169.十月一日⑧
「だーかーらー! お嬢の部屋に飾るのになんでオレンジなんだよ!」
「なんでって……可愛いじゃないか」
どういうやり取りなのかしら。っていうか、静かに選んで切れないの?
二人はさっきからずっと言い合いをしながらコスモスを選んでいる。手元を見る限り、メロは赤と紫と黒いのを集めていて、ユウリはピンクに白にオレンジ、全然正反対の選び方をしていた。
こういうところにも性格が出るわね。単純に好みが違うのと、相手が選ばない色を敢えて選んでる気がする。……喧嘩のネタにあたしを使わないで欲しいけど、なんか楽しそうだから多めに見てあげるわ。
ちなみにあたしはオレンジ色も嫌いじゃないわよ。
花自体も別に嫌いじゃないし、ユキヤからもらう花束は毎回嬉しいし、二人の選んだコスモスがどういう形であっても嫌にはならない、はず。多分。
ぼーっと二人を眺めていると、ほぼ同時にコスモスを抱えて戻ってきた。
我先にって感じでやってくるものだからちょっと面食らっちゃったわ。
「お嬢、できたっスよ!」
「ロゼリア様、僕もできました」
揃いも揃って嬉しそうな顔をして、自分が選んだコスモスを見せびらかす。ボールを投げて取ってきた犬が尻尾をブンブン揺らしている姿が何故か重なってしまった。
か、可愛い……!!!
ユウリはともかくメロに対して可愛いという感情を持つ日が来るとは思わなかった。
思わず、口元を手で覆い隠して顔を背けてしまう。
今絶対変な顔してる……!
「……えっと、お嬢?」
「ロゼリア様……?」
二人の不思議そうな声がする。そりゃ「どう?」って聞いてるのに無反応じゃ変に思うのは仕方ないけど、それ以上にちょっと破壊力が強すぎた。
なんで二人ともこんな人懐こくあたしに笑いかけてくるのよ……!
あまりにも以前と違いすぎたのと、あたし自身に耐性がなくて挙動不審になってしまった。
気付かれないように静かに深呼吸をして表情を元に戻して、自分自身を落ち着ける。ニヤついてたら絶対に怪しまれるし、何よりもあたし自身がそんな顔を他人に見られたくない。
落ち着いたところで、しれっとした顔で二人を見つめた。
「何でもないわ。犬みたいって思っただけだから」
「犬……!?」
ユウリがショックを受けていた。まぁ、ユウリはペット扱いを嫌がってたから当然の反応。とはいえ、以前みたいな意味じゃないから勘弁して欲しいわ。
しかし、ユウリとは反対にメロはきょとんとした後でへらっと笑っていた。
「お嬢。おれ犬でもいーっスよ」
「は?」
「犬なら最後まで面倒見てくれるっスよね?」
メロがニコニコと笑って何でもないように言うから呆気に取られた。ユウリも似たような反応をしている。
別にそういう意味じゃない……っていうか、一生面倒見て欲しいって言ってる? 確かにメロだけ将来的にどうするのかは全然わからないけど、だからと言ってあたしの傍にずっと居続けるのもどうかと思うのよね。
小さくため息をついて、メロが選んできたコスモスに触れる。
「さっきの反応が犬みたいって話なだけで、あんたたちを犬だと思ってるわけじゃないわよ。
……ダークカラーでまとめたのね。いいじゃない」
メロが持ってきたコスモスは赤を中心に黒と紫。あたしの好みには合ってる。
褒め言葉にメロも嬉しそうにして「えへへ」と笑っていた。
「お嬢のイメージっス」
「あたしってこんな感じ?」
「今あるコスモスだけならね」
じゃあ他の花を混ぜるとどうなるんだろうって疑問が湧いたけど、なんかコイツに自由に選ばせたら食虫植物とか混ぜてきそうだから深くは聞かないでおこう。
あたしとメロが話している間、ユウリはちょっと拗ねた顔をして黙って待っていた。拗ねた顔が可愛くて、ちょっと笑ってしまう。
ユウリが持ってきたコスモスに手を伸ばすと、ちょっと心配そうにこっちを見つめてきた。上目遣い気味に見てくるから本当に加虐心をくすぐってくるのよ、ユウリは……!
