134.恋バナ?①
アリサに敵意がないのはわかったし、憂鬱な情報もあるけど、一旦おしまい。整理する時間も欲しいしね。
これまでとはまったく違う質問にアリサは難しい顔をして考え込んでいた。けど、ほどなくして答えがある。
「えっと、お料理でしょうか」
「あら、どうして? 何が楽しかったの?」
今のあたしは自分で料理をしようという発想もないからついつい聞いてしまう。
ゲーム内でも「料理が好きになった」というイベントや情報はあったんだけど、これって「攻略対象が喜ぶ顔が嬉しかったから」っていう理由だから今のアリサとは繋がらないのよね。単純に疑問だわ。
とは言え、そういう風に感じる理由があったんでしょうし、やっぱり知ってみたい。
「実はこれまで料理はきちんとやったことがなかったんですけど、水田さんのお手伝いをしながら丁寧に進めていくとすごく奥が深くて……そこが楽しかったんです。水田さんが料理人を目指した理由などもお聞きしたら、余計に楽しく感じるようになりました」
「水田が料理人になった理由? なんて言ってたの?」
「ギャップで驚かれるのが楽しかったそうです」
くすくすと笑うアリサを眺めながら水田の姿を思い出す。
水田はザ・マッチョって感じ。イケメンではあるんだけど、腕とか指とか太くてゴツくて──確かに料理人として紹介された時は本当に驚いたわ。伯父様に「もう後がない」と厳しめに言われて、「好みじゃないから嫌」とも言えずに採用。見た目に反して料理の腕は良かったから今に至るのよね。
あの風体でお菓子も作るし、繊細な料理が得意だったりして……とにかくギャップはある。
でも、水田がそれを楽しんでいたとは知らなかったわ。
「意外だわ」
「ええ、わたしも驚きました。……それが、なんかツボに入ってしまって……」
「ツボって……!」
ふ。と、笑いが漏れる。アリサは照れくさそうにはにかんだ。
けど、アリサが楽しいことを見つけられて良かったわ。ゲームとは違って攻略キャラクターとの仲は全然進展してないみたいだし、何ならメロとは地味に険悪だし……まぁ絶対メロが悪いんでしょうけど。
「……それから、」
よかったよかったとしみじみしているとアリサがもじもじしながら続けた。
何かと思えば、あたしのことを見つめて少しだけ頬を赤らめている。え、何?
「あの、わたしが飾り切りをした人参を、ロゼリアさまが可愛いって言いながら美味しそうに食べてくださったのが嬉しくて……」
「……え?」
突然あたしの話題を出されて驚く。
飾り切りの人参……? ちょっと前に筑前煮が食べたいって言って作ってもらって、そこに乗ってた人参が可愛い花の形をしていた。てっきり水田がやったんだと思ってたのに……。
「筑前煮の人参、あんたが切ったの?!」
「はい! 刃物の扱いは慣れているので……試しに切ってみたら水田さんがそのまま使ってくださいました」
アリサは嬉しそうだった。
それに対してあたしはちょっと複雑。いや、そこは攻略キャラクターのうちの誰かじゃないの!? って気持ちが顔を出してしまう。ただ、今の状況でアリサが攻略キャラクターの誰かに料理を振る舞うというシーンは、多分ない。あたしと一緒にハルヒトが食べる程度。
あ、そうよ。ハルヒトがいるじゃない。
「そ、そうだったのね。でも、あの時はハルヒトも褒めてたじゃない?」
「そうでしたっけ?」
「可愛いねとか、こういうのもあるんだねみたいなこと言ってなかったかしら?」
「それ、ロゼリアさまに話しかけてただけだと思いますよ」
「……そうだっけ?」
ハルヒトと一緒に食事をとるのが普通になってしまっている。食事中に雑談をするし、「美味しい」って言う頻度はハルヒトの方が多いと思ってたから、アリサの冷めたセリフにはちょっとびっくり。あたしに話しかけていただけ、なんて思ってなかったから。
アリサは困ったように笑っている。
そして、不意に両手をぎゅっと握りしめてあたしに身を寄せてきた。
「ロゼリアさまっ」
「え。何?」
「わたし、お料理ももっと上手になるように頑張ります」
「え、ええ、頑張って頂戴」
急に料理に目覚めたアリサ。多少違和感はあるけど、頑張りたいって思えることがあるのは良いことだわ。『陰陽』に居続けても楽しいことがあるかどうかもわからないからね。
「はい、頑張ります。ロゼリアさまにもっと美味しいって言って頂けるように!」
……。……嬉しいのに! 複雑!
