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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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18.オフレコ③ ~メロとユウリとキキⅠ~

 その夜。

 椿邸の庭にメロ、ユウリ、キキの三人が集まっていた。小さな池があり、その中を見事な鯉が泳いでいる。夜だからか鯉たちは眠っているようで池は静かだった。

 月を写す水面を眺めつつ、キキがメロへと声を向ける。


「ねえ、最近ロゼリア様の様子がおかしいんだけど……メロは何か知ってる?」

「様子がおかしいのは確かだけど、なんで様子がおかしいのかって理由は知らねーって」


 メロは即座に答える。

 理由を知らないのは真実だ。これまで傍若無人に振舞ってきたロゼリアがヒステリックになることもなく、機嫌が悪いからと手を上げることもなくなった原因など知る由もない。メロの方が教えて欲しいくらいだった。


 メロ、ユウリ、キキの三人は言ってしまえば幼馴染のような関係である。

 それぞれの理由で親を亡くし、或いは捨てられて孤児院にいた。ガロに拾われて現在に至っている。

 周囲に同年代がおらず、大人に囲まれていたロゼリアの遊び相手や良き相談相手として──というのが主な目的だったはずだが、今ではただの主人と使用人の関係だ。ロゼリアがそう望んで行動してきたのだから当たり前の関係性だった。


「……そう。九条印まで持ち出して本当にどうしたのかな。正直ちょっと、なんていうか、怖いわ……」

「それはほんとそう。なんつーか、不気味。傍にいても前までと別人みたいなんだよ」


 キキは応接室でロゼリアが九条印を持ち出したのを見ているし、メロはそれを使うところすらも見ている。十歳の誕生日に両親たちが手渡したシーンに立ち会っているので、ユウリ含めて三人ともロゼリアが九条印を持っているのは知っていた。

