137.条件付き
とは言え。
照れくさいと言うかなんと言うか、前とは違ってしれっとした態度ではいられなかった。ジェイルが本当にあたしの味方になりたいと思ってくれているのがわかっても、それを受け入れるかどうかは別問題。
「日焼け程度で大袈裟よ」
我ながら可愛くないことを言っている自覚はある。けど、あたしは可愛いことを言うタイプでもないしね。
しかし、ジェイルはあたしの返しなんて予想していたとばかりに口元を少し持ち上げた。言うと思った、とでも言いたげな雰囲気。
「日焼け程度からもお守りするくらいではないと、自分の意思はきちんと伝わらないようなので」
至近距離にある顔を見つめる。前は何故かすぐに顔を逸していたのに今はちゃんと見つめてくるのね。何だかこっちの立場が弱くなったと錯覚するわ。若干見透かされてる気がするし……。
だからといってあたしが視線を逸らすのも癪だったので見つめたまま、小さくため息をつく。
「あんたのことは信頼してるわよ?」
「それは嬉しいです。しかし、条件付きの信頼ですよね?」
それは、まぁ、そうなんだけど……。
あたしが「信じてる」って言ってるのに何なのよ、という気持ちが芽生えてきて、ちょっとムカついてきた。延々とこんなやり取りをしなきゃいけないのかしら。
けど、ジェイルに全幅の信頼を寄せられるか、というと……やっぱりちょっと自信がない。
以前のあたしの悪行がチャラにはならないし、ジェイルだってそれは忘れてない。たった数ヶ月の行いで評価がひっくり返ったとしても、あたしはあたしを信じきれないのよね。
これはジェイルに問題があるんじゃなくて、あたしの問題だわ。
ゲームやストーリー以前の話。
そのことに思い当たり、もう一度ため息をついてしまった。
「否定しないわ」
「そうでしょう? 俺はその条件をなくして頂きたいのです」
「でもね、ジェイル。前と今でその条件が違うのよ」
「え」
ジェイルが目を見開く。何が違うのか、と知りたそうな顔をしている。
自虐をするみたいであんまり言いたくないんだけど、言っておかないとジェイルが勘違いしたままになっちゃう。以前は伯父様の命令だからあたしの傍にいるんでしょ、というのがあったものね。
「……あたし自身に問題があるのよ。周りはあたしのことを変わったって言うけど、人間性が変わったとは思えないわ。また同じことを繰り返すかもしれないでしょ。──自分自身を信じきれないってだけよ」
そっと視線を逸して胸元を押さえた。
自分を信じられない人間が他人を信じられるとも思わないのよね。
ジェイルは神妙な顔をして考え込み、それから大真面目に口を開いた。
「不思議なのですが、お嬢様は同じ過ちは繰り返したくないと思っているのですよね?」
「そうよ」
「なのに何故、同じ過ちを繰り返すかもしれないと恐れているのですか?」
「それは──……」
心配事は色々あるのよ。
これまで単純に我慢していた欲求不満が爆発したら過去のように色々やりたくなるかもしれないし、また周りがちやほやしてきたら同じ轍を踏みそうだし……! もう心配し出したらキリがないわ!
それくらい自分自身が信用できないのよ。
喉元までせり上がってきた言葉を飲み込み、ただ首を振った。
ジェイルは神妙な顔のまま、あたしを見つめている。そしてあたしの手にそっと触れて持ち上げた。
「お嬢様」
何も返事ができず、ただ視線だけを投げる。
ジェイルは困ったように眉を下げて、少しだけ笑っていた。
「お嬢様が同じ過ちを犯しそうになった時こそ俺の出番です。必ず諌めて、お止めします」
ぱ。と、何故か視界が開けた気がした。
これまであたしは野放しにされてきて、伯父様ですらあたしをちゃんと止めようとしなかった。だから、これからも自分で自分を律する以外に方法がないんだと思ってた。
そういう意味でも、ジェイルを頼ってもいいってこと?
「……本当に?」
「ええ、本当です」
「絶対?」
「絶対です」
ジェイルはあたしを真っ直ぐに見つめてしっかり頷いた。
堅物のジェイルがこうやって言うんだもの、それは信じてもいい気がする。
「お嬢様が、ご自身を信じきれない分は俺がサポートします。あまり一人で抱え込まないでください。
……あなたが俺の知らない何かを抱えているのはわかりますし、それを知りたい気持ちもあります。ですが、お嬢様が嫌がることや恐れることからは、きっと俺が守りきってみせます。
だから、安心してください。そして、俺のことをもっと頼ってください」
微かに青みがかった黒い瞳が熱を帯びている。
恥ずかしいのと照れくさいのと、ジェイルが本当にあたしのことを考えてくれているのが伝わってきて、足元が覚束なくなった。
少し前からジェイルは同じことを何度もあたしに伝えてくれていた。
なのに、あたしはアリサのことやゲームのことがあるからって、全然真面目に聞いてなかった。
よくもまぁこんな言葉と表情と視線を向けられて平然としていられたものだわ。
今、顔がきっと赤い。それを悟られないように顔を背ける。
「……あんた、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるわね」
「本心なので恥ずかしがる必要はないです。それに今はお嬢様しかいませんからね」
たちが悪い!
あたしの方が常に優位なはずなのに、今は逆転してる気がする。何だか面白くない。
「あんた最近めんどくさくない!?」
「そうですね。自分も随分面倒くさい感情を飼ってしまったものだと呆れています」
「???」
苦し紛れの一言はあっさり躱されてしまった。
わけがわからなくてジェイルを凝視する。きっと変な顔をしていたことだろう。
ジェイルはあたしの手を握りしめたまま困った顔をしてため息をついていた。今ばかりは何を考えているのか、何を思っているのかわからなくて何も言えない。
こんな性格だっけと思ったところで、今更ながら手が掴まれっぱなしだったのに気付いた。
「ちょ、っと」
「はい?」
「そろそろ手を離しなさいよ」
「……もう少しだけお願いします」
「なんでよ!?」
こないだは手を触ったくらいであたふたしてたのに!
今は余裕そうだし、触れ方がやけに優しい。日差しが当たっているせいか、顔が少し赤かった。
「お嬢様に触れられる機会があまりないので。……花嵜や真瀬には許すのに」
「別に許してるつもりはないわ」
「なら、もう少しあの二人に厳しくしてください」
「だからなんでよ……」
ちょっと疲れてきた。手を離して欲しくて引いたり揺らしたりしても、逆に力を込められる始末。
いや、本当に最近めんどくさくない!?
駄々っ子!? ちょっとメロに通じるものがあるわ! ってこんなこと言ったら一気に機嫌が悪くなさそうだから言えないわね。ジェイルは特にメロのことが好きじゃないみたいだし。……メロ、アリサにも地味に嫌われてるっぽくて、周りからヘイトを買い過ぎじゃないかしら。
このままでいるのも気まずい。
あ、アキヲとか南地区の話を切り出してみようかしら。
「……ジェイル、手なら好きなだけ触ってていいわ。時間が許す限りね」
「お嬢様……」
何を感激した顔をしているのよ。手くらいで。
「代わりに南地区の視察の時間を」
「駄目です」
言うが早いか、ジェイルはスンッと真顔になってあたしの手を離した。
こ、こ、コイツ……!!!!!!




