182.描くもの①
バートが『陰陽』の構成員ということにジェイルとユキヤは酷く驚いていた。
ゲームでもアリスが自分の所属を明かす時はまさにこんな感じ。そもそも『陰陽』という秘密組織が存在していたことと、そこに所属しているということに二重に驚いていた。例外は興味がないメロと、世情に疎いハルヒトの二人。ジェイル、ユウリ、ユキヤの三人は『陰陽』という名前への驚きと戸惑いがあって、それを乗り越えるエピソードが良かったし、メロとハルヒトの「どこの誰だろうと関係ない」って態度にもぐっときた。
……懐かしい。が、今驚愕と戸惑いが向けられてるのはバートなのよね。アリスもすぐそこにいるのに。切ないわ。
って、感慨にふけってる場合じゃない。
緊張のせいで現実逃避しちゃってたみたい。あたしはバートを真っ直ぐ見つめて、心を落ち着かせながら口を開いた。
「で、その相談って言うのは?」
とにかく早く聞いてスッキリしたい。スッキリするとは限らないけど!
ジェイルもユキヤもいるから、すぐに意見は求められる。どちらにしたってさっさと話を聞くのが吉だわ。
そんなあたしの思いとは裏腹に、何故かバートは感嘆の声を漏らした。
「──驚かれないのですね」
しまった。やっぱり驚きが足りなかったんだわ。でも今更驚くのもアホらしい。
「驚いてるわよ。でも、『陰陽』の人間が持ってくる相談の方が気になるのよね」
「流石九条家のお嬢様。肝が据わっておられる」
そういうことじゃないんだけど……。さっさと! 話を! 聞きたい!
ただ、緊張や心臓の鼓動を悟られないようにしているだけよ。
隣にいるジェイルからもユキヤからも感心するような視線が向けられていて、更にはアリスからも「流石です」とでも言いたげな視線が向けられているせいですごく落ち着かない。そりゃ出題科目、問題ともに秘密ですって言われてるテストで科目だけは先にわかってる状態なんだから、この時点では驚きなんてないわよ。
とは言え、この先の話はあたしのゲーム知識にはない話になるから、多分そっちに驚いちゃいそう。冷静に話を聞けるようにしたいわ……。
「そういうのいいから、さっさと本題に入ってくれる?」
「承知しました。……ご相談というのは、他でもない第九領の南地区のことです」
ユキヤの表情が険しくなった。ジェイルの表情も堅くなる。
あたしは、まぁそうだろうなという想像がついていたので、今はまだそれほど驚かない。南地区に対してどういう相談があるのか。こればっかりは全く想像がつかなかった。
バートは笑みを浮かべたままで、あたしの緊張やジェイルとユキヤの表情とは全く釣り合わない。
そして、淡々と話し始めた。
「──夏頃から、ロゼリアお嬢様はそれまで懇意にしていた湊アキヲ様と袂を分かち、実質縁切りをしていらっしゃいますね。それまでアキヲ様と計画されていた様々なモノから手を引き、今度はアキヲ様のご子息であるユキヤ様と手を組み、いえ、契約をされた。
逆にアキヲ様に任せきりだった計画の暗部を探られ、倫理観や人道に悖る計画の数々を葬ろうとされている。周囲にはわからないように。
そして、闇オークションや人身売買に使われる予定の倉庫を特定し、隠し通路の可能性を示され……いよいよアキヲ様を追い詰める段階まで来ている」
合ってる。なんでこんなにダダ漏れなんだろうってくらいに合ってる。
バートが言い直した契約というのは、九条印を使ったことを示唆しているのは間違いない。あとは隠し通路の話だって表立ってしてないから、……誰かが喋ったというよりは、どこかに盗聴器でも仕掛けられてると思った方が良さそう。アリスが屋敷に来た頃は不審な行動があったしね。
ジェイルは話の内容に不快感を示しているようで眉間に皺が寄っている。
ユキヤはさっきとは違って何を考えているのかわからない表情になっていた。真面目に聞いているようにも、ぼんやりしているようにも見えて、ちょっと心配。ユキヤのことだから急に何かするってことはないと思うけど。
「しかし、どう追い詰めるか? どう引導を渡すか? そして、どう裁くか──……困っていらっしゃるのではないですか?」
「……貴様、どこまで」
「ジェイル」
食ってかかろうとするジェイルの名前を呼べば、何か言いたげな顔をしたまま口を閉ざした。
今はどこまで知ってるのか、どうして知ってるのかなんて大した問題じゃないのよ。終わらせ方を悩んでるって話はユキヤとしかしてないから、盗聴器なんだろうって確信も持てたわ。その事実にはかなりムカつくけどね!
