184.描くもの③
「オレの命って……どういう意味?」
顔を歪ませたまま問いかけるハルヒトに、バートは気の毒そうな表情を見せた。その表情は本当に作り物めいていて気持ち悪さは消えない。
「ミリヤ様があなたのことをどう思っているか知らないわけじゃないでしょう」
「まぁ、散々消えて欲しいだの忌々しいだのとは言われてるよ」
「何度も身の危険を感じたのではないですか」
「否定しないよ」
過去を思い出しているのか、ハルヒトは気分悪そうに答えている。
嫌がらせや虐待まがいの仕打ち、食べ物に毒を盛られたり、階段から落とされたり──そんな記憶が良いものであるはずがない。現会長であるミチハルが後継者候補としてハルヒトを連れてきてからミリヤの嫌がらせが始まっている。ゲームの中のハルヒトは、自分がミリヤの傍にいれば母親に害が及ばないと判断して我慢していた。
ハルヒトの母親は体が弱く、入退院を繰り返している。現在は他領で静養しているはずよ。一応そっちにはミチハルが護衛などをつけているし、八雲会にいるハルヒトを後継者にしたい派閥が身辺警護をしているのでミリヤの手が伸びることない。ミリヤが手を伸ばせるのはあくまで自領だけだからね。
けど、そのミリヤがアキヲに資金援助という形で手を伸ばしている。
自分に代わって、ハルヒトを始末させるために。
「ミリヤ様にとっても第八領内であなたが死ぬよりも、第九領内で死んでくれた方が都合がいいのでしょうね。手段まではわかりませんが、アキヲ様がハルヒト様を狙っているのは確かです。……ミリヤ様をどうにかしない限り、あなたはどこにいても命を狙われます」
ハルヒトが盛大にため息をついた。第八領から逃れてきて、落ち着いた先でもこんな話を聞かされちゃたまらないわよね。
顔を歪ませているハルヒトの反対側でユキヤが呆然としている。顔面蒼白で、見ているのが痛々しいくらいだった。
ジェイルが立ち上がり、ユキヤの肩に手をかける。
「……ユキヤ」
「ハルヒトさん、申し訳ございません。父が、そのようなことを──」
ジェイルの呼びかけなど聞いてないみたいにユキヤは父親のことを詫びる。憔悴した声だった。
それを聞いたハルヒトが反対側に座っているユキヤを見て慌てる。
「い、いやいや、それは君のせいじゃないだろ? ……親のことは、君には無関係だよ。ユキヤ」
ユキヤが謝りたくなる気持ちもわかるし、その謝罪を聞きたくもないハルヒトの気持ちもわかる。親のことで苦労しているのは二人とも同じなのよね。親のことを自分に関係づけたくないハルヒトと、親のやらかしに対して自責の念を感じてしまうユキヤ。想像しかできないけど、理解はできる。
しかし──バートってさっきからユキヤのことをチクチク責め過ぎじゃない? 責めるというか、罪の意識を刺激しているというか、何をどう考えてもユキヤのせいじゃないのに。……原因があるとしたら、以前のあたしの援助だと思うのよね。そこで絶対増長してる。アキヲは。
そしてミリヤの名前を出し、過去のことを思い出させてハルヒトのことも刺激している。不安を思い起こさせている。
どうせならあたしに文句を言えばいいのに、バートがあたし以外を刺激しているのは確かだわ。ユキヤを責め、ハルヒトの不安を煽っている。
バートに会話の主導権を持たせたままなのはよくないし、単純に不愉快。
この場で一番強く発言できるのはあたしのはず──。
そう思い、すっと息を吸い込みながら軽く右足を持ち上げる。
そして、
ガンッ!
