任せる』って書いてあったら、……もう少し受け取り方も違ったと思う」


 好きにしろ、か。突き放されたように感じたのかしら。

 ハルヒトの憂いを帯びた表情は、それこそ王子様みたいで──目が離せなかった。

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