142.隔たり①
ユウリは目を丸くして、あたしのことを変な目で見つめていた。
しかもちょっと青ざめているようにも見える。
「へ、変装、ですか? ロゼリア様が?」
「そうよ。なんであんたもユキヤと同じ反応するのよ」
そりゃあ変装までして視察に行く、という行動はこれまでだったら考えられなかったかもしれないけど、今は違うわ。
ちょっとユウリを睨みながらアップルパイに手を伸ばす。
「だ、だって、ロゼリア様が変装だなんて……あ、ここだとお邪魔ですね」
アップルパイの乗った皿を手にしたところでユウリがその場から退いて立ち上がる。あたしは自分の横に視線を向けてから、ユウリを見上げた。
「隣、座っていいわよ」
「えっ。ぁ、それでは失礼します」
少し戸惑った末にユウリはあたしの隣にゆっくりと腰を下ろした。
以前だったら隣になんて絶対に座らせなかったし、かと言ってあたしを見下ろすところにいられるのも我慢ならなかったから床に座らせていた。今はそんな気持ちになるわけもなく……って感じ。
アップルパイをフォークで切り分けて口に運ぶ。少し熱かったけど、りんごが口の中でとろけるようで美味しい。パイ生地もサクサクで食感が楽しいわ。
一口分食べ終わったところでユウリを見る。
「で。あたしが変装するって話、そんなにおかしい?」
変わった変わったって言うんだから、これくらいはスルーできるレベルかと思ったのにそうじゃないらしい。
ユウリはちょっと困ったような顔をしてから控えめに頷いた。
「ロゼリア様ってオシャレが好きじゃないですか」
「そうね、好きね」
「変装だなんて真逆のことは、絶対にやりたくないんじゃないかと思っていたので……」
「理由や必要性がなければしたくないわ。けど、今は必要だと思うもの。……そうしなきゃ近づけないみたいだし」
別に好きで変装をするわけじゃない。そうしないといけないからするだけ。
たったそれだけのことなのにユウリはひたすら不思議そうだった。
変わったとは言え、身嗜みを擲つまではしないと思われているらしい。あたしはそんなに不思議に思うことなのかと考え込みながらアップルパイをゆっくり食べた。
ユウリがアップルパイを見つめているのに気づき、一度手を止める。
「あんたはこのアップルパイ食べた?」
「いえ、余ったら頂けることになってます」
数に限りがあるものはあたしの分を避けたら残りは争奪戦なのよね。このアップルパイは六分の一程度の大きさだし、残りは五ピース。ここにいるユウリには行き渡らないんじゃないかしら。
こんなに美味しいのに食べられないなんて可哀想。っていうか、もったいない。
そう思いながらアップルパイとユウリとを見比べた。
「……食べる? 一口だけならあげるわよ」
「え゛ッ……!?」
一口分だけアップルパイを切り分けてフォークの上に乗せてユウリに差し出してみた。
ユウリがぎょっとしている。
……何も考えずにこんな行動しちゃったけど、あたしが使ったフォークなんて嫌よね? 流石に! 小さい頃はそんなことも気にせずに「あーん」とかやってた記憶もなくもない。今はもうお互いに大人だし、子供の頃のノリを持ち出すのは失敗だったわ。たまに気が抜けちゃう。本当によくないわ、こういうの。
「それはロゼリア様の分なのでロゼリア様が召し上がってください」
そりゃそう言うしかないわよね。あたしは一口分のアップルパイが乗ったフォークを皿の上に戻した。
「急に言われても困るわよね。フォークもあたしの使ったやつだし……ちょっと配慮が足らなかったわ」
「えっと、お気持ちは嬉しかったです。けど、やっぱり水田さんがロゼリア様のために用意されたものなので……ロゼリア様に食べてもらった方が、水田さんも喜ぶと思います。あと別にフォークのことは気にしません」
そっか。水田が折角用意してくれたんだもの、あたしが全部食べるべきよね。食べきれないとかならともかく。
