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悪女の悪あがき ~九条ロゼリアはデッドエンドを回避したい~  作者: 杏仁堂ふーこ
本編

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138.手

「なんでよ! いいじゃない、ちょっと見に行くくらい! ほら、手! もっと握ってていいわよ?」


 思わずムキになって食って掛かっていた。

 さっきジェイルが離した手をずいっと突きつける。が、ジェイルは無言で首を振るだけだった。

 な、なんかムカつく……。


「せめてユキヤから倉庫街についての報告があるまでお待ち下さい」

「今のうちから話をするくらいいいでしょ」

「駄目です。……今のお嬢様はそれを決定事項としてしまいそうなので」


 手を掴むことなくジェイルは淡々と告げてくる。手を下ろしづらくて、あたしは手をジェイルに突きつけたままにした。

 流石にそこまでは考えてなかったけどなし崩しにできないかなとは少し考えたわ。こういうのも見透かされちゃってるってことかしら。なんだかやっぱり面白くない。


「……あたしの味方だって言ったじゃない」

「ええ、言いました。ですが、それはお嬢様の言うことを何でも聞くというわけではありません」


 それは当然理解してるけど……!

 わかってて放った言葉にも真面目な回答があって、面白くなさと悔しさが加速する。ただ、以前のように「いいから言うことを聞きなさいよ」と喚く気にはならない。それをよく思わない気持ちと、最低限ちゃんと納得して動いてもらいたいって気持ちがあるから。

 上手く言い包められないかと考えているとジェイルの方が先に言葉を続けた。


「お嬢様、今南地区に出向いたり、アキヲ様に接触するのはよくありません。ユキヤとのデー……計画でアキヲ様の警戒心が和らぎ、お嬢様への期待が上がっていると見られますので、もう少し様子を見ましょう」

「もう少しってどのくらいよ」

「ユキヤの報告次第ですね」


 あたしは手を下ろして腕組みをした。

 ジェイルの言っていることはわからないでもない。折角アキヲの警戒心が緩んでユキヤに重大な話を零すかもしれないのに、ここであたしが出てったら話がややこしくなるかもしれないものね。元々、あたしとユキヤがデートをしたのはアキヲのユキヤに対する警戒心を下げるため、なんだかんだでユキヤは父親であるアキヲの言うこと聞くんだって思わせるためだったし。

 こっちからの接触はせずに、ユキヤに探らせた方がいいのは確かよ。

 でも、倉庫街のこととか自分の目で確かめたいのよね。情報源がゲームとは言え、間違ってるとは思わないんだけど、やっぱり気になるし……。

 色々と考えているせいで、眉間に皺が寄ってしまう。ジェイルはしれっとした顔のままだけど。


「倉庫街のこと、あたしが気になってるのはわかってるわよね?」

「もちろんです。ご自身の目で確かめたいと思っていらっしゃるのもわかっています」

「なら、ちょっとくらい──」

「お嬢様」


 ゴネようとしたところでジェイルが毅然とした態度であたしを呼ぶ。

 渋々口を閉ざすと、ジェイルは態度そのままに言葉を続けた。


「俺はお嬢様の言うことを何でも聞く都合の良い存在になりたいわけではありません」

「わ、わかってるわよ……」

「とは言え、お嬢様のお気持ちも理解しているつもりです。倉庫街の様子を見に行きたいという望みは叶えたいと思っておりますので……時間を頂けませんか。ユキヤと何かしら考えます」


 あら、意外。

 驚いて目を見開き、ジェイルをまじまじと見つめてしまった。

 何度食い下がっても「絶対に駄目です」って繰り返されるかと思ったのに、案外ちゃんと考えてくれてる。考えてくれてるなら、これ以上何か言う必要もなかった。ここであーだこーだ言ってもあたしがただ我儘を言っているだけになってしまう。


「わかった。じゃあ、待ってるわ」

「ええ、お任せください」

「できるだけ早めにしてくれると助かる」

「はい、善処します」


 政治家のような返答が若干気になったけどこれ以上突っ込んでもしょうがない。何が何でも我を通したいわけでもないからね。

 なんというか……。

 ジェイルが頑固というか堅物なのは相変わらずで、ちょっと面倒くさくなった。

 けど、以前よりは話しやすいと感じるし、考えは一貫してるから別にジェイル自身があたしみたいに我儘なわけではないのはわかってる。だからちゃんと話が聞けるし、妙な反論もできないのよ。