「ユウリは──……可愛い感じにまとめたのね」
ピンク、白、オレンジ、黄色。明るくて華やか、オレンジと黄色のおかげでビタミンカラーって感じもする。
こういうのも別に嫌いではないのよね。っていうか、嫌いな花束って逆に難しいわ……それこそ食虫植物でも入ってない限りはどれも魅力的に見えるものじゃないかしら。
ユウリはあたしを見つめてにこりと笑う。
「お部屋に飾るなら明るい方が良いかと思いまして」
「それもそうね」
「あと、ロゼリア様にはこういうのも似合いますよ」
それは、どうかしら……?
はっきりした原色系が合うと思ってるからこういう可愛らしいパステルカラーは似合うと思わないのよね。だから、ユウリの言葉はちょっと意外だった。もちろん可愛い系統も嫌いじゃない。
花束とユウリとを見比べる。
すると、横からずいっとメロが割り込んできた。
「お嬢、どっちがいいっスか?」
「そうね……」
メロとユウリ。そして、二人が作ってきた簡易な花束を眺める。
あたし好みのダークカラーでまとまったもの。部屋が明るくなるだろうからと可愛らしく華やかにまとまったもの。
正直、どちらにも甲乙つけがたい。
日傘が落ちないように注意しながら両手を伸ばし、二人が持っているコスモスをまとめて受け取った。その行動にメロもユウリも驚いている。その反応がおかしくて、笑ってしまった。
「どっちも採用。この量なら花瓶に入るでしょうしね」
ハーフ&ハーフで決着。二つの花束を合体させてみる。右半分と左半分で全然雰囲気が違っててこれはこれで面白いわ。これを見るたびに今日のことを思い出すんだろうと思ったら変な気分になってしまった。
これはこれでいい形になったんじゃないかと思ってたら、メロとユウリはちょっと不満そう。
「何よ、その顔。両方ともいい感じだったわよ? 甲乙つけがたかっただけ」
「……いやー、お嬢におれの選んで欲しかったなーって」
「メロと同じレベルなのが、ちょっと……」
こいつら……。思わず呆れてため息が出ちゃうわ。
あたしは日傘、そしてコスモスが落ちないように持ち方を調整してから二人を交互に見た。
「……あのね。あんたたちが張り合うためにあたしをダシにするんじゃないわよ」
全くもう、とこれみよがしに呆れて見せた。
が、メロもユウリも目を丸くしている。何よ、その反応は。
二人は気まずそうに顔を見合わせてから、あたしの方へと視線を投げてくる。
「ロゼリア様、僕らは決して張り合いたいわけじゃないんですよ……」
「そーっスよ。……お嬢がいるから張り合ってるだけ」
「わけがわからないわ。結局のところ張り合ってるんでしょ? とにかく、張り合いたいならあたしのいないところで勝手にやって頂戴。あたしを巻き込まないで」
忠告の意味も込めて言っておく。事あるごとに張り合ってて話が進まないとか、場が混乱するとか、そんなことになってからじゃ遅い。
ただ、二人ともあたしの言葉を理解したとは言えない顔をしていた。
あたしの知らないいざこざというか、何かあるのかもしれないけど、あたしに言わない以上は関係ないのよね。
「善処は、します」
「けど多分むりっスよ。お嬢にいいとこ見せたいし、役に立ちたいし?」
「……何よそれ。それはあたしがいないところでもできるでしょ」
余計にわけがわからない。とはいえ、まぁ二人で勝手にやってって感じ。
メロの手が伸びてきて日傘を抜き取っていき、メロは花束を「お預かりします」と言って引き取っていった。
その時にそれぞれと目が合ったんだけど──やけに視線が優しいっていうか熱いっていうか、そんな感じで落ち着かなかった。