まぁユウリは残った分に縁があることを祈っておくわ。
「って、フォークは気にしないの?」
「? はい、それは別に……」
さっきユウリにあげるつもりで切り分けたアップルパイを口に運びながら聞くと、ユウリは「何をそんなに気にする必要が‥…?」くらいの勢いで首を傾げていた。
え。あたしの気にし過ぎ? メロだったら「もらうっス!」って全く気にせずに飛びついて来ただろうけど、ユウリも気にしないのはちょっとびっくりだわ。……単にあたしと同じ食器使うの嫌ってことはなさそう。それは良かった。とは言え、色々気になるのは確かだから気をつけなきゃ。
自分に言い聞かせながらアップルパイをゆっくり食べ進めつつ紅茶を飲んでいるとユウリがくすりと笑った。
「フォークはともかくとして……窮屈かと思いますが、ロゼリア様は気にされた方が良いと思います」
「なんでよ」
「あなたから何か貰えるということに意味を見出してしまう人間がいるので」
「?」
どういう意味かわからなくて手が止まった。
いや、何となくわかるんだけど、アップルパイの食べかけごときで? という気持ちがある。
あたしが自分自身の振る舞いに注意する必要があるのはわかっていても、屋敷内だったり、相手がユウリたちだったりするのに、そんなことを気にする必要があるのかって不思議に思ってしまう。
ゲームと違って、ユウリたちがそこまであたしのことを嫌ってないのはわかる。なんだったら、あたしのために色々と考えて動いてくれているのも、今ならわかる。好きになってくれた、とまでは流石に思わないけど……。
しばし、ユウリと見つめ合ってしまった。
あたしの表情がおかしかったからか何なのか、ユウリがふっと吹き出す。
「な、何よ」
「要らないものを投げ捨てるように誰かにあげるというか、押し付けるのはいいんです」
「いや、今は流石にそんなことしないわよ……」
以前の自分のことを指摘されているようでギクリとしてしまった。要らない、って投げ捨て、いや投げつけていた自分の姿を思い出す。居たたまれなくてアップルパイを食べることで誤魔化した。
「今はそんなことをする気がないのは存じてます。だからこそ、気にされた方が良いと思うんです。
ロゼリア様がお優しくなったことで、やっぱり期待してしまうと思うので……」
「期待って……アップルパイの食べかけごときで?」
「ぁ、えーと、むしろ食べかけというのが問題というか……好きなものを分け与えるって結構意味のあることだと思うんです」
そこまで言われてようやく意味がわかった。なるほど、期待させるってそういうことか。
フォークを置いて、思わず額を押さえてしまった。そしてため息をつく。
すごく面倒くさい。
自分の変化によって、これからはそんなことまで気にしなきゃいけないのかと現状に呆れてしまった。
多分、区分けをするならユウリ、メロ、キキは今のようなあたしの行動(「一口食べる?」みたいなの)は気にしない。だって、幼少時のあたしを知ってる上にユウリやメロは「昔を思い出す」って言ってたから、昔と同じ行動をしているんだって判断する。
けど、ジェイル、ユキヤ、そしてハルヒトは横暴な頃のあたしかその噂を知った上で今のあたしを見てるから変な誤解をしそう。さっきのヤツも傍から見れば「あーん」してるように見えてたかもしれないし。
そんなことを考えてげんなりした。め、めんど……。
「わかった。わかったわよ、気をつける」
「はい、そうして頂けると……」
「あんたに対してなら、気にしないから良いんでしょ?」
「え゛ッ……!?」
相手を選べ、って意味だと理解をして答えればユウリはまたぎょっとしていた。
え。違った? 誰にもあんなことするなってことだったの?
あたしが頭上に疑問符を散らしている間に、ユウリの顔がじわじわと赤くなっていって更に疑問符が頭上に散った。




