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150.変装会議①

 翌日。

 ユキヤが来るということで朝からちょっとバタついていた。というのも、こないだのデートが実質失敗に終わってるから屋敷の人間のほとんどはその埋め合わせかリベンジだと認識しているみたい。実際はただの作戦会議なんだけどね。だから、「ちゃんともてなさなければ」と思ってそうなのよね。

 お客様には違いないからもてなしてくれるのは構わない。

 が、あたしが思う以上にユキヤの存在が歓迎されているようなのが……ちょっと微妙。推しだし、当然好きなんだけど、全くそういう気はないから……ユキヤの発案とは言え、ちょっと申し訳ない気分になってるわ。


 そして。

 結局アリサにデパートの時のことをもう一度確認する時間が取れなかった。タイミングが悪くてダメだったのよね。

 でも、今話をしてもいいとなると南地区に行くって話がなくなりそうだし、急ぐ必要はない。多分。単独行動は絶対にしないしね。だから、「ゲ●を見て気持ち悪くなった挙句に熱を出した」という話になっている事実は仕方がないものと割り切るしかない。

 今のところ外出は控えてるから同じような状況になることはないけど、周りの人間がその事情を一切知らないのはやばいと思う。

 アリサへの確認を忘れないようにしなきゃ……。


 色々と考えている間にユキヤが椿邸に到着し、ジェイルがあたしを呼びに来た。

 こないだユキヤが買ってくれたブラウスを着たコーディネートにしているからバッチリよ。


「お嬢様、ユキヤが到着しました」

「わかったわ、通して頂戴」


 執務室の隣にある応接室にユキヤを通すように言う。あたし自身は執務室で待機していた。

 最初はあたしが出迎えるって話をしていたんだけど、ジェイルが「わざわざ出迎える必要はない」って言うものだからあたしが後で応接室に入るって流れになっている。面談や商談じゃないんだから、と呆れたものの、ジェイルが何故か許してくれなかった。ジェイルって最近こういうことにうるさいわ。

 ゆっくりと立ち上がり、軽く伸びをした。ジェイルがじっとあたしを見ている。


「……何?」

「お元気になられてよかったと改めて感じただけです」

「ちょっと熱が出ただけで大したことなかったでしょ」

「結果論です」


 本当にあたしは「大したことない」って思ってるのに……認識のズレを感じる。

 心配してもらえるのは嬉しいんだけど、ちょっとくすぐったいっていうか……大袈裟な気もしてちょっと恥ずかしいのよね。


「まぁ、そもそも健康体なんだから何度も熱を出したりしないわよ」


 そう言って笑い、ジェイルを見て応接室に繋がる扉を指差す。

 執務室と応接室は繋がっている。廊下からも入れるし、双方の間にある扉を使っても自由に行き来できるようになっている。椿邸の執務室も応接室も一応今はあたししか使わないから、そういう意味では気兼ねがない。


「もう入って良い?」

「もう少しお待ち下さい」


 到着と同時に応接室に通した、はずなんだけど、ユウリから報告がまだなのよね。「お通ししました」っていう。ジェイルはそれを聞いてからあたしに入って欲しいみたいだった。

 そんな会話をしていると、廊下側の扉がノックされる。


「入っていいぞ」

「はい、失礼します。──ロゼリア様、ユキヤさんを応接室にお通ししました」

「わかった。……お嬢様」

「ユウリ、ありがと。じゃあ、行くわ」


 ジェイル、ユウリを連れ立って執務室側から応接室に入る。

 案の定というかお約束と言うか、ユキヤは前回、前々回と同じく花束を持っていた。絵にはなるのよね……。

 そう思いながら近づいていくと、ユキヤの方からも近づいてきて、あたしに向かって花束を差し出してくる。マリーゴールドとミニバラの花束で、前回に比べると小ぶりだった。ただし、華やかさは全然負けてない。


「ロゼリア様、こんにちは。お会いできて嬉しいです。……どうぞ」

「ありがと。毎回花束を用意するのも大変じゃない?」

「いいえ、とんでもございません。今となっては用意しない方が逆に失礼かと思いますし……それに、楽しく選ばせていただいていますので」


 にこにこと笑って言うユキヤ。こん、と額に何かぶつかった気がした。物理的にではなく、心理的にそんな感じ。

 花束を受け取って、花束とユキヤを見つめて、改めて驚いてしまった。


「これ、あんたが自分で選んでるの?! お任せとかじゃなくて!?」

「はい。馴染みの花屋に赴いて自分で選んでいます。もちろん、それらを花束にするのはプロにお任しているので、仕上がり自体は間違いがないかと……」


 手の中の花束をまじまじと見つめて、これはユキヤが選んだのかと感慨に耽る。

 なんだか背後からチクチクと視線を感じるんだけど、なにこれ? さっさと話を始めろっていう圧? あたしの背後に視線を向けたユキヤが何とも言えない顔をして笑ってるし……。

