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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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146.オフレコ⑱ ~メロとユウリⅣ~

 空になった食器を持って部屋を出たところで盛大にため息が出てしまった。

 随分と妙な態度を取ってしまったせいで、ロゼリアは終始変な顔をしていたように思う。ただ、以前なら変な顔をするだけでは済まず、キレて手が出ていたに違いない。多少怒っていたものの、以前に比べればそよ風のようなものだ。

 いつ怒鳴られて手をあげられるかわからない状況の緊張感や恐怖心などは大分薄れてしまったように思う。そのせいで気が抜けている一面もあり、ロゼリアの変化に引っ張られているようなところもあった。

 浮かない顔のまま厨房へと戻ったところで、厨房内の掃除をしていたメイドが不思議そうな顔をした。


「ユウリくん、おかえり。……どうしたの?」


 彼女は掃除の手を止め、「やっとくよ」と言って食器を受け取ってくれる。今、洗い物などをしたらカップを割ってしまいそうだったのでありがたくお願いすることにした。

 食器を手渡しながら何でもないとアピールするように首を振る。


「ありがとう。何でもないよ、大丈夫」

「……ロゼリア様に何か言われた?」

「まさか。何もないよ」


 心配そうな顔を見て笑ってしまった。

 ロゼリアがすっかり怒らない人間だとインプットされている人間と、何かあった時には以前のように戻ってしまうのではと懸念している人間の二種類がいる。最初こそ後者の方が多かったが、今では前者がほとんどだ。

 とは言え、目の前にいる彼女のように多少心配している人間もいる。大変は冗談交じりで段々と「何かあったら」という懸念が薄れているように思えた。


「そっか、ならよかった。──あ。アップルパイが少しだけ残ってるよ」

「そうなんだ……いや、今はいいや。食べたい気分じゃないし……ちょっと外の空気吸ってくるね」


 ふっとロゼリアが美味しそうにアップルパイを食べているシーンが脳裏に広がった。ついでに、「一口だけならあげるわよ」と言ってアップルパイを乗せたフォークを差し出してきたシーンも。

 断ったのは間違いではなく正解だと思っているが、貰っておけばよかったという気持ちもある。

 自分の雑念を払い除ける意味も込めて首を振って、厨房から外に出られる勝手口に向かって歩き出した。


「アップルパイ食べたいなら早めにね」

「……ありがとう」


 そんな会話を背に厨房から外に出ていく。いい天気で、散歩をしたら気持ちよさそうな気候だった。

 日差しは強いが風が少し冷たくなっている。夜などは肌寒く感じることも増えてきた。


 ロゼリアに明確に変化があったのは六月の終わり。そのまま夏を超えて秋になった。

 あの頃は自分の未来がこんな風に変わるなんて思ってもなかった。まるでロゼリアがユウリから興味を失ったかのように距離を取ったかと思いきや、これまでのことを後悔するような素振りを見せ、大学受験のサポートまでしてくれるようになったのだ。

 屋敷の仕事がない間はほぼ勉強をしており、たまに参考書を買いに外に行く程度である。結局、自学自習のみとなっていて、ロゼリアが言っていた家庭教師や塾には頼らなかった。否、それらを選択肢に入れることが当時は憚られただけだ。とは言え、自分自身のコミュニケーション能力のこともあって、自力でやるのが正解だと思っている。塾だと周りと上手くやれなさそうだし、家庭教師と相性が合わない可能性があった。


 今の状況に満足しているかというと──多分満足している。

 以前に比べれば天と地ほどの差がある。

 過去を加味せずに現状だけを見れば、孤児院の出にしては恵まれていると思う。


 ユウリは厨房から裏庭の人目につかない場所に移動してしゃがみ込み、頭を抱えてため息をついた。


「はーーーーー……」


 満足はしているし、恵まれているとは思うが、先への不安はある。

 それは勉強や大学受験のことではなく、ロゼリアのことだ。

 ロゼリアの描く未来に自分の姿がない。

 このことに気付いた時はショックだった。自分でも何故ショックだったのかわからなかった。

 これまでのことをロゼリアにやり返したい、要は復讐をしたいという気持ちがなかったわけではない。そんなチャンスも度胸もないので机上の空論に過ぎないが、その機会が失われることによるショック──ではなかった。

