154.心配事①
どうにもユキヤの様子がおかしい、ような気がする。こないだ電話をした時はアキヲの処遇の件で悩んでるって言ってたけど、それだけじゃないんじゃないかしら。
人の感情を安易にゲームと繋げちゃいけないと思う反面、やっぱりユキヤの父親に対する複雑な感情は何をどうしても発生してしまう気がする……だとしたら、話を聞いておきたい。ただ、話を聞いたところであたしに何かできるとも思えないのよね。ゲームでアリスがそうしていたように、上手く慰めたり寄り添うスキルなんて皆無だもの。
そんなことを考えていたせいで、あたしはユキヤのことを見つめてしまっていた。
ユキヤが不思議そうに、それでいてどこか居心地悪そうな視線を返してくる。
「あ、あの、何か……?」
「何でもないわ。──お茶も冷めちゃってるわね、変えさせるわ」
「ああ、手もつけずに申し訳ございません。勿体ないのでこのままいただきます」
あたしは話をしながら適宜お茶を飲んでいたけど、ユキヤはずっと手を付けなかった。すっかり冷めてしまったであろうお茶を指差すと、ユキヤはあたしが次の行動を起こす前にティーカップを手に取る。
ユキヤにアキヲとのことを聞きたいけど、この場じゃ聞けない。
流石にデリケートな話題だもの、こんなところで聞く気にはなれないわ。
そんなことを考えてから、あたしはジェイルたちを振り返った。
「あんたたちもお茶を飲みなさい。冷めちゃってるけど。あと今更だけど座って」
「いえ、」
「ラッキー。喉乾いてたし、お茶もらうっスよ」
ジェイルが立ったまま断ろうとしたのに被せてメロが意気揚々とあたしの隣に移動してきてお茶に手を伸ばした。最初に座るように言えばよかったんだけど、……本当に忘れてたのよ。立たせたままで悪かったわ。三人とも別に気にしてないっぽいのが幸いね。
ジェイルとユウリがジト目でメロを見、揃ってため息をついた。
「では、失礼します」
「僕はこっちの椅子を使わせてもらいますね」
ジェイルがメロとは反対隣に、ユウリは室内にある予備の椅子を持ってきた。
それを見てから、未だに立ったままのノアへと視線を向ける。
「ノアも座って頂戴」
「へっ!? ぇ、……あ、じゃあ、失礼、します」
「お菓子もあるから食べてね」
できる限り優しく見えるように微笑みかけ──てみるけど、ノアは緊張してるみたいであたしのことは見てなかった。残念だわ。
ノアは控えめにユキヤの隣に座り、ちょっと迷ってからお菓子に手を伸ばしていた。それを横で見ていたユキヤが自分の前に置かれているお菓子の皿をそのままノアの方にスライドさせている。
……ユキヤとノアって主従関係には違いないと思うけど、こうやって見てると兄弟って感じ。癒やされる。
ノアなら何か知ってそうなのよね。だとしてもこの場ではどうあっても聞けない。
ちょっと時間を稼ぎながらどうするか考えよう。今日を逃したらユキヤに直接話を聞けるチャンスがなくなる。
「──一応、話しておきたいことは話せたと思うけど……他に何か話しておきたいこととか、気になることってある?」
誰か何か言ってくれないかなと思いながら周囲を見回す。
が、誰からも特に反応がなかった。こういう時に限ってメロも何も言わないのよね。呑気にお菓子食べてるし。
ジェイル、ユウリを順に見つめてみるけど黙って首を振るだけ。ユキヤに視線を向けてみても「大丈夫です」と笑うだけだった。
「……お嬢、おれには聞いてくれないんスか?」
「あんたから何かあるとは思えないのよ」
「ひどいっスよ、それ」
「じゃあ、何かあるの?」
「それは──……ないっスけど」
メロはちょっとだけ考える素振りをして、結局首を振った。期待したあたしが馬鹿だったわ。
仕方がない。あとでちょっと時間をもらおう。以前、ユキヤがあたしに個人的に話があるって二人きりになったこともあるし、あたしから声をかける分には大丈夫でしょ。
