159.オフレコ㉒ ~in廊下Ⅱ~
応接室の前の廊下。ロゼリアに追い出された四人はそのまま廊下で待機していた。
誰も別室に移動するという発想がないらしく、廊下で思い思いに過ごしている。メロが前回のように扉に耳を押し当てるなどという真似はしてなかった。それだけでユウリはホッとしてしまう。
「前もこんなことあったな、そう言えば」
「ユキヤさんがロゼリア様に時間が欲しいって言った時だね」
壁に背を預けて、ずるずると下がっていくメロに合わせて視線を下げていく。メロはその場にしゃがみこんでしまった。ヤンキー座りとでも言えばいいのか、あまり行儀の良い状態とは思えないが、誰が見ているわけでもないし面倒だったので放っておいた。
ジェイルは応接室の扉のすぐ横の壁に背を預けている。腕組みをし、やや険しい表情をしている。あの場では大人しく部屋を出ていったものの、やはり気になっているようだ。
ノアはユウリの隣で大人しくしていた。どうも今日は元気がないように見える。
「っていうか、お嬢ってユキヤくんに対して甘くない?」
メロが応接室の扉を見つめたまま不満げに漏らす。独り言のような、周囲に同意を求めているような、微妙な言い回しだった。
ユウリは思わずジェイルと顔を見合わせる。ノアは「そうかな?」と言いたげに首を傾げた。もう諦めているのか、メロが「ユキヤくん」と呼ぶことに文句を言わない。嫌そうな顔はしたが。
「……ユキヤさんの協力がないとコトが上手く進まないから、ロゼリア様なりに気を遣ってるんじゃない? ユキヤさんの父親が絡んでるっていうのもあるし……」
「いや、そうじゃなくてさー……ユキヤくんって明らかにお嬢の好みから外れてんのに、なんか……なんっか……」
メロが眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。しっくりくる言葉が思い浮かばないらしい。
確かにロゼリアの男の好みとは全く違うし、以前までなら気に掛けることすらしないタイプだったろう。なのに、かなり気にしているようだ。てっきり南地区絡みだからとそこまで意識はしてなかったが、違和感があると言われればそうだ。
しかし、そこまで気にするようなことだろうかと首を傾げたところで、下の海から上がってきたらしいハルヒトが姿を表した。
「確かにユキヤに対しては何か思い入れみたいなものを感じるよね、ロゼリアって」
「は、ハルヒトさん!?」
「ごめんね、面白そうな話だったから、つい」
驚いて声を上げてしまう。ハルヒトは少し申し訳無さそうにしてからひらひらと手を振った。
そして応接室とその前の廊下でたむろしている四人を順に見つめる。
「ふーん、ロゼリアとユキヤが中にいるんだね。──何の話をしてるんだろう?」
ハルヒトの問いかけに緩く首を振った。他の三人も知らないので首を振るだけだ。
どうやらハルヒトはロゼリアが出てきたと思ってやってきたらしい。残念ながらロゼリアはまだユキヤと話をしているので目論見が外れたことになる。
ユウリは少し考えた。
ハルヒトの口にした『思い入れ』。言われてみるとしっくりくるかもしれない。
メロの言う「なんか……」に続く言葉も、ハルヒトが言った『思い入れ』が近いのではないだろうか。そう思い、メロを見下ろしてみると「思い入れ……」と呟いている。そして、諦めたようにため息をついていた。
「はー、確かに思い入れっていう言葉がしっくり来るかも」
「でしょ? 前みたいにデートしたり、こうやって一対一で時間を作って話をしたり……ちょっと手厚いよね。理由はわからないけど」
「お嬢の好みが変わったかと思ったんだけど、ノアを見てる限りそうでもなさそうだしなー……」
「えっ!?」
不意に名前を出されたノアはぎょっとした。思わず視線を向けてしまう。
ノアがロゼリアの好みなのは疑いようもない。可愛くてちょっと儚げな美少年というのが昔から大好きだった。ユウリもその枠に入るらしく、顔だけは好みだと言われている。性格はいまいち合わないところがあるけれど。
