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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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164.十月一日③

 話に一区切りついたところでテーブルの上の片付けをするアリスを見つめる。

 これまで話がややこしくなるからと思って黙ってたけど、いい加減ケリをつけたい話題があった。今なら二人きりだし、執務室とは言え、誰かがノックもなしに入ってくることもないんだから聞いておこう。


「ねぇアリス」

「はい、なんでしょうか……?」


 カップとお皿をトレイの上に乗せて持ち上げ、こちらを見るアリス。


「あのね、……前にデパートに行った時、襲われかけたじゃない?」

「は、はい。そうですね」

「……その時の言い訳が、メロの言葉のままになってるのよね」


 アリスがぽかんとする。

 『ゲ●を見て気持ちが悪くなって帰った。そして熱を出した』ということになってるのよ。

 あの時のことはアリスから口止めされているし、誰も詳しく聞いてこなかったからメロの言った言葉がそのまま真実っぽく語れている。あの時一緒にいた人間はそれを真実だと真に受けているとは思いたくないけど……聞いてこないってことは、それで納得してるんじゃない?

 屋敷の人間は前提は聞かされず、『途中で体調を崩したから帰ってきた』と聞かされている。

 アリスのこと、あたしを狙う誰かがいることを公にしたくなくて黙ってたけど……いい加減なんとかしたい。


「そ、れは……あの、申し訳ありません」

「いいの。あんたが自分のことを知られたくないというのもわかるし、……けど、いい加減何があったかは話したいのよ、周りに。けど、南地区に行く前に話してしまったら、絶対に視察は中止されるからその後ね」


 身の危険を感じてすごく怖かったというのもあるんだけど、行動制限がかかるのが嫌で黙っていたという一面もある。南地区への視察が終わったら、行動に制限がかかることは我慢するつもり。

 あたしの話を聞いたアリスは視線を伏せて考え込んだ。その末に、顔を上げて小さく頷く。


「わ、かりました。そのことも踏まえて、上司に相談します。……視察の後、上司を含めた打ち合わせの時間が取れるなら、そこで話ができるように調整できればと思っています」

「わかったわ。よろしくね」

「はい、では失礼します」


 そう言うとアリスは頭を下げる。食器を持って執務室を出ていった。

 パタンと閉まる扉を見つめてため息をつく。


 相談の件、結構気軽に引き受けちゃった気がするけど、大丈夫かしら? まぁなるようにしかならないか……。全く想定してなかったイベントだったとは言え、何かしら情報が入ってくるなら無視もできないから、条件をつけたのは悪くなかったと思う。多分。

 その件は一旦頭の隅に追いやり、南地区への視察の計画書を引き寄せた。

 スケジュールや細かい調整はジェイルとユキヤがまとめてくれている。とりあえず、当日は普通の格好で出かけて、外で変装をして、南地区に向かうという寸法になっている。所要時間は一時間程度。あんまり長時間ウロウロしているとすぐに目をつけられてしまうらしいから、目的のGの8番倉庫周辺をグルっと回って終了という計画。……正直もう少し時間が欲しい。

 Gの8番倉庫を中心に作り変えられていて、周辺の倉庫もカモフラージュの一環で手が加わっているはずなのよね。

 隠し通路があるから、それを見つけたい。ゲームの時もそこを使ってたから役に立つわ、きっと。 


 ゲームの中だと十一月十一日にロゼリアの罪がほぼ確定して、どうやってロゼリアを始末するかという計画に入る。これがルート分岐日なのよね。

 現時点であたしは既に関与してないけど、このあたりの動きはアキヲも変わらないと思う。あたしの離脱で多少ズレは出ているにしても、計画がそれまでに中止されないんだったら十一月中旬くらいには準備は整ってるんじゃないかしら? あとはオークションの招待状を出したり、悪いことの実行段階に入っている、と思う。ただの想像だけど!

 そこを押さえてどうにかできたらなーと思ってるんだけど、現時点ではいい案は思い浮かばないわ。


 やれやれと肩を落とす。何かにケリをつけるって面倒なのね。

 でも、ここでちゃんと終わらせられれば、あたしの寿命は伸びるはずなのよ。殺されるという運命からきっと開放される、と思いたい……!

