174.隠し通路探し③
そこにいたのは一人の女子高生。しかもかなり派手め。
ブレザーは着崩しているし、ミニスカートだし、変な模様のタイツ履いてる。ちょっと膨らんだトートバッグを持っていて、それも派手だった。ぬいぐるみやら造花やらがぶら下がっている。
メイクもすごかった。いやピンクすぎない? って感じのアイシャドウに、ダマになってるのがわかるマスカラ。アイラインも濃いし太いし、唇もぷるっぷるといえば聞こえは良いけど、どう見てもやり過ぎでベトベトになってる。
普段とは似ても似つかないけど、アリスだった。
いつもの黒髪じゃなくて明るい茶髪だし、赤い目は多分カラコンで隠してて黒だったけど、絶対にアリス。
何故かそれが直感的にわかる。
とは言え、多分あたし以外に気付いている人間はいないみたい。ユキヤやノアは顔を知ってるレベルだから気付かなくてもしょうがないとして、ジェイルは変な生き物を見る目で見ていた。これは絶対に気付いてない。
その場にいた全員がギョッとしていた。
だって、こんな場所に女子高生が現れるなんて思わないじゃない。
アリスはおじさんと、ジェイルの部下とを見比べてから、おじさんの方に近づいていく。ガニ股でちょっと態度悪いわ。
「こっちのおじさまの方が詳しそー。ねーねー、この辺においしーホットドッグの店が、車? で来るとか聞いたんだけど、今どこにいますか~?」
「あ? い、いや、」
ド派手な女子高生に近づかれて、おじさんはタジタジだった。
が、アリスはそんなおじさんを気にすることもなく距離を詰める。
「あっれ。もしかして知らない系?」
「ひ、昼に来てたが……」
「まじぃ!? ね、ね! 今どこ?! めっちゃおいしーって聞いたからガッコ抜けてきたんですよー!!」
アリスはこれでもかってくらいおじさんに近づき、目をキラキラさせていた。普段のアリスからは想像もできない馬鹿っぽい演技だわ。ちょっと笑っちゃいそう。
二人のやり取りを見ているしかできないあたしたち。
ジェイルがユキヤたちに目配せをすると全員が静かに頷いた。
この隙に退散しようってことだ。
「……じゃ、我々はこれで」
「お、おい、名刺を」
「おじさん、案内してよー! アタシ、このへん来たことないからわかんなくてェ」
アリスは逃がすまいとおじさんの腕に絡みつく。おじさんは驚いていたものの、若い子からの接触は満更でもないらしく、ちょっと鼻の下が伸びていた。
「おじさんは仕事がなぁ……」
「えー? いいじゃん、いいじゃん! ちょっとだけ! ね? 近くまで案内してくれるだけでいいからァ~」
あたしたちをちらちらと見ていたが、結局女子高生というものは勝てなかったようで、そのままアリスに引きずられるようにして歩いていく。どうやらあたしたちのことはどうでも良くなったらしい。
それを尻目に、あたしたちはその場を離れることに成功した。
全然意味は違うけど、毒をもって毒を制すみたいなやり方だったわ。
少しだけ早足で歩き、これ以上不審に思われないようにさっさと倉庫街を離れ、乗ってきた車が置いてある駐車場に戻る。そそのまま車に乗り込み、ジェイルは部下と軽く話をしてから運転席に乗り込んできた。ここから部下二人とは別行動。
運転はジェイル、助手席にノア、後部座席にあたしとユキヤという配置。
後部座席の方が目立たないからね。顔が知られているあたしとユキヤを隠す意味もあった。
車が無事に走り出したところで、全員「はーーー」と息をつく。
「怪しまれるのは多少想定していたが……」
「……あんな風に切り抜けられるとは思いませんでした。運が良かったですね……」
ジェイルとノアがホッとした様子で話をしていた。
いや、本当にそれはそう。
あたしもアリスが着ているのは知ってたけど、まさかあんな変装をしているとは思わなかった。前回みたいにそこにいてもおかしくないような──つまり、あたしたちみたいな作業員とか、そこで働いている人たちに紛れるとか、そんな方法を取るのだと思ってたのよ。
なのに、まさか真逆とは……あんな場違いな女子高生とは……。
ただ、あれならいつ割り込んでも全然おかしくない。多分アリスはあたしたちが怪しまれた時のフォローを優先的に考えていたんだろう。今回はあたしが一人になることは絶対になかったし、その場から全員をうまく逃がすための変装と演技。
色々と引っかかるところはあるけど、アリスのお陰で抜け出せたんだから良しとしよう。
「かなり驚きましたが、あの子には感謝しなければいけませんね」
「そうね。……ホットドッグか」
ユキヤが困ったように笑っている。まさか女子高生の登場に助けられるなんて思わないものね。あたしも同意しつつ、アリスが言っていたホットドッグのことを何となく呟く。
すると、ノアがミラー越しにあたしを見た。
「お昼になると結構お弁当屋さんとか来てますよ。ホットドッグの移動販売車も来てたことがあって……結構評判だったのでそれのことだと思います」
「へぇ、そうなの。確かに昼食には困りそうな感じだったわ」
アリスの口からでまかせじゃなかったことにちょっと驚いた。ちゃんと現地調査もしてるのね。
倉庫街は広くて、それこそ本当に倉庫しかなかったからお昼はどうしてるんだろうって疑問が解決されてしまった。別にそこまで疑問に思ってたわけでもないけど、食堂らしきものもなかったもの。
「ところで、お嬢様」
「ええ、何?」
「……側溝の件ですが」
雑談の後、ジェイルが運転をしながら切り出す。
ユキヤもノアもさっきと少し雰囲気が変わった。もちろん、あたしも。
「地下に道がある可能性は、捨てきれないと思います」
そうそう、その話! そういう可能性を探って欲しいのよ。
あたしは浮足立った気持ちを押さえながら、神妙な顔をして頷いた。
「そうよね。アキヲのことだし、万が一のことも考えてると思うの」
「はい。あの倉庫が良からぬことに使われること、そのために内部を改装しているのは間違いないでしょう。しかし、地下の道……つまり隠し通路の存在を明らかにできれば、強い裏付けになります。言い逃れも難しいでしょう」
「ダミーとして他の倉庫にも同じものを作るには難しそうですからね……」
ユキヤもジェイルの言葉に頷く。
隠し通路が本当に見つかるのかとドキドキしながら現地まで来た。それらしいものが見つかってよかったし、隠し通路について調査が進められそうで良かった。闇雲な調査じゃなく、何を調査すればいいのかわかってるだけでも大分違うはずよ。
「仮に隠し通路がなかったとしても、あの倉庫から逃げ出す手段は用意しているでしょう」
「ええ、そうですね。どうにかしてその手段を押さえたいところです」
「……わかったわ。じゃあ、隠し通路や、万が一の時の逃げ出す手段とやらの調査をお願いできる? アキヲが言い逃れできないように」
そう言うとジェイルもユキヤも、そしてノアも真面目な顔をして頷いた。
この件に関してのあたしの仕事は終わり。現地に赴くのも、できればこれで最後にしたい。
やっぱり声をかけられた時はヒヤッとしたし、どうしてもあたしの存在は何かあった時に足手まといになるし……ジェイルの言うように事態が落ち着くまでは外出を控えた方がいい。……命の危険もあるしね。
そんな教訓を得て、あたしの『変装して視察』は幕を閉じた。
……メロやユウリは良い子で留守番してるのかしら。




