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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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144.隔たり③

 気がついたら、ユウリの襟元を引っ掴んでいた。ぐい、と自分の方に引き寄せ、至近距離で睨む。

 ユウリはまずいことを言った自覚はあるのか、されるがままで抵抗らしい抵抗はしなかった。


「あ・ん・た・ねぇっ! 我儘すぎない!?」


 手に力が入る。あれも嫌これも嫌って何なの。

 ユウリらしくない。気が弱くて控えめで従順で頭が良くて、譲れないところはあるのもわかってるけど、こんな駄々っ子みたいな我儘を言う人間ではなかった。少なくとも、これまでは。

 ゲームでもこんな風に我儘を言うシーンはなかった、と思う。ゲームでは見せることがなかった面だとしても、いや、そういう一面だからこそ理解できないし、無駄にイライラする。

 ユウリは焦った様子を見せて、何か言おうとして止めて、を繰り返していた。

 それを眺めていたら瞬間沸騰した苛立ちがすーっと静まっていき、自分の状態を客観的に見ることができた。ユウリの襟元から手を離す。ちょっと皺になっちゃったけど、これくらいで済んでありがたいと思って欲しいくらい。

 襟元を直しながら、ユウリが上目遣いで視線を向けてきた。……あざとい……。


「だ、だって、それって……僕とメロが並んでたら……メロを選ぶって、そういうことですよね?」

「……はあああああああ?」


 何? 今までのユウリの言葉ってまさか全部メロへの対抗心からだったの?

 絶対に考えたくなかった「れ」から始まる四字熟語の可能性をちょっとでも考えた自分が恥ずかしいわ。

 ユウリとメロは仲が良い──と勝手に思ってただけで、実態としてそうじゃないのは何となくわかってる。仲が悪いというわけではないけど、本来なら共通点がない人種だから生活を共にしているだけなのよね。そういう意味でも別にお互い特に意識せずに、自分は自分、相手は相手って感じだと思ったのに……。

 あたしは額を押さえてしまった。


「あんた、そんなにメロが気に入らないの?」

「気に入らないとかじゃなくて……僕とメロが並んだ時、ロゼリア様がメロを選ぶと決まっていたら……いい気持ちはしません」

「なんでよ」

「……な、なんとく、です」

「あのね、」


 そんな言い分には付き合ってられないと言おうとしたところで、ユウリがあたしの手を握ってきた。右手を、両手で包み込むようにして。

 ……最近やけに手に触れられるけど、何なのかしら。触るにしても一番無難だからかな。

 額を押さえていた左手を下ろし、じっとユウリを見つめる。


「僕がどうしたいか決まるまで待っててくれるって言ってくれました」


 ユウリは少し俯いたまま、拗ねたように言った。

 いや、これは本当に駄々っ子みたいだわ。こんなに聞き分けが悪い子じゃなかったんだけど……。


「確かに言ったわね。でも、あんたの我儘を全部聞くって意味じゃないわよ。っていうか、あんたは今の自分の言い分が我儘だとは思わないの?」

「……思、わなくもない、です」

「誰かに何かあげると期待されるかもしれないからちゃんと気にしろ。っていうのはわかったわよ。

あたしはあんたに対してならいいと思ってたけど、結局あんたもなんか期待しちゃうんでしょ? じゃあ、そういうのは一切やめるって思うのは普通じゃない? なのに嫌って言われても、やっぱり困るわよ」


 しかもそれがメロへの対抗心って……。

 そんなの自分で消化して欲しいわ。あたしを巻き込まないで欲しい。

 呆れてため息をつくと、ユウリの手に力が籠もる。


「ロゼリア様に振り回されているだけです……」

「あたしのせいにしないで頂戴。もう離して」


 そう言って手を引き抜こうとしたけど、ユウリがぎゅっと握りしめるものだから手を預けたままになった。

 何なのこの駄々っ子。


「ユウリ、離しなさい」


 段々と付き合っているのがバカバカしくなってきて、左手でユウリの額にデコピンをお見舞いした。突然のことにユウリはびっくりして目を白黒させていたので、その隙に手を引き抜く。