「ノアがいるからだったりして」
「──いい加減にしないか」
メロが茶化すようにノアを見ながら言ったところで、ジェイルが不機嫌そうにストップをかけた。メロがうんざりした顔でおしゃべりを止め、ユウリとハルヒトはぎゅっと口を閉ざした。
ジェイルがギロリとメロを睨む。視線を向けられたメロが呆れたようにため息をついていた。こういう場合、真っ先にジェイルから何かを言われるのはメロだ。失言をするのが一番多いというのもある。
「花嵜、お前は」
「へいへい、わかってるって! こんな話をこんなとこでするなって言うんだろ?」
「わかってるなら──」
「っだーもう! うるせーな、ちょっとくらいいいだろ! おまえだってお嬢がユキヤくんに甘いの気に入らないくせに!」
「お嬢様がそうしたいと決めたのだから仕方がない」
気に入らないのは否定しないんだなと話を聞きながら思った。
ノアは自分の主人の話題だからか落ち着かないようだ。決してユキヤ本人を責めているわけでもないし、悪いところがあるわけでもないのだが、口を挟みづらい話題であることには変わりがない。ノアがいる前でこんな話をしてしまうのは浅慮だったと反省をする。
そんなユウリの心境に気付かず、ジェイルがユウリに視線を向けてきた。
「真瀬も。花嵜に好き勝手に話をさせるんじゃない」
「は、はい。申し訳ございません……」
反論もできず、ただ頭を下げた。気になる話題だったからと放置してしまったのはよくなかった。
ジェイルとのやり取り後、廊下の真ん中にいるハルヒトがきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、ジェイルへと視線を固定した。ジェイルは不思議そうに瞬きをする。
「あれ? ジェイル、オレには何もない感じ?」
「……何も、とは?」
「気をつけろとか口が過ぎるぞとか……」
首を傾げるハルヒトを見てジェイルが固まってしまった。メロがこっそり吹き出している。
メロが話していた話題を広げてしまったのはハルヒトである。確かに一言あってもよさそうなものだが──と思い、ジェイルの様子を窺うが、ジェイルは重々しくため息をつくだけだった。
「自分からハルヒトさんにそんなことは言えません」
「あ、そうなんだ……」
あからさまにがっかりするハルヒトがおかしい。小言を言われるなんて絶対に避けたいだろうに、ハルヒトは期待していたのだ。ロゼリアだったら絶対に嫌そうな顔をするところなので、二人の対比を考えてしまうと余計におかしかった。
ハルヒトは世間ズレをしている。友人関係に憧れがあるからか、今のジェイルからの小言が欲しかったようだ。友人関係に今のような会話があるかどうかはさておき、自分から話に入っていったのに注意されないのが不満らしい。変な人間である。
がっかりするハルヒトを見たジェイルが逡巡の後に渋々口を開いた。
「……ハルヒトさんも、あまり花嵜の話題に乗らないようにしてください」
「! うん、気をつけるよ」
ぱっとハルヒトの顔が華やぐ。やっぱり変なのと思っている傍で、メロが「なんでおれの名前を出すんだよ』とグチグチ言っていた。何か悪いことをあるとすぐに自分の名前が出るのが嫌なのだろう。自業自得だとは言わないでおいた。
そして、ハルヒトが何を思ったのかノアの前に移動する。
緊張を見せるノア。こわごわとハルヒトを見上げていた。
「──ノア、ごめんね。君にとっては面白い話題じゃなかったよね」
ノアはハルヒトを見つめて目を見開き、固まってしまった。しばらくハルヒトを凝視していたが、はっと我に返ってぶんぶんと首を振る。
「い、いえ! ぼくは──……。……あの、ロゼリア様は、ユキヤ様の様子がおかしいのを察してくださっただけだと思うので……皆さんが気にされるようなことじゃない、と思います……」
途中で言い淀み、視線を落としてぼそぼそと話す。
そこでノアを除く全員が顔を見合わせてしまい、「ユキヤの様子がおかしかった?」という事実を知ったのだった。