 使うなんて思ってもみなかったし、使うとしても悪用すると思っていたのだ。

 ユキヤとの約束のために使うなんて思っても見なかった。


 メロとキキが「ロゼリアがおかしい」「ほんとにね」と話をしているのを横で聞いていたユウリが不思議そうな表情をして、ゆっくりと首を傾げる。


「……そうなのかな。様子がおかしいとか変わったとか、みんなの噂を色々と聞くけど……僕にはそう見えなくて、むしろ……」


 そこまで言ってユウリは口を閉ざしてしまった。言ってもいいのかと迷うように唇を震わせている。

 メロとキキの二人は顔を見合わせ、ユウリをじっと見つめた。

 二人の視線に耐えかねたのか、ユウリは観念したように口を開き、「むしろ」の続きを言葉にする。


「むしろ……なんていうか、昔のロゼリア様を思い出したよ」

「「えっ」」

「……二人は僕とは違うみたいだけど」


 困った顔をして笑うユウリ。

 何をどうすれば昔のロゼリアと繋がるのか、メロには理解不能だった。昔のロゼリアと今のロゼリアは別人だ。同じ目線で一緒に遊んでくれた少女はとうに消えている。

 二人とも同じ認識だと思っていたので、ユウリの発言には驚かされた。


「……。考えたことなかったわ、それ。なんていうか、私が『友達』だと思っていたロゼリア様はとっくの昔に死んだんだって思ってたから」

「あの事故のあとにね。おれにとってもそーなんだよなー……」

「そうなの……なんていうか、前に戻ったって言われるとゾンビ感があって、それこそ不気味っていうか……」

「ぷっ、ゾンビって。キキ面白いこと言うじゃん」

「あなたに面白がって欲しいわけじゃないってば」


 全く、とキキが憤慨した。

 墓の下から蘇ってくるロゼリアを想像しておかしくなってしまっただけだ。無論、キキが言っている「ゾンビ感」というのがそういう意味じゃないことはわかっている。

 それから、キキは目を細めてため息をついた。


「何かしたいことはないかって聞かれるし、わけがわからないわ」

「えー? いいじゃんソレ。お嬢、おれにはそういうの言ってくれないのにさぁ……」


 ユウリが目をぱちくりさせてキキを見つめる。その視線に気付いたキキが不思議そうな顔をして首を傾げた。


「何?」

「何かしたいことはないかって聞かれて、キキはなんて答えたの?」

「……考えたことがないって答えたわ」

「どうせだから世界一周旅行したいとか、なんか言ってみりゃよかったのに」

「他人事だと思って! 何があるかわからないのに気軽に答えられないんだってば!」


 メロが茶化すとキキがわかりやすく反応した。

 考えたことがないなんて流石に嘘だろう。咄嗟には答えられなかっただけで、キキにだって何かしらやりたいことや興味があることがあるに違いない。

 ただ、キキが少しばかり「惜しいことをしたかも」と思っているのは伝わってくる。こんなチャンスは滅多にないのだから。


「キキ、僕もロゼリア様に勉強したいんじゃないかって聞かれたよ」


 ユウリの言葉に二人して目を見開く。

 メロはキキと顔を見合わせてしまい、それからユウリを見つめた。キキが訝し気な顔をして口を開く。


「高校の時、あんなに邪魔してたのに? 今更……?」

「うん、まぁ。……聞かれた時は、キキと同じで答えられなかったんだけど……ちょっと、してみたいって答えてみようかと思ってるんだ。どうかな?」


 ユウリがにこやかに笑って言う。問われたキキは頬に手を当てて困った顔をしていた。

 二人の様子を見比べながら、メロは目を細める。


「うーん。好きにしたら、としか……」

「そっか。じゃあ、好きにしてみようかな。……キキにはどうだったか教えるね」

「……。ん、私はまだちゃんと考えてないし、やりたいことがあってもロゼリア様に言う勇気もないから……よろしく」

「任せて。案外ちゃんと面倒見てくれるかもしれないし」


 ユウリもキキもいいなぁと思ってしまう。

 メロにはやりたいことがないからだ。何をしたいというわけでもなく、日々をそれなりに平和に暮らせればそれでよかった。

 ロゼリアのせいで平和とは言い切れない毎日で、いつか逃げ出してやると持っていたものの、最近ロゼリアが変わったことでほんの少しだけその「逃げ出してやる」という意思が薄れつつある。


「いいなー、二人とも。おれはなんか変なことに巻き込まれるし、いいことないのにさァ……」

「メロは目を離すと余計なことしかしないって思われてるんだよ」

「そうね。言い方が悪いけど、信用がないんだわ」

「ひっど」


 ユウリもキキも笑いながら言う。同意見のようだ。

 この三人はロゼリアの近くにいる人間の中でも少し特殊なので仲間意識が強い。


「お嬢はありとあらゆる方法でおれらの信用を裏切ってきたじゃん」

「それはもう今更でしょ?」


 幼少時のロゼリアのやらかしを自分のせいにされたり、事故後にロゼリアの人が変わって散々な目に遭わせられたり、主だった出来事はこの二つだけど、子供心にダメージは大きかった。今となっては「そういうもの」という諦めがあっても、自分の主人である相手は優しく寛大であって欲しい。

 逃げ出せるものなら逃げ出したかった。

 けれど、それが叶わないまま今に至る。


「ったくさー。……で、ジェイルはお嬢については少し様子を見るって言ってたけど、ユウリとキキはどう思う?」


 その「少し」がいつまでかわからないのがメロの悩みどころだった。


「労働環境が改善されるのはいいことだから、ジェイル様が様子を見ると仰るなら……」

「……そうだね。自分の力じゃどうしようもできないことだし、僕も様子を見てみようかな」

「……ふーん」


 二人の意見を聞いてメロは小さく頷く。やはり「少し」が一体どれくらいなのかはわからないものの、ジェイルの判断は信用されているらしい。メロから見るとジェイルは真面目な堅物で面白みのない人間にしか見えない。しかし、若手の中ではガロの信頼が厚いのでそういう意味では信用できる相手のようだ。

 ユウリとキキもジェイルのことを信用すると言うなら、やっぱりジェイルの言う「少し」とやらに付き合ってみようと思うのだった。


「ま、おれがある日突然逃げたらうまく誤魔化して」

「嫌よ」

「それは嫌かな」


 ユウリもキキもジェイルと同じ反応である。

 ちぇ、と舌打ちをすると、二人がおかしそうに笑うのだった。

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