149.オフレコ㉑ ~裏庭にてⅡ~
「……アリサ、どうしたの? そんな顔して」
「いっ、いえ、なんでも……!」
キキが怪訝そうにアリサに聞いていた。アリサはハッとして両手をぱたぱたと左右に振る。
仕草がいちいち小動物めいていて可愛らしいという印象を抱かなくもないが、ロゼリアが気にしていたのでそういう目では一切見れなくなった。それがなかったら好みだったかもしれない。
とは言え、こっちの心境とは裏腹にアリサはメロを嫌い、もしくは苦手と感じているようだ。
デパートで清掃員に変装していたのを言い当てたこと、その情報を使って脅したことが効いているらしい。
アリサがロゼリアに何か話をしたのは間違いがなく、お陰でロゼリアからアリサへの警戒心が和らいだのは見ていればわかる。逆にアリサがロゼリアに懐いているようなのも伝わってきており、そっちは正直微妙だった。
「アリサっておれのこと嫌いみたいなんだよなー、かなしー」
などとおちゃらけて言ってみると、アリサはむっとした。キキは呆れ、ユウリだけは微妙な顔をしている。
「メロって顔だけだもの。中身を知るとがっかりする気持ちはわかるわ」
「おい、何だよその言い方」
「事実でしょ? ……アリサ、メロのことを微妙に思う気持ちは普通よ」
「えぇっと、は、はい……」
「……ったく。まぁ別にいーけど」
キキの妙なフォローにツッコミを入れるものの、しれっと躱されてしまったのでそれ以上は何も言わない。アリサにどう思われようとも関係がないからだ。
「で、アリサ。何か私に用だった?」
アップルパイを渡すだけだったはずなのに随分と長居をしてしまったキキ。
呼ばれたのであればもう用はないようで、アリサの方に向き直っていた。アリサはキキのことを見つめている。しかし、メロとユウリをどこか意識しているのは伝わってくる。何故意識しているのかは不明だ。メロ自身、興味もなかった。
アリサはどうやらロゼリアのクローゼットのことで相談があると、墨谷からキキを呼んでくるように言われたようだ。
「……なるほど。確かにいい加減衣替えをしなきゃいけないわね。暑い日が続いていたから本格的な衣替えはやってないから……わかった。行きましょう」
「はい。わかりました!」
ぐっと握りこぶしを作って頷くアリサ。仕事自体は真面目にこなしているようだ。メロと違って。
キキはメロとユウリへと視線を向ける。
「私は戻るわ」
「へいへい、お疲れ」
「アップルパイありがとう。また後で」
「ええ、じゃあね」
挨拶を済ませてから、キキはアリサを連れ立って戻っていく。
屋敷に入る前、アリサが意味ありげにこちらに視線を向けてきたが、気にするわけもなく見送った。
キキとアリサがいなくなり、メロとユウリの二人きりになる。
ユウリと少し話がしたかっただけなので用事らしい用事もない。戻ろうかと考えていると、ユウリが何か言いたげに視線を向けているのに気付いた。
「……何?」
「いや、君さ……アリサに何したの? かなり嫌われてない?」
「気になったことを伝えただけで何もしてねーよ」
その「伝えただけ」がアリサにとってはかなり痛手だったらしい、というのは言わないでおく。芋づる式にデパートでのことなどを言うことになりそうだからだ。メロ個人としては言っても構わないし、何なら情報共有の意味も込めて伝えた方が良いとは思っている。とは言え、情報を脅しとして使った側面もあるため、簡単に約束を破る人間だと思われるのはよろしくない。
小さくため息をついて、軽く肩を竦めてみせた。
「キキが言うみたいに顔だけで寄ってきてがっかりしたパターンじゃね?」
「そんな風にはとても見えなかったよ。アリサは顔で判断するタイプにも見えなかったし……何したの?」
疑惑の視線を向けられてしまい、面白くない気分になる。
一方的にメロがアリサに何かしたのだと決めつけられる状況には多少なりとも不愉快さがあった。これまでの言動によるものだと理解はしていても、面白くなさは消えない。
