133.その裏側②
アリサは口を噤んだまま、あたしの隣で小さくなっている。
……ゲームをやっている時は表情豊かで可愛いって印象だったのに、色々と知りたくて話を聞いていると感情が表情にかなり出ちゃっていて他人事ながら不安。あんまり言及されてなかったものの『陰陽』の中での評価が高いようには見えない。
今あたしは自分の安全を最優先したいから、あまり口出しするつもりはないけど……心配は心配。
あたしが問いかけてから数十秒、アリサは黙ったままだった。
答えたくないがために黙っていると言うより、どうしようどうしようと言う困惑が伝わってくる。このままにしておいても埒が明かない。
「……あたし自身が危険なのって、自業自得だと思うのよね」
「え?」
「これは九龍会の問題であって、アリサやその仲間とやらには関係がないと思う。それなのに、わざわざ護衛を買って出るのはどうしてかしらって思ったのよ」
独り言のような言葉にアリサがぽかんとしている。
色々と話をしてみることで反応が見れれば、と思ったけど……どうなんだろう。
「あんたが護衛は初めてって言ってたから要人警護がメインの仕事には思えない。
かといって伯父様の依頼であたしの護衛をしているという線もちょっと引っかかるのよ。周囲に隠す必要性が見当たらないっていうか……。
となると、あたしを護衛しつつアキヲを放置することに、何か狙いがあるんじゃないかと考えちゃうのよね」
ゲーム情報やらそうでない想像やらを交えて、あることないことをつらつらと口にする。
アリサの反応を見ながら話をしてみれば、アリサの顔色が少しずつ変わっていった。何を言っているのかわからないって反応なら、さっきみたいにぽかんとしたと思う。今はちょっと青ざめているように見えるから、当たらずとも遠からず、というところかしら。
リトマス紙みたいな感じで反応を見ちゃってるのは申し訳ないけど、あたしだってもっと情報が欲しい。
自分の身を守るために、そして事態を収めるために。
「どう? アリサ」
更に反応を引き出そうと声をかけてみると、びくっと肩を震わせていた。
素直な反応は可愛いと思うけど、やっぱりこれじゃスパイなんか無理だわ。ゲーム内のあたしってよっぽどチョロかったのね。
「ど、どう、と言われましても……?」
「当たってる? それとも全然見当違い?」
アリサは困っている。が、あたしだって有耶無耶にはしたくない。
次にこうやって話せる機会がいつになるかわからないし、その時に色々と聞けるとは限らないんだから、今のうちに聞いておきたい。
そう思って距離を詰めると、アリサがちょっと顔を赤くしていた。
「アリサ、自分の周りで何が起きているのかちゃんと知りたいのよ。というか、あたしにも知る権利があると思わない?」
「わたしではわかりかねます……」
「? あんたも何が起きているのかは詳しく知らないってこと?」
「そういうわけでは──……」
そこまで言ってアリサが自分の口を自分の手で覆った。さっきよりも青ざめている。
ということは、やっぱりアリサは何が起きているのか知ってる。まぁそうじゃないと護衛って言っても何に気をつければいいかわからないし、屋敷にいて自己判断なんてできないものね。
「ふーーーん」
あたしはアリサを見つめたまま口の端を持ち上げる。
下手な鉄砲も数撃てば当たる、ってわけじゃないけど、可能性の話を挙げていけばいけそう。この調子だとアリサの反応を見て、当たり外れは判断できそうだし……。
アリサも「これ以上はちょっと」とでも言ってささっと退席すればいいのに、それをしないあたりが素直なのよね。ちょっとでもあたしに恩を感じてしまったせいで、簡単に振り切れないというか……。
申し訳ないけど、この状況は利用させてもらうわ。
そんなわけで、あたしはもう少し考えてみることにした。
多分『陰陽』にはアキヲを放置することとあたしの護衛をすることで得られる何かがある。それは金銭とかじゃなくて、『陰陽』の活動意義に近いもの。
あたしの護衛をするのは、『組織』からあたしが狙われているから。単純に護衛だけじゃなくて、『組織』に繋がる情報を得られるチャンスだと考えている、はず。こないだあたしを狙ってきた女性をどうしたのかはわからないものの、身元や背景を洗っていることでしょう。
つまり、あたしをオトリにしている。で、アキヲもオトリみたいに扱われてる。
けど、ゲーム情報からも『陰陽』が九龍会だけに肩入れするとは思えないから、ひょっとして他の会にも影響が出てる──……?
他の会で一番に思いつくのはやっぱり八雲会。
そうやって考えていくとハルヒトが八雲会から九龍会に来たのも何かしら狙いや思惑、あたしの知らない背後関係による事情があると考えられる。……ゲーム内ではただ正妻から逃れるために家出をしてきた、となっているけど、今回はアリサの協力で脱出をしているのよね。
本当に妄想レベルなんだけど、ちょっとだけ話が繋がってきた気がする。
よし……!
「アリサ。これはあたしのただの想像なんだけど、『組織』は八雲会でも悪さをしてたりする? で、あんたの仲間とやらも八雲会に入り込んで調査をしてるのかしら?」
言い切ってからアリサの顔を見ると、「どうしてそれを」と言いたげに目をまんまるにしていた。
当たりかしら、これ。
ただ都合よくパズルのピースを当てはめただけって感じなのに……。
アリサの反応から推測するに、『陰陽』が防ぎたいのは複数の会への被害拡大や犯罪の関与。そのために九龍会と八雲会の両方に関わって、挟み撃ちみたいな感じで追い詰めようとしている? ま、まぁ、『組織』の規模も何もわからないから、挟み撃ちで追い込めるのかどうかは知らないけど……あくまでイメージとして。
何も言わないアリサを見つめる。
「アリサ?」
「いえ、あの……その! ごめんなさいっ!」
「どうして謝るの?」
「ロゼリアさまにわたしの知っていること全てお教えしたいのは山々なんですが……ゆ、許されてなくて……」
「──そう。じゃあ、もう聞かないわ」
大体わかったから。
アリサがその言葉を言うのは大分遅かったわ。もっと早く言えば、あたしもここまでは想像を飛躍させなかったかもしれないのに。
申し訳無さそうな様子を見ながら、後で情報を整理しようと思い直す。
「すみません……」
「いいのよ。言いづらいことを色々聞いて悪かったわね」
「……いえ。あの、言えないのが申し訳ないくらいなので……」
そう言ってアリサは申し訳無さそうな顔のまま小さくなってしまった。
今更ながらに罪悪感が襲ってきた。さっきまでは考えに集中してたから気にならなかったものの、無理に聞き出そうとした事実に少し息苦しくなる。
けど、甘っちょろいことを言っていたら安全は保証されない。
自分の身は自分で守るのよ。と、言い聞かせて、さっきまでの行動を無理やり正当化した。
もう聞かないと言ったので何か別の話題がないかと切り替える。
一つ思いついて、アリサにそっと顔を寄せた。
「そう言えば……楽しいと思うこと、見つかった?」
「……え?」
「前に言ったでしょ。楽しいって思うことがあれば教えて、って」
さっきまでの話はもう終わりとばかりに笑いかけると、アリサが眉を下げてはにかんだ。




