157.幸せって?②
あたしは一仕事終えたような気分になっていた。ユキヤの悩みを聞き出せたからね。解決はしてないものの、ちょっとは前向きになってくれたみたいだし……よかった。多分よかった。
ノアも気にしてたみたいだし、後でちょっと話をして注意して見ててもらおう。南地区に戻ってまた落ち込んでたら悲しいし、そうなったら教えてもらえるようにしたいしね。何かあればすぐに電話をして話を聞けるようにしておきたい。あたしに何ができるってわけじゃないけど……!
あ。襟を掴んじゃったから距離が近くなってる。
ちょっと安心できたし、ユキヤから距離を取らなきゃ……。
「──そう言えば」
ユキヤが思い出したように呟く。気恥ずかしげに視線を伏せてから、どこか楽しそうに笑った。他に何かあったのかしら。
何かと思ってたらユキヤは驚くことを口にした。
「あなたと買い物に行った時も楽しかったです」
「え?」
「ああいう機会はなくて……服を楽しそうに選んだり、試着をするあなたを眺めているのも楽しくて……」
固まってしまった。
買い物だなんてユキヤが好きそうに思えない。あの時は周囲の客も少なかったから、人混みの中を歩くような煩わしさがなかったからかしら? ……いや、でも、あたしの買い物に付き合うのって周りの人間は大体嫌がるから、違和感のあるセリフだわ。
本当かどうか、好きそうに見えないけどどういうつもりかってことを聞こうとしたところで、ソファに置いた手にユキヤが自分の手を重ねてきた。
今度は別の意味で固まってしまった。
「……そ、そう、なの?」
声が少し裏返ってしまった。だって、手が……!
いやいや、他意はないはずよ。他意は。あんまり考えちゃダメ。
元々ストーリーにはなかった出来事だし、トラブルを楽しむような感じだったに違いないわ。……『九条ロゼリアとのデートを楽しむ湊ユキヤ』はどう考えても解釈違い。実際にデートをしちゃったのはあたしなんだけどね。
ユキヤが手を退ける気配はない。そろーっと手を抜こうとするんだけど、何故か手を掴まれてしまった。
「はい。買い物は一人で行くことが多いんです。その方がゆっくりと選べるので……」
「へぇ、あたしとは逆ね。あたしは誰かを連れて行って、自分の選んだものに賛同してもらってから買いたいから」
なんでもない顔をするけど、表情を維持するのが困難……! ユキヤのことは好きなんだけど、この状況に対して『前世の私が』とてつもない拒否反応を示している。脳内で「ユキヤが手を繋ぐのはアリスだけ! 引っ込め、ロゼリア!」って騒いでる。あたしだって好きでこんなことになってるわけじゃないわよ。
……っていうか、あたしってまた横暴なこと言ってない?
賛同してもらってから、って……「賛同”させて”」の間違いよ、実際は。ジェイルは最初の一回だけ付き合って後はあたしの買い物には付き合わなくなったし、メロとユウリは「すごく似合うっスよ」「素敵ですよ」としか言わないマシーンになってたし、周りの人間からしたらいい迷惑だったわよね。あたしの買い物。
最近我慢が緩んできたのか、素の性格が出てる気がする。
まずい。もうちょっと自制しなきゃ……でも、周りとの関係性がよくなったからか、ついつい口が滑る……。
そう思い、余計なことを言わないように自分を戒める。
「そうなんですね。……俺ならいくらでも賛同しますよ」
「滅多なこと言うもんじゃないわ。──ジェイルたちのうんざり顔を知らないからそんなことを言えるのよ」
「はは、ジェイルのうんざりした顔には興味があります。……俺は、あの時間が満喫できなかったのが心残りなんです」
嫌だわ、そんなこと言わないで欲しい。っていうか、こんなのなんて答えろって言うのよ……。
気の迷いよって伝えなきゃ。ホラー映画が怖すぎて笑っちゃうみたいな現象に違いないんだし、『ロゼリアとのデート(買い物)』が楽しかったなんて錯覚を認めるわけにはいかない。
推しの幸せを願うものとして、どうにかアリスルートに向かわせたい。
「あたしもだけど、落ち着かない日々が続いてたでしょ。計画のうちとは言え、外に出て日常に触れて……気が抜けたからそう思うんじゃない?」
笑顔を作って言う。ただの気の迷いだって気付いて欲しい。後で思い返して「大したことなかったんじゃ……?」って思って欲しい。
そんな気持ちを込めると、ユキヤはちょっと驚いた顔をした。
そして、何を思ったのか、しょうがないなぁと言いたげな顔をして笑う。ちょっと困っていて、それでいて寂しそう。
若干胸にクる笑顔だったけど一旦スルー!
