176.オフレコ㉔ ~留守番組Ⅱ~
「……キキって、今後どうするの?」
ユウリに尋ねられ、軽く首を揺らした。
「どう、って……学校に行って、無事に卒業ができたらどこかの美容院で修行したいわね」
「ちゃんと将来のこと考えてて偉いよね」
偉いと言われて苦笑してしまった。
普通はそういうものだ。ロゼリアに仕えていて、世話係として生きていくという将来が決まっている方が珍しい。他の同世代の人間は進学するなり就職するなりして、自分で将来を選んでいるのだから。
「偉いって言われても、ロゼリア様に何かしたいことはないかって聞かれなかったらこんな風に考えなかったと思う。ユウリだってそういう意味では大学受験があるんだから、それなりに考えてるでしょ。……メロは知らないけど」
呆れながら言い、最後にメロを見た。当然メロは嫌そうな顔をする。
キキとユウリはやりたいことの有無をロゼリアに聞かれ、その援助を受けている状況だ。当然金銭が絡んでくることでもあるのだが、ロゼリアに金額について意見をされたことはない。必要な金額については自分で調べ、ロゼリアに報告をし、ロゼリアもガロに話をしているはずだった。
そもそもロゼリアの金銭感覚は普通ではない。身につけている衣類やアクセサリーだけで車が買えるほどだし、場合によってはワンピース一着が車一台に相当する。それらを思いつきでバカスカ買うような金銭感覚がまともなはずはなく、キキたちと金銭感覚が違うという認識はあるようだが、たまにズレているのだ。筆記用具が欲しくて買いに行こうとした時に「あたしが使わないのあげるわ」と言って一本十万以上するらしいボールペンを差し出された時は流石に全力で固辞した。
そんなわけで、キキとユウリの受験費用や学費なんてロゼリアにとっては小遣い程度でしかない。
ロゼリアの言葉ひとつで将来や生き方が変わってしまうのだ。
「……まだ、大学に入ってちゃんと勉強する、ってことくらいしか考えてないよ」
「じゃあ、四年の間にその先のことを考えなきゃね」
ユウリが言葉に詰まった。
昔であればユウリにも色々とやりたいことがあっただろう。単純に勉強が好きだからという理由もあるが、医者やら学者やら、勉強をしなければつけない職業を色々と考えていたはずだ。具体的に聞いたことはないので想像に過ぎない。
メロがメニューを拾い直し、口を尖らせていた。
「四年間は何するか決まってるだけいーじゃん」
「メロ、あなたもやりたいことがあるならロゼリア様に言ってみたら?」
「あれば苦労しませーん」
煽るような言い方にイラッとする。けれど、メロのこういう態度にいちいち苛ついていたらキリがない。意識しないようにと息を軽く吐き出し、周囲の片付けが終わったところでソファに腰掛けた。
こんな風にゆっくりできる時間が取れるとは思わなかった。周囲には休みだと言っているが実質仕事である。ロゼリアからは特別休暇として代わりの休みをどこかで取るようにと言われているのはありがたい。
メロを見つめて、ふっと笑う。
「メロは礼儀作法とか習ったら?」
「はあッ? おま、キキ、マジで言ってる!?」
メロがこれ以上なく嫌そうな顔をしているのを見てすっと胸がすいた。
「大真面目に言ってる」
「なんで急に──」
「だってユウリは元々弁えてるからマナーは問題ないし、今の立場は秘書でしょ? ロゼリア様が連れ歩くならユウリになる。……メロを連れ歩くメリットがないなって。何しでかすかわからないから」
メロは愕然とし、ユウリはちょっと顔を赤くしていた。
勝手な想像だが──多分ロゼリアが今の調子でいると、そのうちガロがパーティーやら顔合わせの場に積極的に連れ回すだろう。変わったことをアピールするために。これまでロゼリアをそういう集まりに積極的に出席させておらず、その理由はやはり本人の性格と態度に問題があった。しかし、今の状態が続くなら流れが変わってくるのだ。その時、ロゼリアは誰を連れ歩くだろうと考えた時に真っ先に外れたのがメロだった。ユキヤやハルヒトへの態度を見ていても、絶対にない。断言できる。