あたしは曖昧に笑って「期待してるわね」と言った。
本来攻略キャラクターが収まるべきところに何故かあたしがいる。おかしくない? いや、実際そうなっちゃってるから今更どうしようもないのはわかってる。けど、ゲームのストーリーやイベントを知っているせいで雑念がある。
アリサが誰かに料理を作るイベントはないのかなとか、失敗してしょげちゃうシーンは見られないのかなとか……あってもいいはずなのに、今のところあるとしたら対象はあたしになっちゃう。か、解釈違い……。
「……ねぇ、アリサ」
「何でしょう、ロゼリアさま」
「あんたって……気になる人はいないの? 恋愛的な意味で……」
「……。……特にいません」
少し黙り込んでから、アリサは難しい顔をして答えた。
フラグが一つも立ってないらしい。
アリサが隠している可能性もあったけど、これまでの反応からすると今の顔は本気で気になる相手はいないってことだわ。ちょっと残念。
あたしはゆっくりと息を吐き出し、少し切り替えた。
「変なことを聞いて悪いんだけど、あたしの周辺にいる人間の印象を聞いても良い?」
「え? 構いません、けど……?」
こうなったら一人一人聞いてやるわ。そう思い、アリサをじっと見つめた。
「ジェイルのことはどう思う?」
「いつも仏頂面で威圧感があって、たまに怖いです」
「そうなの? 怖がらせないように言っておくわね」
ジェイルはあんまりいい印象を貰ってなさそう。
あたしが警戒してるってことを知ってるからか、ジェイルの方から壁を作ってるのかも。
「メロは?」
「……。ふざけてて好きじゃないです。どうしてロゼリアさまの傍にいられるのかわかりません」
アリサは少し口を尖らせて顰めっ面をしてしまった。
やっぱりメロのことはよく思ってない。っていうか、何なら嫌いになりかけてるかもしれない。あたしじゃどうしようもなさそうだわ。
「ユウリは?」
「丁寧で親切ですよね。ロゼリアさまの秘書なのもわかります」
あら? ユウリはまずまずだわ。ユウリルートはちょっと期待できるかもしれない。
けど、いちいちあたしの名前が何故出てくるのか……。
「ユキヤは? ってわからないわね」
「きちんとお話したことはありませんが、良い人だとは聞いています」
「ハルヒトは?」
「悪い人ではないんですけど、……ちょっと苦手です」
苦手!? ハルヒトが!? 一番の攻略候補っていうか、ゲームではメインだったのに!?
印象を聞いてた中で一番びっくりしたわ。こっちに来るまではハルヒトと一緒にいたって話だったからてっきり仄かな何かが芽生えている可能性を考えていたのに……いや、本当に予想外だわ。どうしてかしら?
驚きのまま口を開く。
「えぇと、苦手って……どうして?」
「腹の奥が読めない割にはロゼリアさまに対しては結構素直で……ちょっとよくわかんないんです」
……ど、どうしよう。あたしはアリサが何を言っているのかがちょっとわからないわ。
今のところ可能性がありそうなのはユウリってことかしら。可愛いカップルよね。もしフラグが立ったら応援するわ。
「あの、ロゼリアさま」
「何?」
「わたしも少し聞いてもいいでしょうか?」
「? いいわよ」
何を聞きたいのかしら。と、呑気構える。
まさか同じことを聞き返されるとは想像もしていなかった。