 ショックの根底にある感情が徐々に形作られ、さっきのロゼリアとのやり取りで否が応でも自覚させられたのだ。

 眉を寄せて考え込むロゼリアの表情に見惚れた、なんて。

 わからないままにしておきたかったのに。


 もう一度深く深くため息をついたところで、目の前に影が落ちた。

 メロがいつの間にかそこにいてユウリを見下ろしている。


「ユウリ。おまえ、アップルパイ食った?」

「……メロ。いや、食べてないよ」


 何なんだ急に。と、不機嫌さが増すが、いつものことである。気にした方が負けだ。

 メロはポケットに手を突っ込んだ状態でこっちを不思議そうに見ている。何の用なのか知らないがさっさとどこかに行ってくれと思いながら視線を伏せた。


「てか、おまえ何してんの?」

「別に」

「深刻そうな顔してるけど……なんかあった?」

「君には関係ないよ」


 つっけんどんに言うがメロはケロッとしている。

 昔からメロのこういうところはロゼリアに重宝されていたように思う。思ったことはすぐに口から出てくるが、内心はどうであれ表面上はカラッとしているのだ。

 ロゼリアに対して物怖じしないところをある意味尊敬していたが、今では単純に馴れ馴れしいように感じる。

 それが気に食わないなんて、口が裂けても言えなかった。


「……ならいーけど。お嬢はアップルパイ食べた?」

「食べてたよ」

「美味しいって?」

「美味しそうに食べてた」

「ふーん。じゃあ、後でもらお」


 あと少ししかないと聞いているが、敢えて言わなかった。しかし、余計にあの時一口貰っておくんだったと後悔する。

 メロがユウリの様子を不思議そうに見下ろしている。


「てか、おまえほんとどーしたんだよ」


 言いながら、不思議そうな顔をしていた。

 今は一人にして欲しいのでその視線が酷く落ち着かない。


「……何が?」

「ピリピリしてる。あとなんか落ち込んでる?」

「そういう日もあるよ……」

「ふーん? キキもアリサもいないからって、率先してお嬢の分のアップルパイと紅茶準備して持ってたから、てっきり上機嫌で戻ってくると思ったのに」

「は……!?」


 気がつけば、メロはにやにやと笑っていた。

 そんな風に見られていたのかという驚きとロゼリアの分を持っていきたかった気持ちを見透かされたような気がしてカッと頬が熱を持つ。よりにもよってメロにそんなことを指摘されるとは思わなかった。

 ユウリがそんなんじゃないと言う前に、メロの方が先に口を開く。


「で。お嬢になんか変なこと言われてショック受けて落ち込んでる感じ?」

「ちっ、違うよ……!」


 ある意味落ち込んでいるのは確かだが、ショックは受けていない。多分。

 などと自分自身に言い訳をしながらメロの言葉も否定する。慌てて否定すれば、余計に怪しく見えることは百も承知だったが、咄嗟の行動をコントロールなどできなかった。

 メロが楽しそうに笑っている。

 楽しまれるのが癪で、何かやり返せないかと考えてしまう。メロがユウリのことをどこか下に見ている気がするのも、たまらなく腹立たしかった。

 顔を伏せ、メロの楽しそうな表情から視線を外す。


「焦って否定すんのあやしー。お嬢の言動に振り回されるのなんて今に始まったことじゃねーんだし、別にいーじゃん。ショック受けんのも落ち込むのも今更じゃね?」

「そ、うじゃなくて……!」

「じゃあ何」

「何でもないよ。っていうか、さっきからしつこくない?!」

「……おまえが変に落ち込んでたらお嬢が気にするだろ」


 そんなの、と何か言おうとしたところで、声のトーンがやけに低いことに気がついた。

 さっきまでの楽しまれているような雰囲気は消え失せ、代わりに鋭い視線が突き刺さっている。

 ほんの僅かに空気が冷えたような感覚を覚え、恐る恐る視線を持ち上げてメロの顔を見た。


 メロの冷めた視線がユウリに向けられている。

 視線の意味は問わずともわかった。

 同じなのだ、ユウリと。──そして、ジェイルとも。

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