……そう言えば、今日のノアは随分と静かね。元々口数の多い方じゃないし、メロみたいにいちいち口を挟んでくる方じゃないにしろ、何にも言わないのは何だか変な感じ。
気になってノアへと視線を向けた。
「ノアは? 何か気になることとか、ない?」
「えっ! い、いえ、……特には何も……」
ノアは「何も」と言いながら、意味ありげにユキヤを見た。ユキヤはその視線に気付かなかったのか、気付かないふりをしただけなのか、とにかくノアの視線には何も応えなかった。
うーーーん、やっぱりちょっとおかしい。
ノアがおかしいって言うよりも、ユキヤがどこかおかしいからそれがノアに伝染してるっぽい。
ダメだわ。なんか気持ち悪い。
様子を窺うとか気を利かせるとか、元々得意じゃないのよ。
あたしはティーカップを静かにテーブルに置いて、盛大にため息をついてしまった。
両隣にいるジェイルとメロが「え?」みたいな顔をしていて、ユウリも何故ため息をつくのかわからないって顔をしている。あたしだって自分の不機嫌さや憂鬱さをアピールするような真似をしたいわけじゃないし、そういう行動は周りにいい影響を与えないってわかってるのよ。単純に出ちゃった、ってだけ。
ユキヤも不思議そうな顔をしていて──隣にいるノアが何か訴えかけるようにあたしを見ている。
伝わるかともかくとして、ノアに「任せて」と視線を送ってから改めてユキヤを見つめた。
「ユキヤ、話があるわ」
「え。はい、どうぞ?」
「二人きりでよ」
誰かが「えっ?」って言った気がするけど、誰かを確かめる気はない。
ジェイル、メロ、ユウリ、そしてノアを順に見つめていく。
「というわけだから、四人はちょっと出ててくれる? 終わったら呼ぶわ」
「えぇっ?! お嬢、ユキヤくんと何話すの!?」
「個人的に聞きたいことがあるだけよ。ほら、出ていきなさい」
しっし、と追い払うように手を揺らす。メロは不満そうに口を尖らせていた。
ジェイルとユウリはお互いに顔を見合わせてから仕方がないと言いたげに立ち上がる。ノアもそれを見て慌てて立ち上がっていた。
当のユキヤは「何故」と言わんばかりの様子であたしを凝視している。
まぁ急に二人きりで話があるなんて言われたら驚くわよね。盛大にため息をついた後だし。
「お嬢様、一旦失礼します」
「何かあればお呼びください」
「えー? ちょ、ばっ、……服、伸びるっ……!」
聞き分けよく出ていくジェイルとユウリ。メロはそんな二人に引きずられるようにして応接室を出ていった。
ノアはたたたっとあたしの傍に来ると、ぺこりと頭を下げてから三人の後を追って部屋を出ていく。
さっきまで人の気配で溢れていて、どこか賑やかだった応接室は静かになった。
ユキヤと二人きり。
緊張した様子を見せるユキヤをよそに、あたしはクッキーに手を伸ばして口の中に放り込んだ。話があると言ったものの、どう切り出したらいいのかまでは考えてなかった。
ユキヤは居心地悪そうにあたしを見たり、視線を外したりを繰り返している。組んだ手を握りしめたり緩めたりと忙しない。
「……あ、の。ロゼリア様……何か、不興を買うようなことを、してしまったのでしょうか……」
不興と言うほどではない。あたしが勝手に色々と考えてヤキモキしているだけ。
ゲームと同じようにアキヲへの複雑な感情に悩まされていたらどうしよう、そんな悩みを持たせたまま進めていいのか、って。
けど、そういう内面の話を聞けるような間柄ではないと思う。
言っちゃえばただの契約相手だもの。
「ユキヤ、あたしが以前言ったことを覚えてる?」
「いつのお話でしょうか?」
「結構前よ。あんたにも平和でいて欲しい、できれば幸せになってって言ったはずだけど、覚えてない?」
ユキヤは目を見開いて驚いて──そして、こっちがびっくりするくらいに柔らかに笑った。
こんな笑みを浮かべることも、その笑みをあたしが見られることにも驚いて、何を言いたいのか一瞬忘れてしまう。笑顔の破壊力に心臓が跳ねた。