15.オフレコ② ~ユキヤとノアⅠ~
ユキヤとノアの帰り道。
二人は車で来ており、運転はユキヤだった。ノアが運転をすると言っていたが、目は赤いままだったのとその状態で任せるのも忍びなかったのでユキヤ自ら運転をしている。運転自体は嫌いではなかったし、気分転換にもなって丁度いい。
「ユキヤ様」
「何でしょう? あ、西地区方面に遠回りをして帰るので少し時間がかかりますよ」
「あ、はい、ぼくはぜんぜん……あの、本当に申し訳ございませんでした」
「謝罪はもう頂きましたよ」
笑って答えると、助手席に座っているノアがしゅんとする。
ノアはユキヤに何の相談もなく怒られるのを承知で身を差し出したのだが、ロゼリアは「そういうのはもうやめたい」と言っていた。これまでは好みの美少年を集めて嬲って楽しんでいる──という噂がまことしやかに流れていて、確かにそういう事実はあったと、ユキヤは聞き及んでいる。
ノアがロゼリアの好みに合致するのはわかっていたものの、そのために連れて行ったわけではない。
単純に、ノアがユキヤにとって一番信頼できるからだ。幼少時からずっと傍にいて、どこへ行くにでも一緒だった。
「……ロゼリア様がぼくの想像と全然違いました」
「……ええ。俺が知っている彼女とも全く違いましたね。何があったんでしょうか……」
しゅんとしたままノアが呟く。後悔と反省が尾を引いているようで、ロゼリアがこれまでと違うと知っていたらノアもあんな行動はしなかっただろう。
今更蒸し返してもしょうがないので、ユキヤは努めて明るい声を出した。
道は空いているので運転もしやすく、いい気分転換になりそうだ。ロゼリアと対面している間は終始緊張しっぱなしで、いつ自分がロゼリアの地雷を踏むかとヒヤヒヤしていたのだから。
「何があったのかはわかりませんけど……人ってあんなに変わるんですね」
ノアが視線を走らせて周囲に気を配りながら言う。
尾行などの心配もなさそうで実は拍子抜けしているのも事実だ。
だが、ロゼリアが『変わった』という事実については未だに戸惑っている。
「うーん……」
「ユキヤ様はそうは思われないんですか?」
「いえ、変わったのは間違いがないと思うんですが、……本当に、何があったんだろうとずっと考えているんです」
運転をしつつ呟く。あまり考え込んでも手元が疎かになるので雑談程度だ。
ノアが腕組みをして考え込み、それから困ったように口を開いた。
「頭を打ったとか……?」
「正直そう言ってくれた方が腑に落ちるくらいですよ。俺にしてみれば」
思わず笑みが零れた。
本当に頭を打って人格が変わったと言ってくれた方がユキヤにとっては納得できた。
ところで、ユキヤは一人称を『私』と『俺』で使い分けている。普段は『私』で通しており、気心の知れた相手と話す時は『俺』だ。父親に対しても『私』で通している。父であるアキヲに家族としての情はあっても、人間的にはもう信用しきれないからだ。
できれば、これを機に何とかしたいと思っている。
ロゼリアが変わった今がチャンスだった。
「でも、よく考えてみると頭を打って一時的に性格が変わってるだけというのも困るかも……? いつ戻るかもわからないですし」
ノアが難しい顔をして呟く。頭を打ったと言い出したのはノアだったものの、それは後々の障害になってしまうと言いたげだった。
「おや、それは確かにそうですね。考えてませんでした。……彼女にとって『何か』、これまでの自分から変えなくてはいけないような出来事があったのだと思っておきましょう」
「あの、ユキヤ様はロゼリア様を信用なさるんですか……?」
ノアがこわごわとした表情にちらりと視線を向けた。全てを信用するのは不安だと言いたいのが伝わってきた。ノアの耳にもロゼリアの噂は届いていて、その噂を聞いていればロゼリアに対していい印象を抱くはずがない。変わったと言われても、信じられないのは当然のことだった。
ユキヤはくすりと笑って目を細めた。
「今回の約束は信用しますよ。九条印まで出してくるんですから。……その九条印もジェイルが間違いがないと言っていましたし、あそこまで約束の内容を緩くしたのも、俺に気を遣ったんでしょう」
「……めちゃくちゃ失礼を承知で言いますけど、『気を遣う』って言葉からすごく遠い人だと思っていたので違和感があります」
「ノア、それをロゼリア様の前で言わないように」
「……ユキヤ様がロゼリア様の『あたしと違って』ってセリフに笑ってたのは良かったんですか?」
「いや、まぁ、あれはご本人が仰ってたことですから……」
まさかロゼリアが自分を下げて相手を褒める(?)なんてことを言い出すとは思わず、うっかり笑ってしまったのだ。メロもロゼリアらしからぬセリフに笑いを堪えていた。
おかしいと思うポイントがロゼリア本人には伝わらず、不審そうな表情をさせてしまったけど。
理由はわからないが『ロゼリアが変わった』と感じるには十分なセリフだった。
「そういえば、お茶と一緒に出てきたチョコレートはすごく美味しかったです」
「お茶も美味しかったですね。流石九条家だと思いました」
楽し気に雑談くらいはできるようになったノアを見てほっとする。
ノアが「また食べたい……でも……」と唸っていた。チョコレート食べたさにロゼリアに会えるかと言うと『否』だ。少なくとも、今は。
今後どうなるかわからないが、少しでもいい方向に進むようにとユキヤは願うのだった。