と、中央のテーブルを思いっきり踵で蹴った。
突然のことに、室内にいた全員が肩をビクッと震わせた。それはもう面白いくらいに。
「バート」
あたしが不機嫌そうに名前を呼べば、バートの笑みが引き攣る。さっきまでの気持ち悪い表情が消えていい気分だわ。
「は、はい、なんでしょうか。ロゼリアお嬢様……」
「あんた、何しに来たの? もしかして、あたしをイライラさせるため?」
「まさか! そのようなことはございませんとも」
バートは慌てて否定していた。調子に乗りすぎたという自覚がありそう。
そう言えば、ゲームでも嫌がらせが好きそうなセリフがちょっとあったのよね。『先生』にはそこまで興味がなかったから忘れてたわ。「こうした方がもっと面白いのでは?」ってアリスに提案しては「それはだめです、先生」と拒絶されていたのを思い出した。
このままだと不機嫌さが頂点に達してあんたを追い出すわよ、と言う雰囲気を出しながら目を細める。
「なら、もっと簡潔に話をしてくれる? 何かして欲しいことがあって相談に来たんじゃないの? 結局、あんたがあたしに何をして欲しいのかがよくわからないのよねぇ?」
「ええ、はい。失礼いたしました──……」
愛想笑いを浮かべるバートに対して笑顔を向けてやる。今日はきついメイクをしてるから威圧感があるはずよ。
あたしの言動を目の当たりにしたバート以外は目を丸くして、驚いたようにあたしのことを見ていた。ジェイルも、ユキヤも、ハルヒトも、そしてアリスも。揃いも揃って目を丸くしている。
苦しそうな表情をしていたユキヤと、気分悪そうにしていたハルヒトは、それらを忘れたようにぽかんとしていた。
ジェイルとアリスは「流石」みたいな感想が伝わってきてちょっとむず痒い。ユキヤの傍まで来ていたジェイルはどこか安心したように椅子に座り直した。
「つまり、ですね」
「ええ」
「ロゼリアお嬢様、ハルヒト様、ユキヤ様の三人で、我々を従えていただき、アキヲ様を確保したいのです。お前の悪事はここまでだ、とでも言っていただければ最高ですね」
……。……。
あれ? なんかゲームと似たような──いや、ゲームのロゼリアを追い詰める時もそんな感じだったわ。
アリスと攻略対象の二人でロゼリアを追い詰めて「ここまでよ!」って感じで、ロゼリアの悪事を暴いていた。そこで反省の欠片も見せず、自分の悪行を是とするロゼリアを殺害する流れだったわ。
……けど、アキヲに対しては『確保』、つまり殺すことはないってことでいいわよね。
「九龍会、八雲会の後継者候補であるロゼリアお嬢様とハルヒト様、そしてアキヲ様のご子息であるユキヤ様に悪事を暴かれる──という画が欲しいのです」
「……画?」
「はい。こんなことを言うとお気を悪くされるかもしれませんが……話題性が欲しいのです。静かに終わらせたくはありません」
わ、話題性? 意味がわからず、眉間に皺を寄せてしまった。
バートはあたしの表情の変化を不快感だと感じ取ったらしくて、ちょっとだけ表情に緊張が見て取れる。……バカ正直に「意味がわからない」って反応をするよりも、不機嫌さを前に出した方が良いのかしら。不機嫌さで相手をコントロールするようなやり方ってよくないんだけど、さっきまでのバートがムカついたのは事実だし、今はその方が話が早く進みそう。
「待って頂戴。あたしの認識だと、あんたたちって滅多に前には出てこないわよね? あるかどうかもわからない、何をしているのかもわからない……けれど確実に存在している秘密組織って認識よ。そんなあんたたちがこんな風に九龍会や八雲会に肩入れしていいわけ?」
眉間に皺を寄せたまま問いかけるとバートはゆるく首を振った。
「それは誤解です」
「誤解?」
「はい。私どもは九龍会や八雲会のみならず、会の皆さんの矛となり盾となることを望んでいます。皆さんに危機が迫っているなら喜んでお力になります。──この国を繁栄に導いていらっしゃるのは各領を治めている皆さんですからね。そして、ロゼリアお嬢様とユキヤ様は九龍会を、ハルヒト様は八雲会の未来を背負っていらっしゃる若い世代です。そんな若い世代に力があることを世間に示したいのですよ──!」
バートの熱のこもったセリフに若干引いてしまった。見れば、ハルヒトもちょっと引いている。
そりゃそうよ。若い世代って言われても……あたしもハルヒトも後継者という座に興味がないんだもの。ユキヤも本来なら次の南地区代表だけど、そんなこと考えていられる立場じゃないのは近くにいれば明らかだわ。
だから、あたしたちの存在を世間に示されても、という反応になるのはある意味仕方がなかった。




