165.十月一日④
「……なんというか、お嬢様のそういうところは変わりませんね」
「そういうところって何よ」
「強情なところです」
思わず黙り込んだ。なんか失礼じゃない……?
強情って、以前に比べれば全然マシっていうか柔軟になったと思うんだけど!? 何を思って強情だなんて言うのかしら。
あたしの内心を悟ったのか、ジェイルが困ったように笑う。
「結局お嬢様が譲らない部分に関しては自分は折れるしかないので。……まぁ、強情さの中身も、自分が折れる理由も違いますが」
思いの外好き放題言うじゃない。
以前は、あたしが我儘を喚き散らして言うことを聞かせていた。とは言え、前のジェイルはうんざりした顔だったり完全に諦めた顔であたしの言うことを聞くか、完全に放棄するか。だからあたしの言うことに折れていたかというとちょっと違う。
今はあたしの意志を尊重するか、あたしの考えを組んだ上で納得してくれてる、と思ってる。
ジェイルの言う「中身も理由も違う」というのは納得。
けど、なんか釈然としないのよね。
「……ジェイル、それって結局あたしの我儘はそのままってこと?」
「今のお嬢様は我儘ではありませんよ」
「ならいいけど」
それって我儘って言わない? と思ったけど、ジェイルからすると我儘ではないらしい。ちょっと不思議な気分だわ。まぁジェイルが我儘だと受け取ってないなら、そういうことだと納得しておこう。
最近、我儘になってきたんじゃないかと心配だったからとりあえず良かった。
そんな風に安堵していると、ジェイルが何か言いたげにあたしを見つめていた。どうかしたのかと思い、首を傾げてみるとジェイルはどこか気恥ずかしげな表情をする。え、何?
「今のお嬢様の我儘なら気持ちよく聞けそうだと思っただけです」
「……本気?」
「恐らくは」
「何よ恐らくって。大体あんたはあたしの買い物にすら一日付き合えないでしょ」
そう言うとジェイルは黙り込んだ。こいつはあたしの買い物に一回付き合っただけでギブアップしたのよ。以前のあたしの態度はそれはそれは酷かったから、付き合えないのが当然なんだけどね。メロとユウリは拒否するという選択肢がなかったから付き合ってただけ。
そう考えるとメロとユウリにもかなり嫌な思いをさせてたのよね……。
今後は一人で買い物に行くようにしよう。自分が選んだものに賛同が欲しいけど店員で我慢する。
「今なら楽しく付き合えると思いますよ。お嬢様の買い物に」
黙り込んでいたジェイルは、何を思ったのかめちゃくちゃ真面目な顔をして言い放った。
今度はこっちが黙る番で、ジェイルの顔をまじまじと凝視する。
「何言ってんのあんた」
「ユキヤは楽しそうに付き合っていましたので……自分も大丈夫だと思っただけです」
「……あっそ」
何ともコメントしづらくてそっけない返事になっちゃったわ。
だってジェイルが買い物に付き合う姿が全く想像できないし、あたしの試着や服選びに付き合う図が思い浮かばない。以前は眉間に皺を寄せて腕組みして店外で待ってたのよ。そんな人間がまともに買い物に付き合えるなんて思わないわよ。
あたしのそっけない返事にもめげず、ジェイルはあたしを見つめて目を細める。
「いずれお嬢様の買い物にお連れください」
「……考えとくわ。──視察の件に話を戻すけど、あたしがもうちょっと倉庫街を見たいって言った場合の対応についてリミットやどう切り上げるのかを考えておいて頂戴」
「承知しました。パターン化してお伝えします」
「ええ、よろしく」
ジェイルが買い物についていきたいという奇特な発言についていけず、その話題は早々に切り上げた。
