172.隠し通路探し①
「じゃ、行きましょ」
準備が完了したので出かけようと、ジェイルとユキヤ、ノアに声を掛ける。三人ともあたしと同じように作業着に着替えていて倉庫街に行くメンツは作業員に扮している。
とはいえ、ぱっと見で目立つのは本当にあたしだけだったので、三人は作業着に帽子という出で立ちで十分溶け込めそうだった。赤毛って本当に少ないし、一般市民だと見ないレベルだから悪目立ちするのよね。だから、あたしがちゃんと変装できれば大方の問題はクリアできている、という認識。
部屋を出ようとしたところで、メロがついてきた。何か言いたそうだったので振り返る。
「……お嬢、本当についてっちゃダメっスか」
「駄目って言ったでしょ。あんまり大人数だと動きづらいわ。……大体あんたは準備もできてないし」
何度このやり取りをしたか──。
メロ、あとはユウリもどうしてか留守番を嫌がり、ついてきたがった。
「ルームサービス好きに頼んで良いって言ってるのに何が不満なのよ。こんな機会なんて滅多にないでしょ」
わざわざ外に出るよりもホテルでのんびりしてる方がいいと思ったのに何が不満なのかしら。キキは特に文句も言わず、従ってくれてるのに。
扉の前でうだうだしているとジェイルがメロを押しのけて近づいてくる。ユキヤとノアも申し訳無さそうに近づいてきた。
「花嵜、聞き分けろ。お嬢様の邪魔をしたいわけじゃないだろう」
「そーだけど……」
「そう時間はかけないつもりだ」
「……時間の問題じゃねーんだよな」
ぼそ、とメロが呟く。じゃあ何の問題なのかしら。
しかし、今そんなことを話している時間はない。ため息をついて奥にいるユウリとキキに視線を投げた。
「ユウリ、キキ。メロのこと、ちゃんと見張ってて頂戴。それから、部屋にあたしがいるように見せかけてね」
「かしこまりました。お気をつけて」
「……はい、承知しました」
キキからはすぐ返事があり、ユウリからは渋々という感じの返事があった。
時間のこともあるからこれ以上はもう話さない。さっさと行ってさっさと帰ってきた方が良さそうね。
あたしは踵を返してドアノブに手をかけた。
このフロアは人払いをさせているから、ルームサービスとかで呼ばない限り従業員は来ない。だから、あたしが先頭で出ても問題ないはず──と、思っていると奥からパタパタとノアが走り寄ってきた。
ドアノブに手をかけて、あたしを見る。
「ロゼリア様、一応ぼくが先に出ます。ので……!」
「……わかったわ」
変装しているし、お忍びなんだし警戒するに越したことはないわね。
そう思い、ドアノブから手を離してノアに任せた。
ノアはホッとした様子で先に外に出る。やっぱり誰もいないみたいで、すぐに出てくるように合図があった。あたし、ジェイル、ユキヤの順番で部屋を出て──最後にもう一度「ちゃんと留守番してるのよ」と伝えてから、扉を閉めた。
◇ ◇ ◇
ホテルを出て、他から借りた車で小一時間──。
特に問題もなく倉庫街付近まで辿り着いた。ユキヤが用意した駐車場に車を置いて、少し歩けば目的地。
途中でジェイルの部下二人と合流するので、六人ね。
Gの八番倉庫。とりあえず、G区画まで行って、怪しまれないように観察をする。
聞けば、ノアが何度か下調べをしてくれたそうで、人の少ない道や普段いる人たちやアキヲの配下と思しき人物の顔を覚えておいてくれたらしい。なので、ここからはノアが道案内をしてくれる。
「……右に真っ直ぐです」
ノアの案内に従って歩いていく。
当然だけど、仕事をしている人たちがいた。船から下ろした積荷を運び込んだり、逆に倉庫から荷物を出して船に乗せたり別の場所に運ぶためのトラックに乗せたり、思ったよりも活気があるというか、ざわざわしていた。
──こんなところに闇オークションや人身売買の会場が?
と、不思議に思う程度には人がいて、忙しくなく動き回ってる。
いや、こんな雰囲気だったんだ、ってわかっただけでもかなり収穫だわ。だってゲームじゃ雰囲気は伝わってこなかったもの。背景画像に主要人物が乗っかるだけ。勝手に寂れてて殺風景な場所なんだって思ってたくらいだもの。
こんなに普通の人がいる場所で悪事が行われるなんて考えない。いかにも、って感じの場所はいくらでもあるんだから。
だからこそ上手くカモフラージュさえしてしまえば見つかることはないだろうし、『いかにも怪しげな場所』を囮にして欺くことだってできるはず。そう考えるとアキヲって結構豪胆ね……。
周囲の様子を観察しながら歩いていると、横を歩いているジェイルが耳打ちしてくる。
「お嬢様、何か気になることはありますか」
問いかけには黙って首を振った。
周辺の倉庫に違和感は見られない。けど、いくつかはダミーに改造されているはず。
傍目からは全く判別はつかない。どれもこれも「普通の倉庫ですけど?」って顔をして並んでいる。
「この先が八番倉庫です」
そして「普通の倉庫ですけど?」と言う顔をして、目的の八番倉庫があった。
いや本当に普通。周辺の倉庫と比べても倉庫の番号以外は同じ装いをしている。とはいえ、修繕対象だったからか、結構綺麗なのよね。倉庫の前後は車の通り道にもなってるからかなり道路幅が取ってるんだけど、左右はかなり狭い。人が通れるくらいの幅しかない。相撲取りは通れなさそうな幅だった。
……この倉庫と倉庫の間を通ろうとすると怪しいわよね。
八番倉庫の周りをぐるっと回ってみたかったんだけど、人目があるとかなり厳しい気がする。
とりあえず、八番倉庫があるG区画をぐるりと回る。
「……以前から何か変わったことはあるか?」
「計画通り、修繕が進んでいます。ここ一帯は大分綺麗になりました。修繕に合わせて倉庫の割り当てを変更しているそうです」
ジェイルとノアがそれっぽい会話をしている。あたしは何も喋らずにその会話に耳を傾けた。
「このあたりは港から少し距離があるので……搬入と搬出のしやすい倉庫との交換が盛んです」
「……ほう」
「新規の方々に貸してるようです」
その新規がアキヲの持ってるダミー商会ってことなのよね。あたしが買わなかったやつ。ユキヤは大分数が絞れたって言ってたし、G区画の倉庫を借りてる商会はほぼアキヲ所有のものでしょう。ひょっとしたら、別の人間のもの、という可能性もあるけど……一旦そこはいいわ。
さて、肝心の隠し通路をどう見つけるか──。
今歩いている間に考えをまとめなきゃ。
倉庫と倉庫の間がかなり怪しいんだけど、その間に入っていく人なんていないから悪目立ちしてしまう。ここまで狭いと思わなかったのよね。もっとちゃんと下調べをしてから来るんだった……。あたしは行き当たりばったりが過ぎる!
とはいえ、ここで諦めるわけにはいかない。
もう一度変装してここに来ることはできない。っていうか、流石に周りが許してくれない。
ゲームだとなんて言ってたっけ……?
壁だか床だかの色が違う? いや、違和感がある?
でも、倉庫の壁の色が違ったとしてもそこから外に出られるだけで隠し通路とは言わないわよね。隠し通路の目的は、万が一見つかった場合や不測の事態が発生した時に、見つからないように倉庫を出るため──。
となると……やっぱり床? 地面?
そう考えて、あたしは足元を見つめた。
何の変哲もないアスファルトが続いている。違和感は特に見られない。
うーーーーん……。