「あの時はあたしも久々に買い物ができてたのかったから、一店しか回れなかったのは心残りよ。落ち着いたら時間を作って丸一日がっつり買い物をするつもりよ」
「ロゼリア様」
一人でね。と、付け足そうとしたところで、ユキヤがあたしの名前を読んだ。
これまでやんわり握っているだけだった手を、ぎゅっと握りしめられて流石に動揺する。
「ちょ、ユキヤ、手を──」
「俺のお願いを聞いてくれたら離します」
ひく。と口の端が動く。な、何なのよ、急に。
推しと急接近したら喜ぶものなのかもしれないけど、あたしはそうじゃない。絶対にアリスとくっついて欲しい派だから、ユキヤの想定外の行動に驚いてるし、何ならそれ以上にちょっと苛立っている。
なんでこんなことしてんの!? って、本当なら声を荒げたい。
けど、意味不明すぎるし、今はユキヤのケア? をしたいから、そうしないだけ。
自分を落ち着かせる意味も込めてゆっくりとため息をついた。
「わかった。……何よ、お願いって」
「この件が落ち着いたらもう一度買い物に行かれるとおっしゃいましたよね?」
「言ったわ。それが何?」
「もう一度、俺も同行させてください」
「は?」
変な声が出てしまった。
お願いが予想外過ぎて、まじまじとユキヤを見つめてしまう。ユキヤは照れくさそうに笑った。
「さっき言ったように心残りなので……要はリベンジをさせて頂きたいのです」
「……それは、別にいいけど。丸一日よ?」
「ええ、大丈夫です」
少しも悩まずに答えるユキヤ。……丸一日よ? メロもユウリも「うげぇ」って顔するレベルよ?
「本気?」
「本気です」
しばし沈黙。変な顔をしたあたしと、にこにこと笑うユキヤが見つめ合う結果になった。
あたしの買い物に付き合いたがるもの好きがいるとは思わなかったわ。
「……わかったわ。落ち着いたらね」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、あんたもジェイルみたいにうんざりした顔をするかと思ったら楽しみになってきたわ」
一回だけだもの、それでユキヤが納得するなら良しとしよう。
丸一日あたしの買い物に付き合えば現実が見えるかもしれないし、何なら本当にジェイルみたいにうんざりした顔をするかおしれない。けど、人当たりの良いユキヤがそういう顔をするのは全く想像ができない。
「流石にそんな顔は……。あ、お願いを聞いて頂けたので、手は離しますね。勝手に握ってしまって失礼いたしました」
そう言ってユキヤは手を離した。
あたしはソファから手をさっと退けて一息つく。心底ホッとしたわ、手が離れて。
はー、やれやれって感じ……。
「全く。……手くらいで騒ぐつもりはないけど、どうしてみんな最近こうも手を触りたがるのかしら……」
「え? それは誰」
「何でもないわ。ただの独り言よ、気にしないで頂戴」
うっかり愚痴が。だって最近やたらと手を触るんだもの、驚くじゃない。他のところを触られたら、それはそれで困るから手くらいなら別にいいんだけど……。落ち着かないのよね。
あたしの愚痴を聞いたユキヤは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、あたしが言葉を遮ると何とも言えない顔をした。ちょっと拗ねたみたいな。
何なのよ、その反応。




