140.視察のこと②
『ロ、ロゼリア様が変装、ですか……?』
「そうよ。あんたも変装したんだから、別におかしくないでしょ」
ユキヤの声がちょっと震えてる。なんでよ。
別にいつもの黒塗りの車で乗り付けて、堂々と九条ロゼリアのままで視察が可能だなんて考えてないわよ。場所が場所だし、流石にそんな目立つ真似なんてするつもりはない。
ためらうような間があって、やがてユキヤが困った雰囲気のままで喋り始める。
『そういう発想は全くなくて……ジェイルともう少し考えます』
当たり前と言えば当たり前だけど気を使われている。
そういう気遣いはありがたいものの、優先順位を考えるとやっぱり変装でも何でもして現場を見ておきたいのよね。あたしが忘れてるゲーム情報とかを思い出すかもしれないし、事態を収束させるヒントがあるかもしれないし。
そうだわ。ジェイルが見に行ったかどうかも聞かなきゃ。
一度、「南地区に行ってまいります」って外出したこともあるけど、その後の報告を聞き忘れてたのよね。
「それはそれとして、ジェイルは倉庫街まで行った?」
『近くまで一緒に行ってもらいました。が、警備のせいであまり近づけず……その時は収穫らしい収穫はなかったはずです』
「なるほど」
ってことは、ジェイルがあたしに報告しづらかったってことかしら。まぁいいけど。
視察はあんまり先延ばしにしたくない。できれば、早めに行きたい。後回しにすると逆に行けなくなるかもしれなくて、状況があんまり動いてないうちに行きたい。
「……ユキヤ、悪いんだけど近々こっちに来れない?」
『え? それは全く構いません。明日にでも時間を作ります』
「変装するって言う前提で視察のことを進めたいのよ」
ユキヤの困った雰囲気が電話越しであっても伝わってくる。そんなに困らなくてもいいじゃない。あたしがやるって言ってるんだから周りが止める必要なんてないでしょう。
……まぁ、ゴミ袋を被るとか妙な着ぐるみを着るっていうレベルなら考えるけど……。
流石にそんなことはない、と思いたい。
『ロゼリア様がそう仰るなら……えぇと、私は構いませんが、ジェイルがなんと言うか……』
「ジェイルが反対したって関係ないわ。──周辺をうろうろしてたからって直ちに危険ってわけでもないでしょ?」
『それは、はい。父もあの辺りで問題が起こるのは避けたいようなので……常に人はいますが、騒ぎは嫌がっているようですね』
「長居をしたいわけじゃないの。ちょっと様子を見たいだけなのよ」
『……わかりました。ジェイルが何か言うようなら、私はロゼリア様のフォローを致します』
ユキヤは悩んだ末にそう答えた。よし、ユキヤがあたしの意見を尊重してくれるなら心強いわ。
あたしは思わず手を握りしめてしまった。
「助かるわ、ありがとう」
『いえ、とんでもありません。ロゼリア様が現地を見たいと仰るのは当然だと思いますので』
よかった。と、安心したところで、はたりと気付いた。
そう言えば、少し前にユキヤが「少し、悩んでしまって」と言ってたけど、悩みを聞いてない。
あたしがアキヲのことだと勘違いして話が変な方向にいって、有耶無耶になってる。これは良くないわ。結局、ユキヤが何に悩んでいるのか聞けないまま、自分の要求だけ押し付けちゃってる。
話が流れちゃってるのに蒸し返すのもおかしいかな? と思ったけど、気になったら黙っていられなかった。
「……ねぇ、ユキヤ」
『はい、何でしょうか?』
何となく言いづらい気持ちを抱えつつ、それでも話を切り出す。
「あたしが話の腰を折っちゃったけど……何か悩んでたじゃない? なんだったの?」
『え。ああ──』
まるでユキヤもそれまで忘れてたって感じの反応だった。
けど、忘れてたわけじゃないと思う。あたしが話を変な方向に曲げちゃったから、合わせてくれただけっていうか……。そういう気まずさをこっちに抱かせないのよね、ユキヤは。
