168.十月一日⑦
庭に出ると、空気が少し変わっているように感じた。しかも天気がいいから秋晴れって感じ、ちょっとまだ暑いけど。
一歩出たところでメロが日傘をあたしの上に差す。以前だったら言わないとこんなことしなかったからなんか変な感じ。メロを見つめると、メロが不思議そうに首を傾げた。
「何スか?」
「わざわざ日傘を用意してくるのが意外だったのよ」
「え? それは、まぁ、色々? ──お嬢、日焼け嫌でしょ?」
ね。と笑いかけてくるメロ。日焼けが嫌なのは当然として、色々って何……。
ゲームだったらあたしはメロにもユウリにも嫌われてて、何なら殺したいほどに憎まれていたから、本当に二人の心境がよくわからない。以前よりも待遇は確実にマシになってるから「まぁいいか」とでも思ってるのかしら。メロが言っていたようにゲームとは違って、今の考え方や感じ方が違うからわからなくても当然だとは思う。
思うけど、それにしても不可解。
あたしはいずれ周囲の人間とは距離を置きたいと思ってるけど、周りがそう思ってなさそうなのがね……。
そんなことを思いながら庭の小道を歩くと、ユウリが先導してくれる。
「ロゼリア様、こちらです」
既に庭は秋の気配が濃くなっていた。
コスモス畑ができていたり、秋によく見る花が固まって咲いてたりする。あとはこの庭じゃないけど金木犀の花が咲いていて香りが風に乗って香ってきていた。
そして、ユウリが案内してくれた先に赤い薔薇が咲いていた。
開花時期なんて気にしたことがなかったけど、こんなタイミングで咲くこともあるのね。とはいえ、やっぱりちょっと早いのか三輪咲いているだけだった。春に見た薔薇よりも色が濃い気がする。
……たった三輪しかないのに、ここから切っていくのは勿体なくない? もうちょっと待ってたらもっと咲くだろうし、その方が見応えがあるでしょ。
そう思い、ユウリを振り返った。
「本当に持ってっていいって?」
「え? はい。そのうちもっと咲くだろうから、と……」
「──そう」
なるほど、そういう発想なのね。庭師がそう言うならいいかと思う反面、少ないところから取っていくのもちょっと気が咎める。どうせならもっと咲いてから選びたいわね。
「薔薇はいいわ。コスモスにする」
「え、よろしい、のですか?」
ユウリが何故か驚いていた。見れば、メロも「いいの?」と言う顔をしている。
あたしが薔薇好きだから喜ぶと思ったんでしょうね。間違いではないんだけど、どうせなら好きなものは大量に見たいというか、好きなものの中から更に選り好みをしたいというか……かなり我儘な言い分よね。でも本心なんだからしょうがない。
「だって今の状態じゃ選び甲斐がなさすぎるわ。もっと咲いてからにする」
「確かにそうですね……じゃあ、コスモスを切ってきます。何色がよろしいですか?」
コスモス畑は通り過ぎちゃったから、揃って少し戻りながらユウリが聞いてきた。
一口にコスモスと言っても結構種類があるらしい。定番のピンクや白、赤にオレンジ、紫に黒っぽいものまで。多分種類ごとに分けて植えてるんだろうなって雰囲気の花壇だった。
あたしはコスモスを前にして「うーん」と考え込んでしまう。単純に色を聞かれたら赤なのよね。でも赤だけじゃつまんないわ。
「ユウリ、任せるわ。いい感じに切ってきて」
選ぶのが面倒なのと、自分で選ぶと面白みがないからユウリに任せることにした。
予想外だったのか、ユウリはすごく驚いた顔をしている。
「ぅえっ……!?」
「お嬢。ユウリ、こういうののセンスないっスよ。おれが切ってきてあげるっス」
反対側からメロが笑いながら、ユウリから鋏を受け取ろうと手を伸ばしている。当然そういう言い方をされると面白くないらしくて、ユウリはムッとしてメロを睨んだ。メロは得意げに笑っている。
