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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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170.十月一日⑨

「まぁいいわ。戻るわよ」


 二人の視線を受けたままだと落ち着かなかったので背を向ける。

 一応気分転換にもなったしよしとしよう。いまいち二人の態度というか言動が不可解だったけど、今はいいということにしておく。どうしても気になる時に聞くってことで。


「はーい」

「わかりました」


 屋敷から出てきた時のようにメロとユウリが両隣にやってくる。二人の間を歩くことは何でもないことのはずなのに、どうしてか落ち着かなかった。「離れて」と言おうとしたけど、何だか悪い気がして言えなかった。……この二人に遠慮しちゃうなんて、あたしも本当にどうしちゃったのかしら。

 妙な落ち着かなさとを誤魔化すように口を開いた。


「……そういえば、あんたたちが急に花だなんて言い出すから驚いたわ。なんだったの?」


 ユウリが持っているコスモスを眺めながら聞いてみると二人は顔を見合わせていた。

 「何となく」とか、反応に困る返事があるものかと思ってたらメロはあたしの予想とは違う返事をしてくる。


「……だってさー、ユキヤくんばっかりずるいじゃん。いつもお嬢に薔薇あげてて」

「何がどうずるいのよ……」


 まさかそこでユキヤの名前が出てくるとは思わずに変な顔をしてしまった。しかも「ずるい」って、本当に何がずるいと思っているのか謎だわ。

 メロだけじゃなくてユウリも同じことを思っているらしく、似たような表情をしている。

 すぐに答えがなかったので、小さくため息をついた。


「ユキヤだって言ってたじゃない。持ってこない方が失礼になる、って……最初に持ってきたせいで、引っ込みがつかなくなってるだけだわ。こないだのは小さくなってたしね」


 あれは手土産とか礼儀の一環で他意はない。それはあたしが誰よりもわかっている。周りへのカモフラージュというか『言い寄ってますアピール』のうちでしょ。いちいち真に受けてたらキリがない。

 が、あたしの言葉に納得するどころか、ため息をつくメロとユウリ。

 何なのよ、一体。


「……そりゃそう言っときゃ次からも持ってくる口実になるじゃないっスか」

「……小さくしたのはロゼリア様のお部屋だけに飾ってもらうためだと思いますよ」


 二人の言葉に驚いて立ち止まってしまった。それじゃまるでユキヤが持ってきたくて持って来てるみたいじゃない。こう、しかも、あたしのために?

 あたしの一歩先で同じように立ち止まるメロとユウリが、こちらを振り返る。メロはあたしが日に当たらないように日傘を差し掛けてきた。ユウリはコスモスの花束を抱え直している。

 なんっかあたしが責められているようで気に入らないのよね。

 腕組みをして二人を交互に見遣った。


「何? あたしがユキヤから花を受け取るのが気に入らないの?」


 二人の表情がちょっと凍った。多分あたしの機嫌が悪くなったのを察したんだと思う。

 実際ちょっと苛立ってるのよ。あたしが薔薇を受け取ることで誰かに迷惑をかけてるわけじゃないし、花を活けてるのはキキか墨谷でメロにもユウリにも負担がかかってるわけじゃない。花を一時的に持たせることはあるけど!

 あたし自身、多少我慢強くなったわ。でも、言われっぱなしで我慢できるほどじゃない。

 ジト目で二人を見つめていると、揃ってしゅんとして肩を落としてしまった。


「す、すみません。そういうつもりでは──……」


 ユウリがわたわたと謝るのを見て、「じゃあどういうつもりよ」と詰問しそうになる。その言葉を飲み込んで、代わりにため息を零した。

 メロがふてくされたような顔をしているのが気に入らないけど、敢えて見ないふり。


「貰って困るものじゃないし、花くらい誰からだって受け取るわよ」

「……前は気に入らない花束を踏みつけてたじゃん」

「今は、の話よ」


 余計なことを言ってくるメロを睨む。メロは口を尖らせていた。ったく、こいつは……!