 まぁいいわ。わざわざ自ら花を選んで用意してくれたって事実は嬉しいし。


「……そう、だったの。ありがとう、嬉しいわ。

ユウリ、これキキか墨谷に渡してきて。全部あたしの部屋に飾るように言って頂戴」


 ユウリを呼び寄せ、受け取った花束を預ける。そんな話を聞いたらあちこちに飾るのは抵抗があるわ。ユキヤもそれを考えてちょっと小ぶりにしたのかも。これくらいならあたしの部屋に全部置けそうだもの。

 花束を預かったユウリは「かしこまりました」と言い、一度部屋を出ていった。


 挨拶代わりの会話を終わらせたところで、あたしもユキヤもソファに腰掛けた。

 あたしの背後にはジェイルとメロがいて、ユウリも後で戻って来るはず。ユキヤの背後にはいつも通りノアがいた。今日はソファに座らずにいるみたい。

 当たり前だけど、ハルヒトはいない。アリサはお茶を持ってくるかもしれない、って程度。

 が、残念ながらお茶はキキが持ってきた。キキと一緒にユウリも戻ってきて、お茶とお茶菓子を配って、準備完了って感じ。


「早速本題だけど」

「はい、倉庫街への視察の件ですね」

「そうよ。あたしが近づくと目立つって話だから、変装して行きたいのよね」


 ここまでは普通に話ができる。ユキヤ自身は問題がないと言いたげに話を聞いている。

 が、背後に控えているジェイルがゆっくりと歩いてソファの横まで移動し、あたしを真っ直ぐに見つめてきた。


「お嬢様。自分は変装には反対です」

「なんでよ」

「お嬢様がそこまでされる必要はないと思うからです」


 予想はしてたし、そのつもりでいたけど……ジェイルが本当に反対してきた。案外「しょうがないですね」とか言って渋々了解してくれると思ってたのに。期待を裏切らないわね。

 あたしはため息をついてジェイルを見上げた。視界の中に映ったメロはしれっとした顔をしているし、ユウリはいつ口を挟もうかと困ってるみたいだった。


「あたしが変装する絶好のチャンスになるんだからいいのよ」

「は?」


 ジェイルが目を見開いて、ちょっと間の抜けた声を上げる。

 あたしは人差し指を立ててできるかぎり得意げに見えるように笑った。


「前から、変装して潜入? みたいなことをやってみたかったのよ。丁度いい機会だと思わない?」


 ジェイルは信じられないと言わんばかりの表情をしている。

 周囲の様子を伺ってみると、メロは「えぇ……」と変な反応をしていた。ユウリはジェイルの反応を見ていて返答次第でフォローをしてくれるつもりみたい。ちらりとユキヤを見てみれば、少しだけ驚いた顔をしたもののどうやらあたしの意図に気付いてくれたらしく困った顔をして笑っていた。ノアはただただ驚いている。

 これまでのあたしの趣味趣向からすれば変装なんて絶対しなかったから驚くのも無理はない。

 でも、実際に「変装して潜入」って言葉に出してみたらテンションが上ってきたわ。前世に好んでいた漫画や小説でも結構よく見るシーンだったし、実際それができるなんてやっぱり楽しそう。

 が、ジェイルを納得させられないとそもそも南地区に行かせてもらえない。


「し、しかし、お嬢様。自分は──」

「心配してくれてるのはわかってるわよ。でも、ちょっと見に行きたいだけなの。……ちょっとだけよ、いいでしょ?」


 痒くなりそうなのを我慢しながら、両手を組み、顔の横に持ってきて首を傾げてみせた。

 あー、もー、こんなぶりっ子みたいな真似なんてしたくないけど、下手に出て『お願い』ってポーズを取るにはこういう風にするのが一番なのよね。これまで伯父様にしかしたことないけど、伯父様には効果絶大なのよ……。

 ジェイルは「ぐ」と言葉に詰まっている。いいわよ……!

 が、メロがちょっと笑いそうになってて、ユウリは何とも言えない顔をして奥歯を噛み締めていた。こいつら何なのよ。

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