ユウリは無言で鋏を自分の胸元に抱き、メロがそれを奪おうと笑ったまま更に手を伸ばした。
「ユウリ、鋏貸せって」
「嫌だよ。僕が頼まれたんだから」
「だっておまえセンスねーじゃん」
「君にセンスがあるわけじゃないでしょ」
……あたしを挟んで変に張り合わないで欲しいわ。
正直どっちが花を選んでくれても構わないのに、ただ鋏をユウリが持っていたからって理由でお願いしただけだもの。
「ちょっと。刃物の奪い合いは止めなさい」
呆れて言うと、二人はピタリと動きを止めた。そして、揃ってあたしのことを覗き込んでくる。
何なのかしら、視線がやけにくすぐったいというか──これまでとちょっと違う気がする。何なのかしら……。
微妙な空気の中にいると、庭の奥からキキがやってきた。手には園芸用の鋏と少し枯れた枝を持っている。
キキはあたしたちの姿を見ると少し驚いた顔をする。そのまま屋敷に戻る予定だっただろうけど、こちらに方向えtん関して向かってきた。
あたし、メロ、ユウリの順番に見つめて、ゆるく首を傾げる。
「ロゼリア様、どうかなさったんですか?」
「ちょっと散歩よ。コスモスを部屋に飾ろうと思って……ユウリに切ってもらおうと思ったらなんか二人でモメてるの」
「そうだったんですか……」
キキは二人を見て「何やってんだか」という視線を向ける。当然、その視線を受けた二人は面白くなさそうな顔をしていた。その無言のやり取りがおかしくてちょっと笑いそうになってしまう。仲が良いのね、なんて言ったら揃って否定してきそうだけど、あたしからはそれなりに仲良さそうに見えるのよね。
ふと何かに気付いたらしいキキはメロの方に近づいて、自分が持っていた鋏を差し出す。
メロは不思議そうに首を傾げ、キキと鋏を見比べる。
「え? なに?」
「あげる。──ロゼリア様、どうせなら二人に切らせてみては? 気に入った方をお部屋に飾ればよろしいかと」
キキの提案に変な間ができた。
メロとユウリは互いの様子を窺い、結局メロがキキから鋏を受け取る。キキがちょっと笑ってるから、鋏を片付けるのが面倒だったんだろうな……。
ちょっとした気分転換のつもりだったし、こういうのもいいかも。メロとユウリのやり取りを延々見てるわけにもいかないしね。
「いいわよ。キキの提案通りにしましょう」
「楽しそうなので私もご一緒したいのですが、この後の予定もあるので……失礼します」
「ええ、ありがとう」
「失礼します」
そう言ってキキは去っていく。その後姿を見送り、ちょっとだけ名残惜しい気持ちになった。たまにはキキと過ごす時間も欲しかったから。
鋏を持ったメロとユウリは何故か睨み合っていた。犬や猫の喧嘩じゃあるまいし……。
ちょっとため息をついてから、軽く咳払いをする。すると、二人の視線がこっちに向いた。
「じゃあ、それぞれ部屋に飾る用にコスモスを切ってきて。気に入ったのを飾るわ」
一瞬何故急にこんな展開に──。と不思議に思ってしまった。散歩で気分転換のつもりだったのに。
って、そういえばゲームのルートでも似たような展開があったのを思い出す。もちろん相手はアリスで、選ぶのは花じゃなくてアクセサリーだった。三人で買い物に行った時にそんなイベントがあった。三つ巴みたいな展開もあって楽しかったのよね……。
思考が変な方向に飛んだところで、メロが申し訳無さそうに日傘を差し出してきた。
「お嬢、悪いんスけど日傘……」
「ああ、そうね。自分で持ってるわ」
日傘を受け取り、柄の部分を肩に当てた。
メロとユウリは話をしながらコスモス畑に入っていく。そんな二人の背中を見ながら、何とも言えずに気が抜けてしまった。
まさか、ゲームがスタートする十月一日がこんなに平和だとは思わないじゃない。
ひょっとしたらこのまま大したことなんて起こらずに平和に決着するのかもと思わせるには十分な光景だった。