 はーーー。と、大きくため息をついて、ユウリが持っているコスモスに軽く触れた。

 二人の視線があたしの指先に向かう。


「だから、今日だってあんたたち二人から受け取ってんでしょ。コスモスを。

なんで急に? って思ったけど……面白か──いや、楽しかったわ。あんたたちが選んでるのを眺めてるのは。気分転換にもなったしね」


 ピンクの花びらを撫でてから、隣にあった黒い花びらを撫でる。花粉がつきそうだったので真ん中には触れなかった。

 以前だったらコスモスだけの花束は絶対に受け取ってない。貧相だのダサいだのって文句をつけて受取拒否をしていたに違いない。メロが言うようにはたき落として踏みつけていたかもしれない。

 ……過去の自分を思い出すたびにゾッとするようになってきたけど、事実は事実。

 そういう意味では今日二人に誘われて庭に散歩に出たことも、コスモスを選んでもらってそれを受け取ったのも、以前からすればあり得ない光景だった。それは二人とも理解しているはず。

 花の上から手を退けて、ちょっと迷った末に、メロとユウリの頭をそれぞれ一撫でした。

 抵抗は見せなかったけど二人とも驚いた顔をしている。その顔がおかしくて笑ってしまった。


「何が気に入らないのか知らないけど……花くらいいつでも受け取るわよ。気に入れば部屋にも飾ってあげる」


 我ながらちょっと傲慢な言い方だと思った。けど、さっきの二人の態度に比べたら可愛いものでしょ。

 ね。と、笑いかけて見せるとメロもユウリも目を丸くしていた。

 あたしがこんなことを言うのはそんなに意外かしら……。まぁこのネタでまた張り合われても面倒だし、庭から花が消えそうだから止めてもらわなきゃ。


「どんな花でもいいんスか?」

「綺麗ならね。そのへんの草は嫌よ」

「草なんて渡しませんよ。流石に」

「あと庭から取りすぎるんじゃないわよ。──殺風景な景色にしたくないから」


 庭を当てにしていたのか、二人とも「うっ」と言葉に詰まっていた。……あんたたちの庭じゃないのよ、ここは。自分で種か苗を買ってきて世話するなら──と思ったけど、今こんな話をすると本当にやりかねないから黙っておいた。


「じゃあ、買ってくればいいんスね? ユキヤくんみたいに」

「まぁ、そうね。……あんたたちにユキヤが持ってくるレベルの薔薇を買えるだけのお金はないでしょうけど」


 そう言うとメロがムッとしていた。また可愛い反応を……。ユウリは渋い顔をしている。

 ユキヤが持ってくる薔薇、絶対高い。最初のヤツなんて絶対「薔薇で?! その値段?!」という価格に違いない。色も綺麗だったし、香りもすごかったから、ちゃんとした薔薇をちゃんとしたところで用意してるんだろう。ユキヤでしっかり稼いで、お金を持ってるからいいのよ。

 メロとユウリはユキヤみたいに自分で事業をやってるわけじゃない。うちに住み込みであたしの世話係ってことになってるから、そこそこの給料は貰ってるはず。けど、そこそこ、でしかないのよね。伯父様が決めてるからあたしは関与してない。少なくともあのレベルの薔薇の花束をホイホイ買えるだけの財力はない。


「薔薇を買うと見劣りするってことっスか? ユキヤくんが持ってくるやつに比べると」

「多分ね。だから、薔薇はオススメしないわよ」

「……やっぱりユキヤくんってずるいっスよね」


 またそれ? 呆れてそれ以上何も言う気にならなかった。

 渋い顔をしたままのユウリと拗ねた顔のメロを見て、肩を竦める。


「ユキヤはユキヤでしょ。あんたとは違うんだから、そこで張り合わないで頂戴

それに……あたしは薔薇が好きだけど、好きなのは薔薇だけじゃないわ。あたしの好みの話ならあんたたちのが多分詳しいだろうし……まぁ、何かくれるなら貰ってあげるわよ。気に入れば、だけど」


 言ってて、なんであたしが何か貰う話になってるんだろう? と混乱してきた。

 けど、二人の表情が安堵したものになったので、これでいいということにしておく。


「喉が渇いたから早く戻るわよ」

「はーい」

「はい」


 笑って答えるメロとユウリ。揺れる日傘とコスモス。

 恐れていた『十月一日』、ゲームスタートの日。

 拍子抜けするくらいに平和で長閑な日になってしまった。

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