キキにロゼリア周辺の恋愛事情は関係ないが、興味はある。考えるのは結構楽しかった。
メロがムッとして口を開く。
「キキってユウリのこと応援してんの!?」
「違うわ。私は誰のことも応援なんてしてない。……ただ、九龍会やロゼリア様に迷惑がかからない人間が良いと思うのは当然でしょう?」
返す言葉もないようでメロが黙り込んでしまった。
ユウリも気まずそうに黙り込んだ。そして、こわごわとキキを見る。
「キキはあくまでも僕に秘書としての立場を望んでるってことだよね……?」
「そうよ。……私、ロゼリア様の将来のことが一番わからないのよね。それに、まともに恋愛するイメージがないし」
ロゼリアが変わろうとしているのはわかる。わかるが、将来のことをどう考えているのかはわからない。キキとユウリにやりたいことの援助をしているのも、何か考えがあってのことだろう。
そして、恋愛のことはもっとわからない。
その話題にはメロもユウリも、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「……ま、まぁ、彼氏って立場の人間は何人かいたけど……そういう雰囲気なかったよね」
「便利屋か何かだと思ってたんじゃないのかしら。気に入らない相手はすぐにフッてたし」
「初っ端から二股かましてたしなァ……」
恋愛に関してのロゼリアのイメージははっきり言って悪い。そもそも恋愛というものをどう捉えていたのかすら謎である。暇つぶしか遊びか、はたまたゲームの一種なのか。とにかく、まともな恋愛をしていたという情報は持ち合わせていなかった。
それはキキたちにも言えることだ。想いを寄せる相手くらいはいたし、何なら告白もされたことがあるが、ロゼリアの嫌がらせによってそれらが成就することはなかった。
というわけで、全員恋愛に関しては未知数。
そしてキキからすれば過去の経緯まで知っているような相手に恋心を抱くのはやはり謎だった。
「だから、あなたたちが不思議なの。……そういう相手なのに、って」
ため息が漏れる。
そう言うとメロとユウリが顔を見合わせていた。
困ったように笑っている。
「それはほんとそーだよな」
「少なくとも僕は成就するとは思ってないから」
「で、何頼む? 高いやつ上から順に頼もうかなー」
二人とも話したくないようだ。当たり前だろう。
キキも少なくとも二人のそういう話を聞く気はなかった。ただ疑問を口にしただけで、答えが貰えるとは思ってない。兄弟の恋バナを聞くようなむず痒さがある。結果さえ知ることができればそれでいいと思っていた。
「高いやつって、どうして?」
「請求額を見たお嬢を困らせたい」
メロの言い分に呆れる。ユウリも同じように呆れていた。
「……ロゼリア様が請求書を受け取るわけじゃないと思うよ。あと支払いもね」
「え、マジ?」
「ジェイルさんじゃない? メロのやり方だとジェイルさんに叱られるわよ」
「うへぇ。ジェイルに叱られるとかマジで勘弁~。……んじゃ、三人で適当に食べられるようにピザあたりにしとく? 飲み物は適当に選んで」
会話にジェイルの名前が出てくるとメロは自分のアイディアを取り下げた。
とは言え、折角良いホテルにいるのだし、普段食べないようなものが食べてみたい。そう思ってソファから立ち上がり、メロが持っているメニューを覗き込んだ。「これ」と指さしたフルーツがたくさん乗っている豪華なケーキはそこそこの値段だった。
「……キキ、それけっこー高くね?」
「これくらいはいいんじゃない? ロゼリア様も好きに頼んでいいって言ってくださってるし」
「まぁ、キキが頼んだものにはきっとケチつけないよね」
「ふふふ」
得意げに笑って見せれば、メロもユウリも複雑そうに笑っていた。