「じゃあ、これで──……」


 話すことも話したし、倉庫街への視察の件はジェイルとユキヤに任せるしかないし、と思っているとジェイルがあたしのことをじっと見つめていた。

 なんだろうと思って首を傾げるとジェイルが手を差し出した。

 その手とジェイルの顔を見比べる。


「何?」

「もう一度手をお借りしていいでしょうか」

「なんで? さっきあんたの方から離したんだもの、もうダメよ」


 そう言って自分の手を庇うように握りしめて胸元に押し付けた。手くらいなら良いかという気持ちと、ジェイルがいまいち何を考えているのかわからない気持ちがせめぎあって、結局前者が勝ってしまった。

 ジェイルに手を掴まれたままだったのが落ち着かないというのもある。

 あたしがはっきり言うと、ジェイルは空気がしゅんと萎んだ。

 大型犬が落ち込んだ雰囲気があって無駄に罪悪感が刺激される。


「……なんで手を借りたいのよ。っていうか、急に何? 前はすぐ赤くなってたのに」

「い、以前は心の準備ができてなかっただけです。……忘れてください」


 前のことを持ち出すとジェイルが気まずそうに顔を背ける。その反応に思わず笑ってしまった。


「面白かったから忘れる気はないわよ」


 そう言って口の端を持ち上げる。

 ふふん。ようやく優位に立てていい気分だわ。最近はジェイルの言うことを聞いてばかりだったから余計に。


「わ、かりました。忘れなくて結構です」

「あっそ。で、手に拘る理由は?」

「……。……お嬢様に」


 少し照れくさそうに、それでいて真面目くさった顔をして話すジェイル。

 茶化すところじゃないと察し、黙って聞くことにした。


「触れる練習をしたいと思いまして……」

「……赤くなったのを気にしてるのね」

「~~~。否定はしません。──それに、」


 結局茶化すような言葉を向けてしまった。真面目な顔がおかしくて、つい。

 けど、本人が結構真剣なのは伝わってくるからこれ以上はいけないと自分に言い聞かせた。ジェイルって堅物過ぎてつまらないと思ってたのに、こうして話してみると案外そうじゃないのよね。

 口をぎゅっと閉ざして、「それに」に続く言葉を待つ。


「花嵜や真瀬はお嬢様に触れることにあまり抵抗も躊躇いもないように見えます。それがうら、いえ、なんというか、自分もそういうものはなくしていかなければいけないかと……お傍にいる身として、前のような態度では逆に失礼でしょう」

「……まぁ、それはそうね」


 あの二人のことはさておき、確かに手に触れる程度であたふたされてたんじゃ困るわ。

 あたしの傍にいるからには堂々としてて欲しい。特にジェイルには。


「──じゃあ、いいわよ。はい」


 そういうことなら触れられて嫌な気はしないしいいか。そう思い、ジェイルに向かって右手を差し出した。

 ジェイルはくすぐったそうな表情をしてから「失礼します」と言って下からすくい上げるように右手に触れる。そっと握られて、ちょっとくすぐったい。

 ……なんか前世で見た漫画でこんなシーンあったわ。騎士がお姫様に忠誠を誓うシーンってこんな感じで手をとって、その場に跪いてたっけ。ジェイルがそこまでする必要もないし、そんなシーンでもないけど。


「……お嬢様」

「うん」

「必ずお役に立ちます。──あなたが、俺をずっと傍に置きたいと思えるように」

「……うん」


 以前はちゃんと受け止められなかったけど、今はジェイルの気持ちを受け入れることができた。

 あたしは本当に自分の味方を手に入れることができたのかも、って心が沸き立つ。

 未来への不安はあるけど、今はジェイルを心から信じたい。

 そう思って手を握り返すと、ジェイルが僅かに目を見開いた。そして、同じだけの力で握り返してきて、目を細めて微かに微笑んだ。

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