135.恋バナ?②
アリサはやけに真剣な眼差しを向けてくる。不思議に思いつつ首を傾げると、アリサはゆっくりと口を開いた。
「あの、ジェイルさんのことはどう思ってらっしゃるんですか?」
「どうって……?」
「す、好きとか嫌いとか、信頼してるとかしてないとか……」
なんでこんなことを聞くのかしら。
あ、周りとの人間関係も報告する必要があるとか? 減るものじゃないし、今のところ周囲との関係性も悪いとは思わないから別にいいか。
「嫌いじゃない、というか……まぁ好きよ?」
元々『レドロマ』が好きだから嫌いなキャラクターはいないし……あ、ゲームの中のロゼリアは別だけど。
ジェイルも他のみんなも、人間としては当然好き。嫌いという部類には絶対に入らない。
そう思って答えるとアリサは目をまんまるにしていた。……この子、本当に表情がすぐに外に出るわね。なんで驚いているのかまではわからないけど、表情がこんなにコロコロと変わって顔面の筋肉は疲れないのかしら。
「ロ、ゼリアさまはジェイルさんのことが……お好き、なんですか?」
「基本的に真面目だし、変な指示じゃなければすぐ動いてくれるし、最近はあたしのことを結構気にしてくれるし……メロとは別の意味で一言多い時があったり、たまに失礼な態度も取ってくるけど……好きな部類ね」
「……あ、そういう意味でしたか」
アリサがあからさまにホッとする。
だからどうしてそんな反応を──。と、不思議に思ったところで、あたしは質問の意図を完全に取り違えていたことに気付いた。
さっきあたしが聞いたみたいに恋愛感情があるかどうかって意味だったんだわ!
いや、話の流れから考えればそうじゃなかったらおかしい。なんで、勘違いしちゃったのかしら。
変な勘違いをしちゃったのが気恥ずかしかったけど、それを表にださないように務めた。
「あら、そういう意味だったのね」
どうにか余裕ぶった態度を取ったものの、内心かなりドキドキしている。アリサに誰かのことを恋愛的な意味で好きだとは思われたくないわよ。恋敵になるつもりもないんだから。
前世を思い出す前も思い出してからも、正直恋愛なんて考えたこともなかったわ。
今は言わずもがなそういう余裕がないし、周囲にいる相手は『攻略キャラクター』という印象が強い。ゲームとは違うんだって意識はあるけど、そこだけはどうしても認識が揺らがない。だから恋愛対象には見れないし見る気もない。
前世を思い出す前は──……なんというか『恋愛ごっこ』みたいな感じで楽しんでいただけ。本気で好きな相手もいなかったわ。
……そう考えるとちょっと、いやかなり寂しい人間みたい。
これまでのことを色々と振り返っているとアリサが神妙な顔をしていた。
「メロさんやユウリさんのことは……?」
「ジェイルと同じよ。好きは好きだけど、そういう意味じゃないわ」
この二人に関してはかなり複雑な感情があるんだけどここで敢えて言う必要はないわよね。
罪悪感もあるし、現状の距離感や今後どうするのかって悩みもあって、好きには違いないんだけど……あたし自身の感情が複雑すぎる。キキも一緒。
「ハルヒトさんは?」
「同じ」
何だかあたしの口から「好き」って言い辛い。さっきの三人はついうっかり言っちゃったけど!