『お会いできるならその時でも構わないと思ったのですが……父の処遇の件です』
「しょぐう?」
『はい。逃げ切れないようにした上で、相応の罰を受けさせたいと思っています』
あたしは黙って耳を傾けた。
ちょっと胸に来るわね、こういう話。ユキヤはどんな気持ちでこの話をしてるんだろう。一瞬だけ聞くべきじゃなかったかもと思った。でも、どうするべきか、どうしたいか、というのは決めておかなきゃならない。
伯父様に裁いてもらうのか、警察機関に引き渡すのか。はたまた──。
あたしはユキヤの意思を尊重したい。
『色々と考えています。ただ、第九領管轄の警察組織だと父が妙な真似をする可能性があるので……私が望むような相応の罰が下されない懸念があります。そうなるとガロ様直々に、となるのですが……』
「伯父様が温情をかけるかもしれない、って?」
『……はい』
あたしも関わっちゃってるものね。伯父様が温い手を下す可能性はある。
伯父様に任せるとなると、あたしへの処遇も検討しなきゃいけない。別にそれが嫌なわけじゃないし、当たり前だと思う。ただ、伯父様はあたしに甘いから、あたしへのお咎めをなしにしたいあまりにアキヲへの処遇すらも甘くしかねない。
真面目な話、この可能性はかなりある。
まぁ、あたしが伯父様に「アキヲに騙されてたのよ!」って喚き散らせばいい。そうしたら、きっとアキヲだけが厳しくされるに違いない。
だけど、そういう振る舞いは今のあたしの行動方針からはかなりずれる。そんなことをしてアキヲだけに責任を押し付けるのは抵抗がある。あたしだけお咎めなしなのはどうかと思う。もちろん、お咎めがないならそれに越したことはないけど、周りが許さないと思う。
……こうやって考えていくと、この世界の秩序ってかなりやばいのでは……。
今考えることじゃないし、あたしにはどうにもできないけど。
「可能性がないとは言い切れないのよね……。要は、もっと違う外部組織に引き渡したい、と?」
『ええ。可能なら……』
「……なるほど」
そんな都合の良い外部組織なんて──。
と、考えたところで、あたしの脳裏にこの間急に本名を明かしてきたアリサことアリスの顔が浮かんだ。
『陰陽』に引き渡すのはアリな気がする……。
ただ、今は理由付けが難しい。っていうか、引き渡す理由がない。九龍会だけの問題なら自分のところでどうにかしてくれってなるんじゃないかしら。アキヲが他でもやらかしてくれていれば、立派な理由になるけど……って、ユキヤを前にしてそんなことを考えるのはよくない。
「難しいわね」
『はい……父の影響力が及ばず、絶対に温情がかけられないような組織というのが思いつかずに悩んでいました』
「領内のことは領内で裁くのが原則だものね。……普段なら悩まないことで悩ませて申し訳ないわ」
『え? そんな、ロゼリア様が気にされることでは──……』
「あたしが絡んでるからあんたも悩むんでしょ?」
ため息交じりに言うとユキヤは黙り込んでしまった。あたしが絡んでなければ伯父様に話して終わりなのに、あたしが絡んでるから迷いが生じている。
とは言え、こんなことを言ってもしょうがない。アキヲの処遇はもっとちゃんと考えておかなきゃ。
「今の言い方はよくなかったわね。……ごめん」
こちらの立場から「あたしがいるから」と言ってもユキヤの立場だと肯定しづらい。そして、あたしが謝るとユキヤはそれを受け入れざるを得ない。
あー、悪循環。本当に変な言い方をしちゃったわ。
もっと言動や立ち振る舞い方には注意しなきゃいけない。
『いえ、本当にお気になさらないでください』
「ありがとう。……アキヲをどうするかは、あたしも考えてみるから……ユキヤももう少し考えてみて」
『かしこまりました』
な、悩ましい話題だわ。いまいちあたしから「こうしよう」って提案しづらい。けど、あたしから何かしら提案した方が話は早そうなのよね。