ふう。と、小さく息をついて、腕組みをする。
「つまり、あんたたちが幕引きを手伝ってくれるって?」
そう言うとバートは口の端を持ち上げて笑みを深めた。肯定以外の何物でもない表情だった。
──終わらせ方に悩んでいたのは事実で、アキヲを徹底的に追い詰めたいなら『陰陽』に任せたいとすら思っていた。けど、こんな風に相手から提案されるとは思わなかったわ。
思うところはあるにせよ、個人的にはありがたい話ではある。
けど、気になるのはユキヤ。
この件はユキヤの意志を尊重したい。一番ダメージを負うのは間違いなくユキヤなんだから。
意見を求めるためにユキヤを見る。けど、ユキヤはこっちを見なかった。バートのことを無感情に真っ直ぐ見つめている。……ふ、不安!
「……ただ手伝ってくれるわけじゃないわよね?」
「ええ。それはもちろん」
バートは満足げに頷いていた。そして、背後にいるアリスを軽く振り返る。アリスはバートの視線を受けて軽く頷くと、「少し失礼します」と言って応接室を静かに出ていってしまった。一体何で一時的に出ていったのかしら。アリスには聞かれたくない話、とか?
一旦アリスを見送り、バートを再度見る。
あたしが口を開くよりも先に、ユキヤが質問を口にした。
「何がお望みなのでしょうか?」
「簡単ですよ。私どもの描く幕引きにご出演いただきたいのです」
「……出演」
ちょっとムカつく響きよね。エンターテイメントじゃないのに、こんな言い方されると。
こんなところで言葉尻を捉えて文句を言っても話が進まないから黙ってるしかない。ジェイルも苛立ちを隠そうともしなかった。
もっと穏便かつ気持ちよく協力できるような言い方をしてくれないものかしら。
「どんな幕引きを描いているんだ?」
「アキヲ様の逃げ道を塞ぎ、完膚なきまでに追い詰め──あなたは過去なのだとご理解いただきます」
「もっと具体的に」
「せっかちですね、ジェイルさんは。──例の倉庫で彼の罪を暴き、引導を渡します。その場にいていただきたいだけです」
その場に、いる? そんなことをして何の意味があるのかしら。
『陰陽』が勝手にアキヲをとっ捕まえてくれた方が楽なんだけど、ユキヤはどう思うか……。ユキヤはさっき一言質問を投げかけただけで黙ってしまった。きっと聞きたいことがあるだろうに、何も言わずにいる。
「その場に、って……ここにいる三人に?」
「ええ、正確にはロゼリアお嬢様とユキヤ様、そして──」
まるでタイミングを図ったように応接室の扉がノックされた。多分アリスが帰ってきたんだわ。最初にお茶を出す時以外は絶対に誰も入るなって言ってあるし。
あたしは小さくため息をついて、扉の方に顔を向ける。
「入ってきていいわよ」
「──ありがとう。入るね」
聞こえてきたのはアリスの声じゃなかった。
あたしもジェイルもユキヤも、聞こえてきた声に息を呑み、扉を凝視してしまう。
どういうこと!? と動揺している間に扉が開いた。
ハルヒトが困った顔で立っていて、アリスに促されてそのまま応接室に入ってくる。
「アリサに呼ばれたんだけど、……ごめん。何の話してるの?」
アリスが部屋の中に入り、静かに扉を閉める。
しん、と静まり返った応接室。全員の視線がハルヒトに向いている。
バートの「そして、ハルヒト様です」という声が、やけに遠く響いた。




