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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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148.オフレコ⑳ ~裏庭にてⅠ~

 ユウリ同様、キキの冷たい視線と言葉にメロも軽く傷ついた。あくまでも軽くだ。

 それはそれとして、ただの軽口だったのにどこから聞かれていたのだろう。遅かれ早かれユウリにはバレるとは思っていたので気にしてないがキキに自分の気持ちがバレるのは本意ではない。ユウリに自分の気持ちをバラすのはある意味牽制である。キキに知られたら悪い想像しか思い浮かばない。

 見れば、キキは手に皿を持っている。そこには一口で食べれてしまいそうなアップルパイの欠片が二つ乗っていた。


「あなたたち、二人でいる時っていつもそんな話をしてるの?」

「そんなって?」

「……いわゆる猥談?」


 キキは言葉を選んで問いかけてきた。本当ならロゼリアについて聞きたかっただろうに、直接的かつ具体的なことを聞くのは憚られたに違いない。

 内心ひやりとしたものの、どうやら肝心なところは聞かれてないようだ。


「してねーって。おまえが聞いたタイミングが悪かったんだよ」

「胸を押し付けるだのなんだのって言ってたじゃない。何がタイミングよ」


 キキの視線の冷たさは変わらない。口調もやわらぐことがなく、メロとユウリのことを軽蔑しているようなのがひしひしと伝わってきた。

 してないと言い切るには無理があったようだ。

 猥談と言えるレベルの話はしてないのは間違いないが、それをいちいち説明するわけにもいかない。既にキキの中では「ロゼリアをネタにして何かいやらしいことを話していた」とインプットされているだろうから、それを覆すのは難しそうだ。

 そうと知ってから知らないでか、ユウリがわたわたとしながら話をしだす。


「ほ、ほんとだって。キキが心配するような話は何もしてないよ?」

「どうかしら。まぁ、ユウリのことは信じてあげたいけど……」


 キキはそう言って無言でメロを睨んできた。

 とことん周りから信用がないようだ。周りから信用を得るようなことは確かにしてこなかったし、何かあればメロのせいにされるというのも日常茶飯事だ。

 しかし、元来周りの目など気にする方ではないので今更だった。


「別に信じなくていいっての。してないのは事実だし」

「……メロ、あなたってそういう態度どうにかした方がいいんじゃない? ロゼリア様には常に失礼だし、見ててハラハラするのよ。そのうち本格的に呆れられそう」

「お嬢にはこないだ『ちょっと見直した』って言われたからそれはねーよ」


 ちょっとだけ胸を張る。これまでロゼリアに呆れられっぱなしだったので、ここだけは胸を張れるポイントだった。

 自分にとってはそれなりの出来事だったのに、ユウリとキキは顔を見合わせたかと思ったら同時にため息をつく。


「ちょっとでしょ?」

「ちょっとじゃない」

「……何だよその言い方……」


 揃って同じことを言うものだからがっくりと肩を落としてしまった。

 その「ちょっと」がメロにとっては嬉しいことだったのに、二人にはそれが伝わらないようだ。伝わってしまったらユウリはともかくキキにも自分のロゼリアへの気持ちがバレるので別に伝わらなくて構わないけど。


 ──あの時。

 庭でロゼリアと話をした時、何故かロゼリアがアリサとのことを誤解していてショックを受けた。

 自分で言いつけておいて何だよという苛立ちよりも、ロゼリアのためを思って行動していたのに本人には全く伝わっていないこととアリサとの関係を期待されているようなのが辛かったし、自分でもびっくりするくらいに悲しかった。

 本当に泣きそうだった。

 こんな簡単に泣けるものなのかと呆れもした。

 自分の頑張りが評価されないことも、変な風に誤解されることも、これまで何でもないことだったのだ。言ってしまえばよくあることで、いちいちショックを受けるようなことでもない。

