132.その裏側①
少し気持ちが落ち着いたわ。アリサは以前のあたしの噂だけであたしを判断せずにいてくれるのね。
そういうのは、やっぱり嬉しい。
「話してくれてありがとう。安心したわ」
「い、いえ……お恥ずかしい話を、失礼しました」
アリサが顔を赤らめる。わ、かわいい。
思わず手が伸びてしまい、アリサの頭を撫でてしまった。
しまったと思ってももう遅い。驚いた視線を向けられたのと同時に、すっと手を離した。
「悪いわね、つい……」
「いえ! あの、……ご迷惑でなければ、も、もう少し、お願いします!」
「え? う、うん、わかったわ」
アリサに頭を差し出される。何なのこれ、と思いながらも、折角なので頭を撫でさせてもらった。
そう言えば、ゲーム内でのイベントでも頭を撫でるというシーンは多かったかもしれない。相手を問わずに、必ずそういうシーンがあった。
自分の身に起きてみると、つい撫でたくなる気持ちはわからなくもない……。そしてアリサも満更でもなさそうというか、今回に限っては自分で所望して撫でられにきている。……『陰陽』はドライな関係ばかりのようだし、こうして頭を撫でてもらう機会もなかったのかも。
色々と考えながら頭を撫で続け、適当なところで中断した。
「おしまい、ね」
「……えへへ。ありがとうございます」
頬を赤らめてはにかむアリサ。やっぱりかわいい。
今のやり取りでぐっと心理的な距離が縮まった気がする。アリサがあたしのために動きたいという気持ちがあるのも教えてくれたし、アリサのことはもう警戒しなくて良い。
そして、ハルヒトのことも。
ゲームとは違ってあたしがハルヒトに対して悪さをしてないから、ハルヒトからあたしへの好感度は悪くはない。多分。
じーっとアリサを見つめたまま、そう考えているとアリサが不思議そうに首を傾げた。
「えと、どうかされましたか……?」
「何でもないのよ。あんたが屋敷に来た時、ひどいことを言って悪かったと思っただけ」
「あっ。ほ、本当にあの時のことは気になさらないでください!」
慌てるアリサを見て「ありがとう」と答えた。
アリサに対しても、ハルヒトに対しても、かなり失礼な態度を取ったのが悔やまれる。本当に見境なくキレ散らかしてしまっていた。単純に思い出すと恥ずかしいというのもある。
あまり考えないようにするために緩く首を振った。
アリサを見つめて考え込み、ゆっくりと口を開く。
「アリサ。あんたがあたしの護衛をしてくれるとして……『組織』ことはどうなるの? あたしが何かする必要、ある?」
恐る恐る聞いてみる。
これまでの話を聞いて考えると、得体のしれない『組織』に対してはあんまり手を出したくない。こっちが危険になりそうだもの。
アリサは問いかけに対して首を左右に振った。
「ロゼリアさまが何かする必要はありません。却って危険ですので」
「そう──……」
安心したような、不安なような。
自分の知らないところで何かが動いてるという事実だけがわかってると、やっぱり不安が大きいわね。かと言って相手の刺激になるような動きはしたくないという我ながら我儘な思考回路だった。
「『組織』のことは、わたしの仲間が調べています。必ず決着がつくので、ご安心ください」
アリサは自分の胸に手を当てて、自信ありげに言い切った。
『陰陽』が動いているなら信用しても良さそう。ゲームでは『陰陽』のターゲットはあたしだったけど、今はもうターゲットが『組織』に変わったってことだものね。そういう意味では安心した。
命の危険があることには変わりないけど!
そこはアリサが味方になっているということで深くは考えないでおく。
とは言え、いきなり全部信用するという挙動もちょっとおかしいかも……。
「あんたの仲間とやらは、信用してもいいのね?」
「はい。ロゼリアさまのご期待を裏切ることはないです」
「わかったわ。とりあえず信用する」
「ありがとうございます」
アリサはほっとしたように頷いた。それを見て、あたしも小さく笑う。
少しまとめると、現在は『組織』とやらがあたしを狙っている。だからあたしは大人しくしている必要がある。これまであたしが注視していたアキヲはほぼ無視していい存在になってる、ってことだけど、これはどうしてなのかしら?
あたしは今更ながら自分の隣をぽんぽんと手で軽く叩いた。
さっきからずっとアリサを横で跪かせていたのよね……先に座らせておけばよかった。
「え?」
アリサが「なんだろう?」という顔をする。座って、という意味だったのに、通じてなかったらしい。
「隣、座って。その体勢はきついでしょう」
「ぇ、全然大丈夫です!」
「言い方がまずかったわ。あたしがちょっと落ち着かないのよね」
「……では、失礼します」
そう言うとアリサは驚いた顔をしてから立ち上がり、おっかなびっくりという様子であたしの横に浅く腰掛けた。ちょっと緊張しているのが伺える。
「もう少し聞かせて頂戴」
「はい」
「アキヲのことは?」
さっきも話題に出た湊アキヲ。第九領内南地区の現代表であるユキヤの実父。
アリサは少し言いづらそうに口を動かし、それから困ったような顔をしてあたしを横から見つめてきた。
「……その件には、わたしも仲間たちも現時点では積極的に関与できません」
「領内というか、九龍会でどうにかしろってこと?」
「はい」
なるほどね。アリサの返答を聞いて顎に手を当て、少し考え込む。
ゲーム内だと『陰陽』は九龍会や南地区のことにまで首を突っ込んでいたけど、それは後継者候補である九条ロゼリアが悪いことに手を染めていて、更には会長である九条ガロが率先してそこを正そうとしなかったから。ふわっとした情報しかなかったけど、ロゼリアが南地区を拠点として近隣である第八領や第十領にまで魔の手を伸ばそうとしていたから、第三者機関的な立場である『陰陽』が介入を決断したって側面もあったらしい。
今はあたしがアキヲと縁切りをしているし、これまでの話を聞く限り伯父様もあたしのことを控えめに支援している。要は現時点ではお家騒動に過ぎないから、自分のところでどうにかしろという話になってる。……アキヲが他領に魔の手を伸ばそうとしたら、きっとその限りじゃないんでしょうけど……今は自分の管轄内で悪いことをする程度に収まりそうなんだわ。
うーーーん。得体のしれない『組織』に狙われている状況でアキヲのことに落とし前をつけなきゃいけないの? ちょっと厳しくない? 自分的にはもうケジメをつけたつもりなのに、アキヲがあたしのことを諦めてないっぽいのがネックなのよ。
ユキヤと仲良くしていることでアキヲに期待を持たせたのが今となっては……って感じ。
けど、ユキヤとのデートでアリサから話を聞くチャンスも得られたんだから、どっちもどっちだわ。
「……さま、ロゼリアさま」
「え? ああ、悪いわね。アキヲのことをどうしようかと──……」
「?」
そこまで言って、何か引っかかりを感じた。
アキヲのことはお家騒動レベルの話にしている。あたしが計画への関与を辞めたから、アリサたち『陰陽』は九龍会に関わる理由がないように思える。なのに、まだ関わってきてあたしの護衛まで用意する理由って何かしら? わざわざ守ることに意味があるようにも思えない……。言っちゃえば、あたしの身の危険もお家騒動レベルじゃないかしら。
となると、アリサが所属している『陰陽』の目的は何か、ということが当然気になる。ゲームとは違ってるみたいだし。
「……アリサ、あんたの──いえ、あんたたちの目的は何?」
アリサの口がきゅっと締まった。梅干しを食べたみたいになってるわ。
これは教えてくれなさそうね……。