 デコピンくらいなら全然可愛いわよね。さして痛くもないはずだし……。

 ユウリは額を押さえてあたしを呆けた顔で見つめ、やがてふにゃりと笑った。


「何?」

「いえ……この程度でお許し頂けるんだ、って……思っただけです」

「許すとか許さないってレベルの話でもないでしょ。とにかく、ゴタゴタするのも面倒なのも嫌だから、今後は線引きをちゃんと──」

「しなくていいです」


 思いの外強い口調で言われ、あたしは自然に口を閉ざしてしまった。

 ユウリはあたしを真っ直ぐに見つめて、柔らかく笑ったまま首を振る。


「いえ、しないでください。これまで通り、ロゼリア様の思う距離感で接してください。変に距離を取られたり、あなたの視界に僕が映らなくなることの方が……嫌なので」


 芯の通った声だった。

 こっちが口を挟む隙も、そういう発想も与えないような、そんな声。

 笑みは浮かべているものの、視線は真剣。

 ちょっと威圧されたというか、悔しいけど見惚れちゃったわ。絶対言わないけど!


「メロより僕のことを選びたくなるように、します。それは僕がどうにかするべき問題でした」


 で、結局メロなのね。嫌っている様子はないから本当に対抗心だけみたい。目の上のたんこぶ?

 ……よく考えたら、これまでっていうか、ユウリを秘書に任命するまではどちらかと言うとメロの方が上っぽい立ち位置だった。そこが面白くなかったのかもしれない。言葉が悪いけどメロって使い勝手がいいからついついあちこちに連れて行っちゃうのよね。あとは単独にしておくのが不安という理由で。

 させたいようにするしかない、かな。待つって言っちゃったしね。


「──わかったわ。好きにして」

「はい、ありがとうございます」


 嬉しそうに笑うユウリ。こういう笑顔は本当に光属性って感じで可愛くてちょっと眩しい。長々とあたしの傍に置いておく存在ではないと再認識する。

 なんっか、話がものすごく逸れてしまった……。

 元々『変装して南地区を見に行く』って話題だったはずなのに、なんでこんなことに……あたしがアップルパイをあげちゃったからか。って、こんな話にまで発展するなんて普通思わないわよ……!

 自分を落ち着かせる意味で深呼吸を一つ。


「ユウリ、話を戻すけど」

「? はい」

「好きで変装するわけじゃないけど、今回は変装をして南地区に行くわ」


 思いっきり話を戻せば、ユウリの表情が強張った。この話、あんまりよく思ってなさそう。


「う。は、はい……。でも、ジェイルさんが納得するでしょうか……」

「納得させたいから、あたしのフォローをして欲しいのよ。まぁ、ジェイルがあっさり許可してくれるかもしれないけどね」


 そういう気楽な部分もあった。ジェイルだって別にあたしが南地区に視察に行きたい気持ちを知ってるし、何かしら考えるから少し時間をくれって言ってたくらいだもの。こっちから方法を提案するんだし、嫌とは言わないでしょ。

 と、思っていたんだけど、ユウリは渋い顔をしていた。


「その、ジェイルさんはロゼリア様に変装という手段を取らせたくなさそうで……」

「なんでよ。下手にマークされないためなんだし、そこまで変な策でもないと思うわ。ユキヤもしたって言ってたし」

「えぇと、止むを得ずロゼリア様が変装するという状況は、ジェイルさんが自分の力不足だと感じるんじゃないかと……」


 あたしは首を傾げてしまった。腕組みをして考え込む。

 力不足も何も、そこはジェイルが関与できないんだからしょうがないんじゃ……? プライドの問題ってことなのかしら。でも、こういうのって蔑ろにしていい問題じゃないわよね……今後のやる気に関わってくるし……。

 ジェイルを説得するいい案がないかと考え込んだ。

 ──その間、ユウリはあたしのことをじっと見つめていた。視線がくすぐったい。

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