「だからなんもないって」
「そうは見えなかったんだって。大体、ロゼリア様にアリサのことを自分が見るって言ったよね? それはどうなったの?」
「強いて言えばその一環だって。だからアリサに嫌われてるっぽい」
ユウリは変な顔をして黙り込んでしまった。深追いすべきか止めておくべきかを悩んでいるようだ。内容が内容だけに聞きづらいらしい。
「で? おまえは?」
「……え。僕が何?」
ふっと思い出しただけだが、あの日──ロゼリアが自棄酒をした時にメロがアリサのことを注意して見ていると言ったのと同じように、ユウリもハルヒトに対して注意すると言っていたはずだ。その件はどうなったのかと聞いてみると、ユウリは目を丸くしてしまった。
「ハルヒトさんは……少し面倒な人ってだけで、ロゼリア様はもうほぼ警戒は解いてるよね」
「まぁ確かに」
「意識のすり合わせは近いうちにしとくよ。色々あってできてなかったしね。……別の意味では警戒したいけど」
「別の意味?」
どういう意味だろう。怪訝に思いながら眉を寄せる。
ユウリは「しまった」と言わんばかりに口を押さえていた。反応が素直なのはありがたいものの、たまにムカついてしまうのは何故だろうか。多分、こういうところが以前のロゼリアの癇に障っていたに違いない。理不尽な話だけど。
当然、ユウリの反応をそのままにしておくつもりはなかった。
何かしらロゼリアに関係がありそうな話題だと踏み、目を細める。
「言えって。おまえだけ知ってんのずるいだろ」
「……君だってアリサのことは話さないじゃない」
「アリサとお嬢以外には話さねーって約束しちゃったんだよ、言えるわけねーだろ」
「……。……本当に?」
「マジ」
真っ直ぐにユウリの目を見て言えば、しばしの沈黙の後にユウリがため息をついた。信じて貰えたらしい。
ユウリの話がメロと同じような条件であれば言えないし、メロもしつこく聞く気はなかった。流石にそれはロゼリアやハルヒトの信頼を損ねてしまう。
やがて、ユウリは諦めたような顔をして言いづらそうに口を開いた。
「……ハルヒトさんは、八雲会の後継者問題から逃げたくてロゼリア様に好意的に接してるんじゃないかって話だよ。これはもうロゼリア様には伝えてる」
「……えぇ~?」
変な声が出てしまった。残念ながらメロは八雲会の事情には詳しくはない。噂を聞いたことがあるような気がするが、興味もないので覚えてないのだ。
とは言え、事情に詳しくなくてもユウリが言っていることは何となく理解できる。要はロゼリアと結婚して九条家に婿入りしてしまおうと考えているのでは、という話である。
非常に面白くない話だった。ロゼリアへの好意云々とは切り離しても面白くない話だ。
「ハルくんそんなこと考えてんの?」
「可能性の話ね。……最近はそれだけとも思えないんだけどさ」
「お嬢、モテ期じゃん」
「……そんなの、僕は嬉しくない」
「おれも嬉しくねーし」
ユウリが口を尖らせるのを見て、笑いながら同調した。
決して嬉しい話ではない。
少し前までならジェイルの様子を見て楽しむくらいの余裕はあったし、何なら優しくて温厚そうなユキヤあたりとくっついてくれたら職場環境が劇的に改善されるんじゃないかと思っていたくらいだ。
今はとてもじゃないが楽しむ余裕はない。ロゼリアにその気が一切ないならずっと一人でいてくれた方が良いくらいだった。自分に可能性が全くないのであれば。
我ながら勝手だ。しかし、恋愛感情なんて身勝手なものだろう。
せめてロゼリアに気付かれないようにしないといけない。
「面倒が増えたよなー」
「……そうだね」
軽い調子で言えば、ユウリが困ったように笑う。
今すぐ何がどうなるわけじゃないし、この感情にもまだ半信半疑ではあるし──と自分に言い聞かせながらため息をつくと、ユウリも同じようにため息をついていたので笑ってしまった。