そして、南地区への視察の計画について注文をつけておく。当日その場でバタバタしてるとまずいしね、さっと切り上げられるようにしておくのも大事だわ。一応、今回はそこまで強情さを発揮するつもりはない。多分。ジェイルが「これ以上は無理」と言ったら、そこでちゃんと切り上げるわ。……じゃないと問題になる可能性がある。
とはいえ、隠し通路が見つからなかった場合のことを、あたしは考えておかなきゃ……。
「さて、と……そろそろお昼だし、これくらいにしましょう」
時計を見上げると、もう十二時を過ぎていた。
大体十二時半くらいが昼食なのよね。十時くらいにお茶の時間を取るから少しだけ遅い。今日のお昼は何かしら。こないだリクエストしたペスカトーレとちらし寿司がまだだからその辺りかしら。あ、でもハルヒトも何かリクエストしてたし、そっちが出てくるのかも。
書類を集めて机の上でトントンと整えてから立ち上がった。
「はい。──食堂に行かれますか?」
「ええ、キリがいいしね」
「食堂までご一緒します」
別にわざわざ付き合わなくてもいいんだけど、「要らない」と言うのも感じが悪いので「いいわよ」と頷いておいた。
書類を整え、机の上の一箇所に集める。一瞬だけ迷い、やっぱり引き出しの中にしまっておくことにした。あたしの執務室だから勝手に誰かが入って見るというわけじゃないんだけど、気持ちの問題よ。
椅子を元の位置に戻して歩きだすと、ジェイルがあたしの後をついてくる。
そのまま執務室を出るとジェイルが執務室の扉に鍵をかけてから、その鍵をあたしに手渡してきた。
「お嬢様」
「ありがと」
鍵をポケットにしまい、食堂に向かう。
あ、既にいい匂いがしてる。何の匂いかしら……。
「今日のお昼は何でしょうね」
「この距離じゃまだわからないわ。あんたも食べていくの?」
「はい、折角なので」
朝伝えておくと一応賄を出してくれるらしい。あたしたちが食べるものと同じメニュー、かと思いきや、材料が全然違うということで、メニューは別だった。そりゃ賄で高級な牛肉や蟹は出せないわよね……。
あたしの斜め後ろをついて歩くジェイルを軽く振り返る。
「あんたって辛いものは平気だったわよね?」
「はい、平気というか好きですね」
「っぽいわね。顔色一つ変えずに食べそうだわ」
「好きでも限度がありますよ。辛いものはユキヤの方が得意で──」
そんな話題を出したのはスパイシーな香りが漂ってきたから。っていうかユキヤが辛いものが得意だとは思わなかったわ。
短い距離だったけど辛いものについてあれこれと話しをしながら歩いているうちに食堂についた。
食堂の前でジェイルは立ち止まり、あたしが中に入るのを見届けてから去っていく。それを肩越しに見送ると、中で準備をしていたメイドがちょっと慌てて寄ってくる。
「ロ、ゼリア様! まだ準備が──」
「ごめんなさいね。ちょっと早く来ちゃったわ。……待ってるから気にしないで。水だけくれる?」
「はい、少々お待ち下さい」
申し訳無さそうな顔をしたメイドにひらひらと手を振って水をお願いすると彼女はすぐにグラスと氷水の入ったピッチャーを持ってくる。
あたしはその間に定位置について一息ついた。
席につくと、メイドはグラスに水を注いでテーブルの上に静かに置く。彼女が下がったのを見届けてから、グラスに手を伸ばした。ゆっくりと口につけて冷たい水を飲む。
厨房から漂ってくる香り──これは間違いなくカレーだわ。
自分のリクエストじゃなかったことに残念な気持ちになっていると、入口からハルヒトが入ってきた。
「あれ? ロゼリア、早いね」
「……ハルヒトも早いじゃない」
「今日はオレのリクエストでカレー作ってくれるって聞いたから、ついね」
機嫌良さそうにやってきて、あたしの正面に座るハルヒト。これも定位置。
ハルヒトがやってきてからというもの、よほどのことがない限りは二人で食事を取るのが日課。




