153.加担者
「ミリヤ様が……?!」
そう、それ! その人!
ジェイルが驚きながら名前を口にしたおかげで思い出せた。
八千世ミリヤ。パーティーで何度か見たこともあるし、一言二言程度であれば挨拶もしているはず。歳の割に可愛らしい雰囲気の人なんだけど、ヒステリックな一面もある。ずっと自分の娘を八雲会の後継者にって考えてたから、婚外子であるハルヒトが名指しされた時は相当驚いただろうな……。以来、彼女についての良い噂はあんまり流れてこない。何故ならハルヒトに嫌がらせしたり、ハルヒトのことを悪しざまに言ってるからね。
彼女がどれだけハルヒトのことを疎んでいるか、噂だけでも十分わかる。
それにあたしにはゲーム情報もあるから、八雲会で何か悪いことをするとしたら彼女しかいないと思ってるんだけど……。
「……ロゼリア様、それは流石に考えすぎでは? ハルヒトさんは後継者になることを嫌がってますし……そこまでするとは考えづらいのですが……」
そう言ったのはユウリだった。ユウリはハルヒトにその気がないというのを直に確認しているし、本人の意志がないのに、殺すだなんて手段を取るのがわからないと言いたげ。
見ればジェイルもユキヤも同じように思っているらしくて訝しげだった。ノアはちょっとわからない。
あたしから見れば随分と生易しい考え方してるわねって感じ。
「なんで? 自分の娘を後継者にしたいんだもの、それくらいするでしょ。ハルヒトの身が危険なのもそのせいだわ」
「……そう、なんでしょうか? 僕はてっきり八雲会の中の派閥争いだと思ってました」
「その派閥争いに八千世ミリヤが絡んでないなんてありえないわ。要はミリヤ派とハルヒト派みたいなのがあって、ハルヒト派は大分分が悪いのよ。……あと、会長であるミチハルさんは自分の意志で全てが決まって、全員がそれに従うと思ってるのよね」
八千世ミチハルは人の心の機微に疎いと聞いている。かなりの理論派で仕事面では有能らしいんだけどね……アンバランスな人間性だわ。
無論、今の八雲会はミチハルの意見が全てではある。だから表向きはハルヒトを次期会長にするって話がまかり通っているけど、裏では相当ゴタゴタしているに違いない。で、ミチハルはそのゴタゴタを積極的に解決しようとはしてないはず。だって「自分が決めたことなのに、なんで騒ぐんだ?」とでも思ってるはずだから。うーん、面倒くさい。
とは言え、ミリヤが八雲会で悪事を働いてるなんて証拠も何もないから本当にただの妄想なのよね。
ここにいる全員、八雲会は後継者のことで派閥争いをしているという認識は持ってる。けど、まさかミリヤがハルヒトを殺そうとまで考えているとは至ってない。
シンプルな発想だと思うけど、「まさかそこまで」って意識があるみたいなのよね……。
今説得をする必要も、わかってもらう必要もないんだけど、その可能性が高いという意識は持って欲しい……。
なんて言おうかと考えていると、メロが「はーぁ」と大きくため息をついた。
「邪魔者は殺した方が楽、って結構わかりやすくね?」
「花嵜」
「ジェイルは知らねーと思うけど、浮気でできた子供に対する憎しみってすごいし……そのミリヤって人がハルくんを殺したほど憎んでるって聞いても別に驚かないよ、おれ。めっちゃ有り得る話だと思う」
室内が変な沈黙に包まれた。
多分、今のメロの発言でメロがどうして孤児院に預けられたのか、全員が察したはず。
おかげで何も言えなくなってしまった。
「浮気相手の子供ってだけで憎らしいのに、後継者の座まで持ってくんだろ? ……憎しみしかないと思う」
実感が籠もりすぎていて何を言えばいいかわからなくなってしまった。メロが実際どういう境遇に置かれていたのかまでは聞いたことがない。背景はちょっと知ってるけど、やっぱりこんなの本人が自分の口から話したがらないのよ。