かといって「普通」という言い方もしっくりこない。キャラクターに対しても、今存在しているハルヒトに対してもやっぱり好意はあるのよ。実物の方はゲームの方とは違って人懐こいというか、案外ぐいぐい来るのに驚いているから、そういう意味では若干の「苦手」って気持ちもある。……アリサと一緒かも。
「ユキヤさんは?」
「……同じね」
迷わずに「好き!」と言いそうになったのを押し留めて、さっきと同じトーンで言った。
ユキヤは推しだったから、好きかどうかと聞かれるとつい……。そういう気持ちは薄れてきているとは言え、どうしても推しを見ていた時のことを思い出してしまう。
なんて、しみじみしていたら、アリサが怪訝そうな顔をした。
「ユキヤさんだけちょっと反応が違いました」
「は?」
「デートを承諾するくらいですし、……やっぱり、その、気になって、いるのですか……?」
気になってる!? 言い方が可愛くて笑いそうになった。
口元に手を当てて笑いが溢れないように抑え込んだ。
「……別にそんなんじゃないのよ。デートって言っても、あたしが買い物に行きたかっただけだし」
「本当に……?」
「あんたが何をそう気にしているのかわからないけど……そういう意味で好きな相手はいないし、恋愛にかまけてる時間はないわ。それどころじゃないから」
アリサはハッとして口を噤んだ。
さっきまであたし自身に危険があるとかないとかって話をしていたのよ。南地区のこともね。
とてもじゃないけど恋愛なんて考えてる暇はない。その気もない。
「すみません、変なことを聞いてしまって……」
しゅんとするアリサを見て、肩をそっと撫でる。
先に聞いたのはあたしなのよね。何ならあたしの方が空気を読めてなかったってことになるから、それこそ変なことは言えない。
「いいのよ。あんたもそういうことに興味があるんだってわかって嬉しかったもの」
「嬉しい……?」
首を傾げるアリサに笑いかける。
今は無理でも周りの誰かとくっつく可能性があるかもしれないでしょ、と言いたいのをぐっと堪えた。
「なかなかこんな話もできないしね。それに、頭の片隅にあると自分ごととして考えられるでしょ」
「そう、でしょうか?」
「多分ね」
「……わたしはロゼリアさまがどんなお相手を選ぶのかが気になります」
「当分先の話よ」
そう言って軽く笑った。
少なくとも今じゃないし、近い未来でもない。アリサが何故そんなことを気にするのかは不明だったけど、とにかくあたしにその気が皆無な時点で気にしてもしょうがないのよね。
以前、ユウリにも言ったけど、何なら伯父様に相手を見繕ってもらってもいいと思ってるもの。九条家の血筋を絶やさないためにも結婚した方が良いと思ってるし……世間的には伯父様が再婚してくれるのがいいんでしょうけど、あたしは嫌。エリーゼさん以外の女を選ぶ伯父様なんて見たくない。……とんでもないエゴよね。誰にも言ったことはないし、心の中だけにしておくから、思うくらいは許して欲しい。
随分話し込んじゃった。話すネタが尽きそうにない。話そうと思えばいくらでも話せそう。
けど、今はこれくらいにしておこう。
アリサから手を離し、ゆっくりと立ち上がった。アリサも慌てて立ち上がる。
「今日はこの辺にしておきましょう。色々と聞かせてくれてありがとう」
「いえ、とんでもないですっ……」
「言われた通りあたしの中だけに留めておくけど……何かあったらその限りじゃないわ」
「は、はい。それは、その……はい」
例えばあたしがもう一度危険な目に遭うとか。
そうなったら流石に黙っていられない。黙っているのは何もないうちだけよ。
アリサは困った顔をして頷いた。心が痛むけどこればかりは……。
「じゃあ──」
「あ、あの! ロゼリアさまっ!」
出ていくように言おうとしたところで、アリサが真剣な顔であたしを見上げてきた。言いかけた言葉を飲み込んで見つめ返し、少しだけ首を傾げた。
「何?」
「わたし、アリサじゃないんです」
「え?」
「白木アリサは、偽名です。……わたしの、本当の名前は……白雪アリスと言います」
突然の告白にフリーズしてしまった。
アリサ、いえ、アリスは吹っ切れた顔でふにゃりと笑う。
「なんだか、ロゼリアさまには知って欲しくなって……でも、他の人には内緒なので、普段はアリサのままでお願いします。……では、失礼します!」
すっきりした笑顔とともにアリスはあたしに頭を下げる。
そして、どこかはずんだ様子で部屋を出ていった。
えっ。何? 急に何なの!?




