186.分岐点①
「ミリヤ様がこちらに? 流石にバレるだろう」
「ロゼリアお嬢様も変装をして倉庫街を訪れたではないですか。あのレベルの変装は流石にされないでしょうが、バレずにこちらに来る方法はいくらでもありますよ」
「何故そのことを……いや、なるほどな。時間は?」
「夕方頃と伺っています。その後に会食を予定されているようなので……」
ジェイルが神妙な顔をして質問をしていた。
あたしはこの選択をどうすべきか、どうしても重く考えてしまう。上手く思考が働かなくなってるからジェイルが話を進めてくれるのは助かる。
十一月十一日、ルート分岐日。
ゲームであれば当日に分岐先になったキャラクターと過ごすイベントがあるだけで、流石に今みたいに「ロゼリアを追い詰めるために計画を立てよう!」みたいな急展開にはならない。とは言え、キャラクターに寄って多少前後するけど数日後には同じような計画が立ち上がる。ただし、それは十二月の話で……ゲームとは違い随分展開が早い。アリスとハルヒトの出現も早かったから、あたしが前世の記憶を取り戻してからの行動によって色々なことが前倒しになっている、としか考えられないわ。
今は展開が早くなってることよりも、この件をどうするかを考えないといけない。
「護衛は?」
「こちらで手配します。全体としては二、三十人程度ですね」
「当日の動向は掴んでいるのか?」
「現在調査中です。まだ仮段階の予定も多いので……」
「まぁ、一ヶ月後だからな……」
決まってるのはざっくりした予定だけってことね。だから作戦もこれからそれに合わせて練っていく、と。
そこにあたしやユキヤ、ハルヒトが組み込まれるかどうかでまた動きも変わってくるから今は詳細の計画まではない状態。だから、あたしがどういう判断をするかで色々変わってくるのはわかる。
色々聞いた後で、ジェイルがあたしに顔を向けた。
「お嬢様、自分はこの話に反対です。不確定要素が多い上に、計画の大半を外部に任せるのは危険です」
「それは本当にそうよね」
「何よりもお嬢様の身の安全が保証されるかどうかもわかりません」
少し黙り込んでしまった。本来なら死ぬ運命にあるんだし、身の安全は本当に重要なのよ。危険性があるなら拒否したい気持ちが強い。自ら死ぬかも知れない場所に行きたくはない。だってやっぱり怖い。
「いえいえ、ロゼリアお嬢様たちの身の安全を第一に考えますよ」
「……本当かしら」
若い世代に活躍してもらいたい? って思ってるなら、そりゃそうなんだろうけど、いまいち信用ができない。っていうかあたし自身が死ぬ運命を回避できるかどうかの瀬戸際なんだから余計に。絶対の安心が欲しいと思っても、この世に絶対なんかないのはわかってる。この話を上手く利用して南地区の問題にケリをつけた方が良さそうな気はしてるけど、なんか嫌な感じがするのよ。全然根拠はないけどね!
……そうだ。これまで有耶無耶になってた問題が一切解決してないからだわ。
デパートであたしを襲おうとした人間がいて、その話はこれまでアリスに口止めされてきた。
いっそここで突っ込んじゃおうかな。
「バート。あんたがさっき言ってた『得体のしれない組織』とやらはどうするつもり? 前みたいに襲われちゃたまんないんだけど」
しん、と部屋が何故か静かになった。
バートとアリスは気まずそうな顔をするし、ユキヤとハルヒトは驚いたあたしを見る。ジェイルは目を見開いていた。
あ、しまった。
この話、ジェイルたち三人は知らないんだった。まずい、とてもまずい。
しかし、自分の発言を後悔しても遅かった。
見れば、ジェイルがこめかみに青筋を浮かべている。膝の上に置いていた拳は血管が浮かび上がるほど固く握りしめていた。
「──お嬢様、『前みたいに』というのはどういうことですか……?」
地を這うような低い声。完全に失言だわ、ジェイルを怒らせちゃった。
そして、ジェイルだけじゃなくて両隣にいるユキヤとハルヒトも怒ったような視線をあたしに向けている。
は、針の筵……! あたしは口止めされてただけなのに!