しーんと静まり返った部屋の中。
あたしは気まずい思いをしながら、メロを振り返った。
「メロ、もういいわよ。フォローありがと」
「フォローのつもりないっスよ。温室育ちちゃんたちに現実を教えただけっス」
「そういう言い方やめなさい」
「にゃはは」
あっけらかんと笑うメロ。そういうことを言わせたくなかったなんて、この場で言うわけにはいかないわよね。
とは言え、そういう現実もあるのだと、他の四人にも伝わったはず。
「……あたしの話に確証なんてないから、まさか殺してまでって思うのは当たり前だと思う。けど、その可能性があるんだってことは心に留めて置いて頂戴」
言うにしてもこの程度よね。
ゲームでのストーリーもあって、あたしは「この線しかない」って思ってるけど、ひょっとしたら違うことになってるかもしれない。ここにいる人間には「ミリヤがハルヒトを殺すために画策している」という意識を持って欲しい。ただ、あたしはあたしで別の可能性があることも念頭に置いておかなきゃいけない。
一応、ジェイルたちは納得してくれたみたい。まぁ半信半疑っぽいのはしょうがないわ。これくらいが限界でしょ。
「お嬢様」
「何?」
「今の話を踏まえると……ハルヒトさんには今後徹底して敷地内で過ごしていただく必要があります。これまで通り警戒もしますが、いつどこで何があるかわかりませんので……」
「そうね、それはしょうがないわ。──ハルヒトにはあたしから釘を差しておく」
ジェイルの言葉には頷くしかない。ハルヒトには窮屈な思いをさせちゃうけどこればっかりはね。
……。……よく考えたら、これで本当にミリヤからアキヲにお金が流れていたら、アキヲのことって『陰陽』に丸投げできるんじゃないかしら? 表面化してないだけで、九龍会と八雲会のゴタゴタに発展しかねないし、こういう状態こそ『陰陽』が防ぎたいことなんじゃ……。
もう少し情報が集まってからアリスに聞いてみよう。
そうすれば、ユキヤが気にしているアキヲの処遇について具体案が提示できるかもしれない。
「ロゼリア様」
そんなことを考えているとユキヤが控えめに声をかけてきた。視線をユキヤに向ける。
「……南地区にも八雲会というか、ミリヤ様の息のかかった人間が出入りしている可能性があるとお考えですか?」
「現地まではどうかと思うけど可能性はある。個人的にはそれよりも、アキヲの計画に対してミリヤがお金の他に、口を出してるんじゃないかって……要は以前のあたしみたいな存在になってないかって懸念はあるわ」
「そう、ですか……」
ユキヤが目に見えて落ち込んでしまった。うわ、しまった。
あたしという悪女が手を引いたかと思いきや、別の悪女が入り込んできたなんてそりゃ楽しくないわよね。もっと考えてものを言うべきだったわ。ユキヤにとっては面白くない話だし……!
「あくまで可能性の話よ? 他領の人間がそこまで興味を示すかというと、ちょっと怪しいし……ハルヒトだけをどうにかしたいって話なら、とにかくアキヲの計画が進めばいいわけだし……」
フォローのつもりだったけど、全然フォローになってないわ、これ。
計画が止まってないというのがそもそもの問題なんだし、とにかくアキヲを直接叩くなり何なりして早く計画を止めなきゃ。
内心わたわたしているあたしとは対照的に、ユキヤは真っ直ぐにあたしを見つめて頷いた。
「そうですね。逆に言えば、とにかく計画さえ止めることができれば……二次被害と言っていいのかわかりませんが、加担している人間の目論見ともども潰すことができるわけですね」
「そういうことよ」
「──早めにどうにかしたいですね」
決意の籠もった言い方だった。けど、どこか悲壮さも感じる。
ノアがその様子を見て複雑な表情をしているのが気になった。




