131.本題②
「事情はわかったわ。……あたしだけに留めておくというのも、まぁ、受け入れる」
あたしは腕組みをして言う。多分相当渋い顔になっていたに違いない。
だって、デパートの時のようにまたわけわかんない相手に接近された場合、あたしはどうすればいいのって思っちゃう。当然、ジェイルに話をして警備を強化して欲しいってことになるんだけど……事情が話せない以上、闇雲に「警備を強化して」って言っても理由を聞かれちゃうもの。
そんな心情を察したのか、アリサがわたわたと慌てる。
「あ、あの、ロゼリアさまの身の回りの安全の保証は……わたしがこれまで以上にがんばりますので……!」
「それは嬉しいんだけど、あんた一人に任せるのがちょっとね」
「前にも言いましたが、わたし、けっこう強いんです! だから大丈夫ですっ!」
アリサはぎゅっと両手を握りしめて少し前のめりになって言い募った。
いや、アリサが強いのは知ってるのよ。今もメイド服の下に暗器を隠してるのも、ゲーム情報として知ってる。
腕組みをしたまま小さくため息をついた。
「あのね、アリサ。同じことをジェイルが言っても引っかかったと思うわ。……誰か一人だけが頑張れば良いって状況が嫌なのよ。負担がその人に集中するってことでしょ? 感情的に嫌なのもあるけど、組織としてもどうかと思うのよ」
伝わったかしら? アリサは何とも言えない顔をしている。
なかなか本題に入れないわ。別の話をしてしまっている。一旦この件は後で考えるとして、本題であるアリサの話を先に聞いておこうかしら。そうじゃなきゃ判断できないこともありそう。
よし、一旦この話は保留。
「アリサにもね、平和というか幸せというか……自分のことを考える余裕を持って欲しいの。
まぁ、ちょっとこの話は置いておきましょう。──アリサの知っていること聞きたいんだけど、いい?」
「……。……あ。えっと、はい。では、お話させていただきます……」
アリサが一瞬だけぽかんとしていた。何か変なこと言った……?
けど、それも一瞬のことで、すぐに真面目な顔をして話を始めた。
「まず、わたしは……デパートで少しお話をさせていただいたように、ロゼリアさまの護衛の任務についています。他には、以前ロゼリアさまが懇意にされていた南地区の代表である湊アキヲさまとの関係性がどうなっているのかを確認することです。
このことはガロさまもご存知で、……ご報告させていただいています」
目を細めてため息をつく。
伯父様が何か隠してると思ったけど、このあたりが該当しそう。
あたしの動向を完全に放置するはずがないと思ってたから、やり直そうとしている状況が伝わっているのはいいこと、かも? ジェイルだって伯父様に全く報告してないわけじゃないでしょうし……。
でも、いざこういう事実を突きつけられると良い気はしない……。
「ガロさまにはロゼリアさまの身の安全を最優先に考えるように、と言われています」
「そ、そう」
「ですので、どうかご安心ください」
アリサの心配そうな視線が刺さった。自分が思う以上に凹んだように見えていたらしい。気をつけよう。
一応この話を信じるとするなら、自分ひとりでこれまでの失態をなんとかしようとするあたしのフォローのためにアリサを雇った、とも考えられるわ。今はそういう風に考えて納得しておこう。
「あたしの身の安全を優先する、ということは……あたしって以前よりも危険な立場にいるの?」
気持ちを切り替えてそう聞くと、アリサは神妙な顔をして頷いた。
ぞわ、と軽く鳥肌が立つ。
南地区にさえ不用意に近寄らなければ、大して危険じゃないと思ってた。注意するべきなのはアキヲだけで、他はそこまで気にする必要なんてないと思ってた。
だから、アリサの頷きはちょっと衝撃。
「ロゼリアさまはアキヲさまを危険視していると思うのですが……実は現在、アキヲさまは危険ではないんです」
「え?」
「多分ロゼリアさまも既に存在はご存知ではないでしょうか? アキヲさまが裏で付き合っている『組織』が、ロゼリアさまを危険視しているようなのです。デパートでロゼリアさまに声をかけた女性もアキヲ様と何の関係もありませんでしたので……『組織』の手先と考えています」
絶句。
なんでそっちの『組織』とやらがあたしを危険視するの? もうアキヲとは手を切ったつもりだし、立場上の繋がりは残るものの計画には関与してないのに。
アリサは続ける。
「アキヲさまを調べるうちに自分たちに辿り着き、不利益になることをするのではないか、と……ロゼリアさまにその意思がないとしても、九龍会の後継者に近い方に存在を知られることを良しとしてないようなのです。そこからガロさまのお耳に届く可能性もありますから」
「だから……手っ取り早く消そうと考えてるってこと?」
「……、…はい」
アリサは顔を伏せ、言いづらそうに頷いた。
体の力が抜け、ソファの背もたれに体重を預け、天井を見上げる。
……デッドエンドを回避するためにあれこれ手を尽くして来たのに、まさか回避した先に更なるデッドエンドが待っていたなんて誰が予想できるのかしら?
以前、目の前にハルヒトとアリサが現れた時はキレ散らかしてたけど、今はそんな元気すらない。
脱力感と徒労感がすごい。
これまではアリサであったり、攻略キャラクターであったり、明確に警戒しなきゃいけない相手がいた。
けど、今は違う。あたしが存在すら認識してない『組織』というものに狙われている、らしい。
どうしたら良いのか思いつかない。ずっと屋敷の中にいればいいってものじゃない。
気がつくと、アリサがあたしのすぐ傍まで来ていた。
膝をついてあたしを心配そうに見上げている。
「ご不安はご尤もです。正体不明のモノに襲われるかもしれないというのは恐ろしいと思います。
ですが、わたしが必ず……必ずお守りしますので……!!」
あんまりにも必死に言うから少しだけ笑ってしまった。
どうしてこの子はこんなにも「守る」って強く言うのかしら。ただの護衛対象でしかないでしょうに。
あたしはゆっくりと身を起こして、アリサを見つめた。
「ねぇアリサ」
「はい」
「どうしてそんなに頑張って、あたしを守ろうとしてくれるの?」
ゲームの中の『白雪アリス』と違うのはよくわかった。今は『白木アリサ』という偽名を使って、あたしの護衛任務についている。
だからこそ、理由が知りたい。
今、彼女が何を考え、何を感じているのか。
そんな思いでアリサの反応を見ると、少し照れくさそうにしていた。
「ロゼリアさまは覚えてらっしゃらないかもしれませんが……
以前、わたしに……合わなかったら辞めてもいいとか、楽しそうに笑うのを見たいって言ってくださいました」
「ああ、覚えてるわよ」
もちろん覚えてる。その一言にアリサの目が輝き、頬が紅潮した。
「わたしはこれまで仕事は絶対にこなせとか、仕事のために自分を殺せと言われてきて……そんなことを言ってもらえたの、初めてで……すごく、嬉しかったんです。
あと、実は人を守る護衛と言う任務も初めてで気合が入ってました。さっきの嬉しさもあって、更に気合が入ってて……。
先ほども、自分のことを考える余裕を持って欲しいとも言ってくださいました。
わたしはロゼリアさまの言葉に救われたんです。
だから、そんなロゼリアさまにもう二度と怖い思いなんてさせたくありません。絶対にお守りします」
驚いて声を発せなかった。
あたしの何気ない一言がそんなにもアリサの中に残っていたなんて……。申し訳ないやら、気恥ずかしいやらだわ。
けど、ちゃんと聞いてよかった。