ジェイルはいつの頃からか、あたしの安全を非常に気にするようになっていた。
あたしの身が危険だから危ないことはさせたくないし、怪しいことからはできる限り引き離したいと思っているみたい。それは別におかしいことではないし、ジェイルの仕事はあたしの護衛だから当たり前の仕事をしているだけ。あたしにとって危険かどうかを判断して、駄目なことは駄目だとはっきり言ってくる。南地区へ変装して視察に行きたいと言った時もそう。
仕事だというのはわかってるんだけど、若干心配しすぎと言うか過保護に思う時もある。
それくらい心配してくれる相手が近くにいることはありがたいことなんだけど──。
「言葉の綾よ。気にしないで」
「お嬢様?」
「本当になんでもないったら……」
ジェイルから視線を逸らして、この話題から離れようとする。が、ジェイルがそうさせてくれる気配はない。
バートとアリスはこの話題に自ら突っ込んでくるつもりはないらしく黙ったままだった。まぁ、ここで口を挟むとジェイルの怒りの矛先が向かうものね。黙ってる方が得策よね。助け舟を出してくれると助かるけど。
「ロゼリア様、今のセリフは無視できません。私はともかく、ジェイルが知らないところであなたの身に危険があったなどと……あってはならないことです」
「そうだよ、ロゼリア。君にも事情があるんだろうけど、そういう隠し事は良くないよ」
くっ。左右からも批判の声が!
わかってる、わかってるけど、どうやって話せっていうのよ。デパートで襲われかけた話をしたらどうやって助かったのか、って話題に繋がっちゃう。そうなったら、アリスのことも話さなきゃいけないけど……それはバートとアリスがこの場で何も言わない以上は言い辛い。万が一否定されたら立場がなくなるし。
あら? でも、今更アリスというかバートにそこまで配慮する必要もないんじゃないかしら。
あたしはジェイルたちの視線から逃げるように視線を伏せて、考えつつ口を開いた。
「……デパートに買い物に行ったでしょ。あの時よ」
「お嬢様、あの時のことをこれまで誰も言わずに……?」
「そうよ。だって、襲われかけたなんて言ったら……外に出してくれなくなるでしょ」
「当然です!!」
ジェイルが力いっぱい言い切った。勢いが凄くてあたしは押されてしまう。反論しても全部ひっくり返されそう。
そして、あたしの横でユキヤが額を押さえて項垂れてる。うわしまった。あの時襲われかけたなんて話をしたらユキヤがダメージを受けることは簡単に想像ついたのに迂闊だったわ。多分自分が誘ったせいで、と思ってるに違いない。買い物に行きたいって言ったのはあたしなのに!
「ユ、ユキヤ、あんたのせいじゃないのよ。あれは不幸なアクシデントと言うか……」
「お嬢様、この件はユキヤに非がないのは確かです。しかし、あなたがこれまで黙っていたことはまた別問題です」
「わ、わかってるわよ。……今言ったんだからいいじゃない」
ユキヤの肩を撫でてみるけど反応がなかった。ジェイルの態度は思ったよりも頑なだし、ハルヒトは呆れていた。
あたしのセリフにジェイルが大きくため息をついた。
「お嬢様。今の話を含めて羽鎌田の提案には断固反対します。こんな状態で再度敵地に赴くなど考えられません」
ジェイルが強固な反対派になってしまった。あたしの意見と対立しがちなのよね。以前まではジェイルのこういう意見には苛立ちしかなかったけど、今はちゃんと話が聞ける。反対する理由もわかる。
心情的にはあたしも提案に乗りたくない。けど、代案は思い浮かばない。
ユキヤの肩に手を置いたまま悩んでいると、アリスが一歩前に出た。
「あ、あのっ。すこし、よろしいでしょうか……!」
それまでずっと黙っていたアリスが声を張り上げる。緊張した面持ちで、あたしとジェイルを交互に見遣った。




