16.牽制の仕方
「……あった!」
自室の執務机の中。充電の切れた携帯電話が転がっていた。
買ってもらってからそんなに時間も経ってないから使えるはず……今は充電が切れちゃって電源もつかない状態だけど。一緒になって押し込まれていた充電ケーブルもあったので何とかなりそう。
あたしは執務机の上に伸びている電源にケーブルを繋いで充電をはじめた。一応電源ランプもついているし大丈夫そう。
「ジェイル、充電出来たら渡すわ」
「承知しました。使ったことがないので、説明書があると助かります」
「えぇ、と……あ、あった。これね」
やや分厚い説明書を引っ張り出して、傍で待っていたジェイルに渡す。
それを横で眺めているメロが何だか面白くなさそうな顔をしていた。
「……何よ」
「いいなーと思って……お嬢、まだ携帯電話持ってたっスよね? おれも欲しいっス」
こいつ……!
あたしと同じ気持ちなのか、ジェイルが説明書片手にメロを睨んでいた。仮にも主人っていうか命令を聞くべき相手にこの態度ってどうなの? 前々から思ってたけど、こいつ本当に失礼すぎる。前までは「まぁメロだし、これくらい可愛いもの」って思ってたけど、最近やけにムカつく。
あたしはこれみよがしにため息をついてから、メロの胸元を引っ掴んで自分の方に引き寄せた。
「ぅおっ!? え、な、なんスか」
「こっちのセリフよ……あんた最近ちょっと調子に乗ってない?」
「の、乗ってない、乗ってないっスよ! やだなぁ、お嬢ってば! ……ただ、これまでずっとジェイルのことウザがってたのに、最近妙に扱いがいいし、おれのことは傍に置いとくのに邪険にするしで……面白くないんスよ。携帯も貸しちゃうし」
今までと違うんだから当たり前でしょうが。
と、言ったところでメロにはあんまり響かなさそう。
ジェイルはようやく伯父様の意に沿う行動ができてるけど、メロはこれまでよりずっと自由じゃなくなってるのよね。それは理解しててもメロはやっぱり自由にしとけないのよ。
ジェイルが説明書をぺらぺらと捲りながらわざとらしくため息をつく。
その反応を見たメロは、あたしの時と違って口元をひくつかせてた。……仲悪い。
「お前は今回の件に関しては役に立ってないからな」
「はァ~? おまえなんて言われたことやってるだけじゃん。デカい面すんなよ」
「俺は俺の仕事をやっているだけだ。信用のないお前とは違う」
「ちょっと。喧嘩するなら出てってくれる?」
そう言うと二人はそれ以上の言い合いを止めた。
この場合、ジェイルが喧嘩を売って、メロが喧嘩を買ったことになるのかしら。よくよく考えるとジェイルも仏頂面だけど、案外感情が外に出やすいっていうか態度や視線は雄弁なのよね。
ジェイルは説明書を閉じてからあたしに向き直る。
「お嬢様、アキヲ様への連絡はどうなさいますか? 早い方がいいと思いますが」
「そうね。これから連絡するわ」
「それなら自分が」
「あたしが直接連絡した方がアキヲへの牽制になるでしょ?」
にやりと笑って見せるとジェイルが困った顔をした。
横でメロが少し首を傾げる。
「お嬢が連絡すると湊代表がビビるのはわかるっスよ。でもさ、お嬢が直で連絡すると変な誤解されるかもしれないし、……計画続行の内緒話とか? ジェイルに連絡させて、取り次がせた方がいいと思うっス」
ある意味でメロのまともな意見にあたしは驚いた。ジェイルもメロを見て何とも言えない顔をしている。
……こう、メロって本当に頭軽そうだし、「3×9? 29くらい?」って言うくらいに勉強はできないんだけど、結構色々気が付くのよね。
自分があたしの目を盗んでこそこそと悪いことをしてるから、悪いことしてる立場になって考えられるのかもしれない。そこまで考えてない説があたしの中では有力。
メロの言葉を受けて、ジェイルの意見を求めるべく、じっと見つめてみた。
ジェイルは困った顔のままあたしへと視線を返す。
「……花嵜の意見に同意するのは癪ですが、おおむね同意見です。ロゼリア様からアキヲ様への直接の連絡は避けた方が賢明かと……」
「癪ってなんだよ」
「最終的なご判断はお嬢様にお任せします。……しかし、できる限り誤解を招く行動は避けて頂きたいのが本音です」
間に入ったメロのツッコミを無視してジェイルが自分の意見を言う。
なんかこれまでの言動のせいで、あたしが単独で動くのって思いのほか駄目なのね。ユキヤへの協力のこともあって、何でもかんでもあたしが前に出た方がいいと思ってたけど、案外そうじゃないのかも。
「あとさ、ジェイルが必ず間に入るって湊代表にわからせた方が良いっスよ。要は、お嬢とこそこそ内緒話できないし、お嬢を巻き込んで計画続行は絶対無理って思ってもらわないと」
またもメロが口を挟んでくる。
あたしはジェイルと顔を見合わせてしまった。
……これってやっぱり悪いことしてる下っ端の考え方じゃない? あたしの勘違い?
最近、ちょこちょこメロが口を出してくることがあるけど、ジェイルや他の人間が言い辛いことを言うし、いちいち納得できることもあってちょっと見方が変わったかもしれない。
頼りになるとは言えないものの、意見は聞いておきたいっていうか……。
あたしにとってはありがたい発見? 変化? だわ。
「メロ」
「はいっス」
「あんたの言うことも一理あるわ。──ジェイル、今後アキヲに連絡する時とか、アキヲから連絡があった時は必ず間に入ってくれる? でもそうね、……アキヲに限らず、怪しいと思ったら間に入って頂戴」
「承知しました」
ジェイルがしっかりと頷いた。
ここ最近ジェイルもあたしの話をちゃんと聞いてくれるというか、色々と考えてくれてる気がする。前のあたしと比べたらマシには違いないから、多少信用されてると思ってもいいのかしら。
これまでとか、この話が始まるまでにあれこれとジェイルに頼んだ時は「はぁ、(承知したくないけど)承知しました」みたいな微妙な感じだったし……。
今日、ユキヤと話をしたのもよかったのかもしれないわ。
少しずつでも、デッドエンドから遠ざかっていると思いたい。
でもゲーム内じゃないからルートの進捗とかわからないし、そもそもゲーム自体が始まってるタイミングじゃないから探り探りやるしかない。
「では、今からアキヲ様に連絡をしてみます」
「そこの電話使って」
「はい、お借りします」
執務室にはあたし用の子機がある。親機は別の部屋。
ジェイルは受話器を取り、登録済みのアドレス帳から『湊アキヲ』を探し出してボタンを押していた。こういう時に怯まないのもジェイルのいいところよね。
電話が繋がり、ジェイルが二言三言話したところで、あたしを見て首を振った。
「……はい、承知しました。それでは、アキヲ様がお戻りになられたら椿邸までご連絡頂けるよう伝言をお願い致します。はい、……はい、失礼いたします」
そう言ってジェイルは電話を切ってしまった。視線を伏せて溜息をつく。
子機を元の場所に戻して、あたしを見つめた。
「お嬢様、アキヲ様は現在外出中のようです」
「ふぅん? 本当かしらね」
「流石に電話だけはわかりかねますが……もしかしたら連絡は明日になるかもしれないとのことです」
「わかったわ。とりあえず、折り返しを待つ」
そこで話は一旦終了。
あたしはジェイルとメロを解放した。
 