 なのに、褒められたい相手に褒められないのがこんなにも悲しいとは思わなかった。

 結果としては「ちょっと」だったけれど、メロにとってはそれで十分である。これまでの評価なんてあってないようなものなので、少しだけでも認めて貰えたのが嬉しかった。

 ただ絆されただけ、ロゼリアの変化に引っ張られただけかもしれない。それでも頭を撫でられて嬉しかったし、もっと笑った顔が見たいし、もっと役に立ちたいと思ったのだ。

 少し、この感情に身を任せてみたい。

 どうなるのかは、全くわからないけれど。


「ちょっとでも何でもお嬢がおれのことを見直したって事実が大事なんだよ」

「……ロゼリア様の評価がどれだけ低かったかよく分かる発言ね」

「うるせーな」

「ちょ、ちょっと、二人共……」


 不穏になりそうになっているメロとキキを落ち着かせるかのようにユウリが間に入る。

 ユウリに免じて、というわけではないものの、何となく毒気を抜かれてしまった。メロはキキを見て肩を竦め、キキはしょうがないと言いたげにため息をつく。


「全く……もう少しロゼリア様に敬意を持ちなさいよね」

「敬意って。今更じゃん」

「だとしても、元々そういう立場の人だし……今からだってそういう風に接するべきでしょう。

そうそう。アップルパイ食べてないって聞いたから持ってきたわよ。一口分しか確保できなかったけど」


 そう言ってキキが皿を二人に差し出した。フォークも何もないので手で取って食べろということだろう。欲を言えばフォークが欲しかったが折角持ってきてくれたので文句も言えない。

 メロは「しょうがないか」と思いながら、アップルパイに手を伸ばした。焼いてから時間が経っているので流石に冷えている。手で食べるには丁度いい感じだ。そのままひょいっと口の中に放り込んで一口噛めば、林檎の果肉感と甘みが口いっぱいに広がった。


「うんま……水田サン、最近料理の腕を更にあげてね?」

「……本当だ。すごく美味しい……」


 流石にロゼリアが美味しそうに食べていただけある。その表情をメロは見てないけど顔に出るほどということは、かなり美味しい部類だったはずだ。

 ユウリも口元を押さえて目を丸くしている。


「そうね、ロゼリア様が美味しい美味しいって食べてくださるから張り合いがあるみたい。あと、ハルヒト様も美味しい美味しいって食べるし……作りがいがあるんですって。まぁ、……今回使った林檎自体もかなりいいものらしいけど」

「ふーん? いくらぐらいの林檎?」

「怖くて聞いてないわ」


 何の気なく聞いてみるものの、キキはゆるゆると首を振った。

 メロはあまり厨房に関わらないので台所事情はよくわからない。ただ、キキ曰く「たまにびっくりする値段のものがある」とのことなので、今回アップルパイに使った林檎もその類なのだろう。林檎なんて一袋数百イェンで買える印象しかないため、びっくりする値段がいくらなのか想像もつかないけど。


「……一玉五万の林檎もあるみたいだし、そういうやつかな」

「五万!? 林檎に!?」


 まるでメロの心を読んだようなユウリの一言に頓狂なあげてしまった。

 声を聞いたユウリがおかしそうに笑う。


「結局、ロゼリア様の住んでる世界ってそういう感じなんだよね。一緒にいると忘れそうになるけど、何もかもの桁が違う」


 そう言って意味ありげにユウリがメロを見た。

 キキが現れる前の話と地続きになっていたので少し居心地が悪い。

 ロゼリアとの立場の違い。

 たかだか林檎一個で思い知らされるのは癪である。とは言え、そんなのは以前からわかっていたことだ。メロが使う数十倍以上の金をロゼリアは私生活で使っている。服を買う時だって「あるもの全部持ってきて」「試着した服は全部買うわ」と言うくらいなのだ。そして、ロゼリアが何か買う時に値札を見たり金額を気にした様子を見たことはない。

 心の中で(そうなんだよなぁ)とモヤモヤしつつ、それ以上は考えないことにした。

 今すぐ何かが変わるわけでもないのだし、今考えたってどうしようもない。


「ごちそうさまでした。キキ、わざわざ持ってきてくれてありがとう」

「ゴチソーサマでした」

「気にしないで」


 そう言ってキキは笑った。幼馴染に対するちょっとした気遣いだったのだろうか。

 どちらかと言うとクールな印象のキキ。なんだかんだで面倒見の良いところもあるので頼りになる。アリサとも一応上手くやっているようだ。


「キキさん、あの──……ぅわっ……」


 ひょこっと、アリサが顔を出した。

 キキに用事があったようだが、メロの顔を見るなり嫌そうな表情を見せる。失礼なやつだなと思いつつ、特に意味もなく余裕ぶって笑って見せれば、アリサの表情が一層嫌そうなものになった。

 そんなメロとアリサの様子を、ユウリとキキが不思議そうに見比べていた。

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