 なんてことを考えていたせいで、ノックの音に気付くのが遅れてしまった。

 書類を置いて顔を上げる。


「入っていいわよ」

「失礼します」


 返事をするとジェイルの声が聞こえてきた。ちらりと時計を見ると十一時前だった。

 ジェイルは扉を静かに開けて入ってきて、執務机で書類を触っているあたしの傍までやってくる。


「お嬢様、おはようございます」

「おはよう」


 おはようって時間でもない気がするけど、突っ込むのも野暮よね。

 ジェイルは自宅から出勤していて、以前までは椿邸に来るのを嫌がって本邸の方に入り浸っていた。あたしが南地区のことに本腰を入れるようになってからは必ず午前中には執務室に顔を出すようなルーチンになっている。周辺の見回りとか、本邸に寄って打ち合わせや申し送りなんかをすることもあるから、時間はまちまち。特にこれという仕事がない時は庭で訓練してるわ。

 そういう意味では、行動パターンが一番変わったかもしれない……。

 ゲームの中では近くにいるのに会うのが面倒な攻略対象だなぁと思ってたもの。


 ジェイルはあたしの指先が触れている書類に視線を落とす。それは南地区への視察スケジュールと概要その他がまとめられた計画書だった。


「計画書に何か不備でも?」

「いえ、不備はないわ。これで大丈夫だと思う」

「気掛かりがあれば遠慮なく仰ってください」


 言われて、再度計画書に視線を落とす。

 遠慮なくと言われても、内容によってはジェイルがいい顔しないのがわかってるのよね。そもそも視察自体に反対してた人間だし……とは言え、あたしがそんなことで怯んでいてはいけない。

 あたしはスケジュールのところの、所要時間のところをトントンと指さした。


「ジェイル、視察時間は実質一時間よね?」

「はい。自分も以前周辺を歩きましたが、見て回るだけなら三十分程度で済みます」

「もうちょっと見たいだろうから一時間ってことね」

「そうです。──作業員に扮するので、同じ場所にいられるのはそれくらいが限度だと見ました」


 言ってることはわかる。変装をするとは言え、理由もなくウロウロしている人間がいたら怪しい。しかも一箇所で何か探してたりしたらもっと怪しい。


「……当日、あたしがもう少し時間が欲しいって言ったらどうする?」


 聞いてみるとジェイルは考え込んでしまった。

 当日の動きはあまり変更したくないわよね。とは言え、目的のものが見つけられずに「もうちょっとだけ」とあたしが言い出す可能性は有り得る。ゲームの中では文字情報だけだったし、目で見てわかるレベルじゃない可能性が高い。倉庫街のことを伝えた時のように情報を伝えればいいってわけじゃないし……。

 考え込んだ末に、ジェイルは困り顔で口を開く。


「可能な限りご希望には応えますが……状況を見て、ですね」

「わかったわ」


 絶対に一時間、と言われないだけマシだと思おう。

 笑って答えたところで、それまで正面に立っていたジェイルが机を回り込んで近づいてきた。なんだろうと思って首を傾げていると、あたしのすぐ横までやってくる。


「……お嬢様。本当なら、あまり外出はしていただきたくありません」

「でしょうね。わかってるわよ」

「自分が五月蝿く言うのはお嬢様の身を案じているからだと……ご理解いただけますか?」

「ええ、わかってる」


 ジェイルの視線を真っ向から受けて、きちんと見つめ返した。

 そういう意味では申し訳なく感じている。あたしのやりたいこととジェイルの駄目なことがぶつかってて、ジェイルは折れるしかなかったんだから。


「これ以上は無理、ってラインは必ず守るから」

「必ずですよ。お嬢様」


 ジェイルは諦め半分という顔で少しだけ笑う。

 ……本当に表情豊かになったわね。以前だったらこんな風に笑うところなんて絶対に正面から見れなかったわ。

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